第13話 皇都へ
「皇帝が、若さを取り戻した?」
イネスの語ったあの日の記憶に、アルベリクは驚いて目を見張った。
「はい。そう言っていました。それに、わたしを殺したときの皇帝の姿も、これまではぼんやりとしか覚えていなかったのですが、今はっきりと思い出しました」
皇帝が靴音を立てて近づき、ジュリエットを殺そうと魔法を放ったときの表情が、鮮明に思い浮かぶ。
叙勲式で見たときよりも肌艶が良く、自信と力に溢れた顔。
彼の双子の妹であるミレイユよりも、甥のアルベリクに近い年齢であるように見えた。
そう告げると、アルベリクは信じられないというように頭を振った。
「若返る方法などありえない」
たしかに、普通では考えられない。
しかし……。
「アルベリク様は私を生き返らせたのですから、若返りだって魔法でできそうですが……」
イネスには魔法は使えないのでよく分からないが、死んだ人間に再び命を与えるよりも、生きている人間を変化させるほうが簡単そうだ。
正論を言ったように思ったが、アルベリクは歯切れの悪い返事を寄越した。
「──君の蘇生は……特殊な条件が整っていたから可能だったんだ」
「特殊な条件、というのは……?」
「それより今は皇帝のことだ」
話が脱線するのを嫌ったのか、アルベリクが強引に話題を戻す。
「若返りは、1人の人間の時間を巻き戻すということだ。簡単そうに思えるかもしれないが、一般的な魔法では不可能だし、どの魔法書にもそんな魔法は載っていない」
アルベリクが言うなら、きっとそうなのだろう。
しかし、現実に皇帝は若返りを果たしていた。
「皇帝は何か特別な力を持っているということでしょうか? ミレイユ様はそれを知ってしまったから意識を奪われたとか……?」
「それは分からないが……可能性は高そうだ」
アルベリクが何かを考えるように無言でイネスを見つめる。
「所作も教養も付け焼き刃程度だが、まあ何とかなるだろう」
「アルベリク様、もしかして……」
勘の働いたイネスをアルベリクが首肯する。
「ああ、皇都へ行く」
あの日から身を潜めていた皇帝が姿を現し、若返りの事実が明らかになった今、たしかにこのまま辺境伯領から人を使って情報を得るよりも、皇帝の近くで自ら探ったほうが効率的だ。
「明日の朝には出発するから準備をしておくように」
「はい、かしこまりました」
◇◇◇
翌朝、辺境伯領を発ったイネスとアルベリクは、一週間ほどかけて、皇都にある辺境伯家の屋敷へとやって来た。
風格のある重厚な佇まいの建物の前で、執事のモーリスと侍女長のジョアンナが出迎えてくれる。
アルベリクにとっては、前回ミレイユに会いに皇宮を訪れ、すげなく追い返されたとき以来。イネスにとっては、叙勲式のとき以来の再会だ。
ロマンスグレーの温和な執事が胸に手を当てて挨拶する。
「アルベリク様、この度はしばらくご滞在になるとのことで、万全に準備を整えてございます」
「ありがとう。急な頼みになってしまってすまなかった」
「とんでもないことでございます。アルベリク様はもちろんのこと、異国の美しいお嬢様をお迎えできて大変光栄でございます」
執事がイネスに視線を向けて、にっこりと微笑む。
イネスも感じ良く微笑み返すと、アルベリクが紹介をしてくれた。
「メーヴィス公国のイネス・コルネーユ侯爵令嬢だ」
「なんと、メーヴィス公国からわざわざアルベリク様を訪ねて……。イネス様、ありがとうございます」
執事と侍女長から深々と頭を下げられ、嘘をついているのが申し訳なくなってしまうが、不信感を持たれないためにも堂々としなければならない。
「いえ、アルベリク様を少しでもお支えしたくて、居ても立っても居られずやって来てしまいました。わたしにとって、本当に大切な方ですから……」
恋人らしく見えるよう、上目遣いでアルベリクを見つめ、慈しみの気持ちを込めて微笑む。
これは、足りない恋愛経験を補うために恋愛小説を読んで学んだ仕草だった。
アルベリクが感心したのか、わずかに目を見張る。
それからイネスの演技に合わせるように、いつもの外向けの甘い笑顔を浮かべた。
「君こそ、俺にとってかけがえのない人だ」
「……っ」
これは作り笑顔であるし、台詞だって心にもないことだと分かっているのに、整った綺麗な顔で褒められると、ついときめいてしまう。
(だ、だめよ、落ち着かないと。この程度で真っ赤になってたらおかしいもの……。これは演技これは演技……)
心の中で言い聞かせてなんとか耐えていると、まだいけると思ったのか、アルベリクが優しい手つきでイネスの手を取った。
「疲れただろう。先に部屋で休むといい」
そうして、イネスの指にキスを落とす。
(せ、せっかく耐えられたと思ったのに……!)
今まで踏ん張っていた足から力が抜け、ふらりとよろめく。
「あっ!」
「イネスお嬢様!」
慌てる執事と侍女長の目の前で、アルベリクがイネスの身体を抱きとめた。
「……君は免疫がなさすぎるな」
「申し訳ございません……」
小声で指摘され、イネスも小声で謝罪する。
本当に、いい加減この動揺しやすい性格をなんとかしたい。
落ち込んだ顔で反省していると、執事はイネスが本当に疲労
「イネスお嬢様、お部屋まで歩けそうですか?」
「いや、俺が部屋まで抱いて……」
「だ、大丈夫です! 自分で歩けますから……!」
屋敷の中にはきっと使用人が大勢いるだろう。
彼らの前を、アルベリクに抱えられたまま部屋まで連れていかれるのは恥ずかしすぎて耐えられそうにない。
気力を振り絞って両足に力を入れると、どうにか一人で歩けそうだった。
「モーリス、部屋まで案内をお願いできるかしら?」
「もちろんでございます」
「ではアルベリク様、お先に失礼いたします」
「……ああ、ゆっくり休んでくれ」
◇◇◇
それから、温かい湯につかり、食べやすい食事を頂いて人心地ついたイネスは、部屋のバルコニーに出て庭園を見渡した。
少し離れた場所に一本のアカシアの木を見つけて、思わず顔が綻ぶ。
「あれがきっとミレイユ様の仰っていた木ね」
いつだったか、ミレイユが教えてくれたことを思い出す。
皇都にある辺境伯邸の庭園を二人で散歩したとき、アカシアの木の下でエドガールが愛の告白をしてくれた。
それ以来、アカシアは二人にとって特別な木で、結婚後、辺境伯領の屋敷にも新しくアカシアの木を植えたのだと。
アカシアの木を眺めていると、ミレイユとエドガールの仲睦まじい姿が浮かんでくる。
(お二人のために、必ず皇帝の秘密を探り出さなければ……)
イネスはバルコニーの手すりに置いた手に力を込めた。
◇◇◇
一方、その頃。
アルベリクの部屋では、侍女長のジョアンナが深刻な面持ちで報告に訪れていた。
「──イネスお嬢様のことで、お伝えしたいことがございます」
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