第14話 侍女長の懸念

「──イネスお嬢様のことで、お伝えしたいことがございます」


 侍女長の言葉に、アルベリクがわずかに眉をひそめる。


 まさか、今までの振る舞いで違和感を与えてしまったのだろうか。

 これから皇都で社交活動を本格化させようと思っていたのに、悪い噂が広がってしまっては都合が悪い。


(ひとまず、妙な話はしないよう釘を刺しておくか)


 そう考えたアルベリクだったが、侍女長からの報告はまったく思いも寄らない内容だった。


「イネスお嬢様のドレスを至急仕立て直されたほうがよろしいかと存じます」

「…………は?」


 てっきり、イネスが身分を詐称していることを見抜かれて、婚約詐欺に違いないだとか言われるものかと思っていたため、あまりに予想外の報告に思わず間の抜けた返事をしてしまう。


 侍女長は、そんなアルベリクの戸惑いに気づくこともなく、イネスのドレスについてさらに詳細に指摘する。


「大変恐縮ではございますが、正直に申しましてイネスお嬢様のドレスは、皇都の流行のスタイルから大きく外れていらっしゃいます。おそらく辺境伯領では一般的なデザインだったのだろうと存じますが、皇都ではもはや時代遅れでございます」

「そうなのか……?」

「はい。今お持ちのドレスはすべてそうです。あれをお召しになっては社交界で笑い者になってしまうおそれがあるかと」

「……それはまずいな」

「ええ。それに、イネスお嬢様の肌や髪の色にもあまり似合っているとは言えません。ですから、皇都の流行のデザインで、お嬢様に似合うドレスを揃えたほうがよろしいでしょう」


 まさか、ここまで強く進言されるほどドレスに問題があるとは思わなかった。

 一瞬、自分の衣装も心配になったが、侍女長からは何も言われなかったし、男性ものはさほど流行の変化が激しくはないから大丈夫だろう。


(──とは言え、二、三着は新調しておくか……)


 あとで執事のモーリスに流行りについて聞いておこうと思いつつ、アルベリクの反応を待っている侍女長にも返事する。


「助言をもらえて助かった。では、よさそうなドレスを見繕って購入しておいてくれるか」


 これで話は終わったと思ったアルベリクだったが、侍女長はまだ何か言いたいことがあるようで、ぴんと背中を伸ばした姿勢のまま口を開いた。


「せっかくですから、ぜひお二人で街へ出かけてお買い物なさってください」

「……なぜわざわざ街へ?」


 衣装店を呼び寄せればいいだろうに、と言いそうになったところで、侍女長が困惑したような表情を浮かべているのに気がついて口をつぐむ。


「なぜ、とおっしゃられましても……。イネスお嬢様は皇都が初めてでいらっしゃるでしょうし、お二人でデートされるのによいかと思って提案させていただいたのですが……」


 侍女長の言い分はもっともだ。

 仲の良い恋人同士なら、ここは丁度いい機会だと喜んでデートに出かけるところだろう。


 アルベリクは表情を作り直して、侍女長の提案に賛同した。


「たしかに、二人で出かけるのはいい考えだな。彼女にも聞いてみて、体調が良さそうなら一緒にドレスを買いに行くことにしよう」

「ええ、ぜひ。ドレスを選ぶにも、やはり恋人の目から見て似合うものにするのが一番だと存じますので」

「侍女長の言うとおりだな」




「……というわけで、君が大丈夫そうなら一緒に街へ出かけようと思うのだが」


 二人きりの夕食の席で、アルベリクがイネスに尋ねる。

 屋敷に到着したときのことを考えると、また恥ずかしがって遠慮するのではないかと思ったが、意外にもイネスはデートに前向きだった。


「ぜひご一緒させてください」


 躊躇ためらうような様子もなく、本当に出かけたがっているように見える。

 外出デートとなると、二人の噂が広まりやすいよう、屋敷内での接触以上に何度も甘い演技をする必要があるが、分かっているのだろうか。


 念のため確認してみるが、イネスはやはり妙に意欲的だ。


「分かっております。大丈夫です、頑張ります」

「君は気後れするのではないかと思っていたが、意外だな」


 アルベリクが本音を漏らすと、イネスも苦笑しながら心の内を打ち明けた。


「わたしも、もっと普通にスキンシップを受け入れられるようになりたいのです。そのためには多少の荒療治も必要かと……。今までは屋敷内だから倒れても大丈夫という甘えがあったと思いますが、外であれば倒れてはいけないという自制心も働くと思いますし……!」


 イネスも女性であるし、もしかすると単に街での買い物を楽しみたいだけかもしれないと思ったりもしたが、イネスのまるで武者修行に臨むかのような意気込みに、つい呆れにも似た笑いが漏れる。


「君は本当に根っからの真面目だな。母が贔屓していたのも分かるような気がしてきた」

「えっ、それはどういう……」

「さあな。とにかく、明日は俺も君への荒療治のために力を尽くそう」

「あ、最初はお手柔らかにお願いいたします……」

「もちろんだ。いきなり倒れられては困るからな」


 アルベリクはナプキンで口元を拭きながら、明日のイネスはどんな反応を見せてくれるだろうかと、義務でしかなかった翌日の外出に一つだけ楽しみができた。

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