第12話 お互いの思い

「君の実家のことについて伝えるのを忘れていた」

「わたしの実家、ですか?」


 実家であるエベール男爵家とは、毎月、給金のいくらかを仕送りする以外には没交渉で、里帰りもしていなかった。


「実家で何かございましたか?」


 まさか、また仕送りの催促でも届いたのだろうか、と思ったが、どうやらそうではないらしい。

 察しの悪いイネスに呆れるように、アルベリクがまた溜息をついた。


「違う、君のことだ」

「わたしのこと…………あ」


 アルベリクに言われて気がついた。

 エベール男爵家との間で、ジュリエットの死亡について話がなされていたであろうことに。

 

「エベール男爵家には、君が亡くなったことを伝えて見舞金も渡した。だから安心してくれ」

「……ありがとうございます。きっと、そっけない態度で驚かれたでしょう」


 イネスの言葉に、アルベリクは躊躇ためらいながらもうなずいた。


「執事が遺品を送ろうかと訊ねたが、不要なので処分してほしいと言われたらしい」

「そうでしたか」


 イネスが寂しそうに笑う。


「エベール家は子だくさんなので、次女のわたしには構っていられないのだと思います。だから早くに家を出て、辺境伯家で働かせていただいていたのですが」

「……毎月仕送りを送っていたそうだな」

「はい。弟や妹の養育にお金がかかりますので。両親からもわたしの稼ぎをあてにされていましたし、わたし自身、住み込みで特にお金を使うこともないですから、仕送りするのは別に構いませんでした。ただ、お礼の一言くらいは言ってほしかったですけど」

「……」


 アルベリクが返事をしないのをいいことに、もう少しだけ余計なお喋りをしてみる。


「ですから、エドガール様とミレイユ様が、アルベリク様のことを大切にしていらっしゃるのを見て素敵だなと思いながら、少し羨ましくも思っていました」

「……君も二人から可愛がられていたじゃないか。初めは、君が両親を利用したくて歓心を買おうとしているのではないかと疑ってしまった」


 思わぬところでアルベリクから疑いを持たれていたことに驚きつつ、「初めは」という前置きに少し安心する。


「では、今はお疑いになってはいないということですね」

「疑っていたら、君を蘇らせたりしない」

「たしかに、仰るとおりですね」


 ふふっと笑って、イネスが柔らかく目を細める。


「わたしは、エドガール様とミレイユ様を実の両親以上に尊敬していました。ですから、ただお二人のために何かできることが嬉しかったのです。その気持ちは今も変わりません」


 自信を持って言い切ると、アルベリクの暗い瞳に一瞬、小さな光が見えたような気がした。


「……父と母をそんな風に思ってくれてありがとう」


 アルベリクから「ありがとう」と言われたのは初めてかもしれない。

 イネスは、驚きとともに胸が温かくなるのを感じた。


「アルベリク様も、お二人のことをとても尊敬されているんですね」


 アルベリクが、うなずく代わりに静かに語り始める。


「父は剣術に優れ、屈強な辺境騎士団を率いる帝国一の騎士と言われていた。子供の頃から、俺の憧れだった。母からは魔法を教わった。優しそうに見えるが怖い一面もあって、魔法を間違ったことに使ってはならないと厳しく教えられた。……だから、君を蘇らせて復讐に加担させたことを知られたら、俺は説教では済まないかもしれないな」


 アルベリクが自嘲する。


「で、ですが、私はエドガール様の仇をうって、ミレイユ様をお救いする機会をいただけて、ありがたいと思っています……! それに、こんなに綺麗な姿で生き返らせていただけるなんて幸運です」


 雰囲気を和ませようと、あえて冗談ぽく言ってみたイネスだったが、なぜかアルベリクの表情はかえって暗くなってしまった。


 重苦しい空気に耐えられず、紅茶でも飲もうとティーカップに手を伸ばしたとき、アルベリクが再び口を開いた。


「そういえば、もうひとつ話すことがあった」

「ど、どのようなお話でしょうか?」


 この空気を変えられるなら、どんな話でも構わない。

 そう思いながら続きを促すと、アルベリクの表情が一気に険しくなった。


「皇帝クロヴィスが──数週間ぶりに姿を現したらしい」


 皇帝の名を聞き、イネスの瞳が大きく見開かれる。

 たしか皇帝は、綻びのできた結界を強化するためという理由で、しばらく皇宮にこもっていたはずだ。


 そもそもの結界に綻びを作った張本人が何を白々しい……と腹が立って仕方ないが、今までなかなか把握できなかった彼の動向が、これからは掴めるかもしれない。


「何か気になる情報はあったのでしょうか?」


 イネスが尋ねると、アルベリクはやや困惑したような表情で見つめ返してきた。


「それが、伝聞だから実際どうかは分からないが……皇帝の姿が以前と違って見えたらしい。まるで若返ったような──」


 アルベリクの返事を聞いた瞬間、イネスが苦しそうに頭を押さえた。


 忘れていた記憶が蘇る。


「どうした? 頭が痛むのか?」


 気遣わしげに様子をうかがうアルベリクに、イネスが金色の瞳を向ける。


「……ひとつ思い出しました。あのとき、皇帝はたしかに言っていました────若さを取り戻したと」

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