異世界の魔法レシピ本

Morua

第1話 料理人

「んー、少しワインを入れてみるか」


「デイル、もうそろそろ出来そう?」


 そう言って俺の後ろから覗いてくる女性はこの世界での母親、と言っても義理ではあるのだが。


「ちょっとまってて母さん」


 ここは元いた世界とは違う、別の世界だ。魔物もいるし、魔法もある。

 そんな俺が転生して来たのは数年前の事。

 突然信号無視のトラックにぶち当たり、命を落とした俺は…気が付いたら赤子の状態で壊れた馬車の中に置き去りにされていた。

 そこに母と父が現れ俺を拾ってくれ、デイルと名付けられロッド家の養子となった。


「はい、ビーフシチュー出来ましたよ〜」


「お、今日はビーフシチューか」


 現在、年齢的には5歳になった俺だが前世の夢であった料理人を追いかけ精進中。

 この世界の父はカリス・ロッド。冒険者の出身で現在は傭兵の中隊長である。

 そして母はペトラ・ロッド、父と同じ冒険者をしていたらしい。

 最後に2つ上の姉のベリー・ロッド、優しくは家事が出来る。


「頂きま〜す」


 家族全員で食卓を囲み食べる。

 基本的に毎日家族揃って食べるのが我が家のルールである。

 そしてご飯を食べ終わり、俺はいつもの日課…魔物狩りへ出かける。

 何を隠そうこの世界の魔物…超絶美味なのだ。


「さて、今日は…オークかな」


 この世界、以外にもオークが猪肉みたいで美味しいのだ。

 いや、マジで本当に美味しいんだよ…。

 言われてみれば二足歩行してるだけの豚だから、理屈は分からなくもないけど…最初はね、やっぱ拒否反応が出たよね。


「お、見つけた…よっと!」


 俺はこの世界で手に入れたスキルを使ってオークの首を跳ね飛ばした。

 さて、血抜き血抜き。

 この世界に来た時に何故か習得したスキル、料理人。料理の工程を相手に強制させると言うスキルらしい。

 さっき使ったのはその中の1つ、はち。見ての通り見えない斬撃で相手を斬ると言うスキル。

 他にも見えない打撃のはたき、糸を操るしばり、炎を操るほむら、捌の進化系である微塵切りのぜつ、とかなり殺意高めのラインナップである。

 そしてアイテムボックス、これは聞いてそのまま、アイテムをしまったり食材をそのまま保存出来る。ちなみにこの中は時間が止まった様になるので食材が腐る心配は無い。容量はかなりあり、10tは入るみたいだな。

 そしてさらに、このスキルの凄いところのひとつは…調味料が…手から出てくるんですよね。

 七味や柚子胡椒等の和風なものから、中華だしの素、当然のように塩、胡椒、なんならブーケガルニみたいな物が自分の手から想像した通りの味で出てくる。スーパーとかで調味料のエリアに置いてあるものは大体出せる。便利な世の中ですねぇ…。


 俺の夢はこの世界で美味しい食材を探して…自分で食材を調達して、その食材で飯を出す店を開店する事。

 そのために15歳になったら高等学校に行って魔法と経営学を学ぶつもりだ。


「血抜き完了…持って帰ろ〜」


「デイル〜、どう?」


「あ、姉ちゃん!でっかいの取れた!」


 無邪気に姉が駆け寄って来る、なんで何も装備を持ってないのかな?


「うへぇ、大っきいね…」


「今日は…生姜焼きと豚汁だな」


「やったぁ!」


 そんなこんなで時は過ぎ、ついに学校へ入学することに。


「それじゃ、行ってきます!」


「長い休みの時は帰って来てね…」


「お前の事だから心配はしてないけど…やり過ぎるなよ?」


 家の前で家族に見送られる。

 母さんは少し寂しそうに見えるけど、父さんは何か晴れ晴れとした表情である。


「王都近くの魔物は美味しいって聞くし…それは約束出来ないかも」


「はっはっは!その様子だと先にあっちにいるベリーの方が心配だな!」


 そう言って大笑いをして俺は家を出た。


「それじゃ行ってきます!」


「「行ってらっしゃい!」」


 俺は王都へ向かう。スキルを使えば王都までは2日くらいか。

 スキルの縛を使えば空中に糸を出してそれに乗り、飛ぶように空中を歩くことが出来る。


「王都のミノタウロス…美味そうだな…」


「キャーッ!」


 出発して1日と少し過ぎた時、どこからか悲鳴が聞こえて来た。

 あれは…ミノタウロスと女の子?

 ちょうどいいや、女の子を助けながら今夜の晩飯確保だな。


「捌」


 空中からミノタウロスの首に少し切れ目を入れるとそこから血が溢れ出る。血抜きも出来て一石二鳥だな。

 ちなみにスキルを発動するのに声に出す必要は無いけど、気分が上がるおかげか威力も上がったりする。


「大丈夫ですか?」


「え…?嘘…何が?」


 俺が空中から降りてくると少女は何が起こったか分からないと言う顔をして動揺していた。


「あ、僕はデイル・ロッドと申します。たまたま通りかかったので」


「えっ、あ…ありがとうございます」


 俺が手を差し伸べると、少女は手を取って立ち上がった。

 年頃は俺と同い年くらい?少女は綺麗な青い髪を揺らし、甘い匂いを漂わせた。


「私はナギサ・アオイです。助けていただいてありがとうございます…」


 ナギサ・アオイ…?日本人みたいな名前だな。

 それに顔立ちも日本人に近いな。かなりの美少女だから分かりにくいけど。


「いえいえ、さてさてこの辺のミノタウロスは美味しいのかな…?」


「え?食べれるんですか?」


「え?食べないんですか?」


 ナギサさんはかなり驚いた顔をしていた。え?ミノタウロスって食べないの?


「い、いえ今まで食べた事なくて…」


「美味しいんですよ!ミノタウロス!こいつは何にしようかなぁ、脂乗ってるし、ステーキか?いや肉寿司も捨て難い」


「え?肉寿司って…」


 するとナギサさんはより驚いた。何だこの人、世間知らずってやつか?


「この世界にもあるんですね!」


「…はい?」


「あっ…いや何でも無いです…」


 この世界にも?って事は…まさかとは思うけど…いやいやこの世界に転生して来たのは俺だけの…はず。

 だけど…もしそうなら…。


「あなた…日本人…ですか?」


「えッ!…それじゃああなたも?」


 どうやらビンゴだったようだ。

 お互いにテンションがバク上がりし、もう大声でベラベラと喋っていた。


「へぇ、デイル君も一緒なんだぁ」


「うん、俺も姿はほぼ変わらずに髪の色だけ変わってね」


「私も赤ちゃんになった時びっくりしたよぉ」


 どうやら彼女も俺と同じタイミングで事故に遭い、同じタイミングで異世界に飛ばされた様だ。

 いや、にしても偶然が過ぎるな。それに死んだ年齢も同い年だし。

 すると彼女のお腹から大きな音が鳴る。


「…お腹空いちゃいましたね…」


 頬を赤く染めてそう言う彼女は…もう天使レベルで可愛かった。

 いかん、気を抜くと惚れそうになる。


「今日はいい出会いもあったし、豪華にしますか!」


「え?何か作れるの?」


「もちろん、俺にはスキルがあるから」


 さて、今日はミノタウロスを使って肉寿司を作ろう。

 まずは米を炊く、この世界にも米があって良かった…本当に。

 そして炊いた米に酢、砂糖、塩を入れてうちわで仰ぎながら混ぜる。混ぜ終わったら布巾を被せてしばらく放置。

 放置してる間にミノタウロスの肉を薄切りにする。そして寿司を握って、片方は柚子の皮を乗せて半分は炙りにしては完成。

 次はタレを作る。

 酒、醤油、みりん、蜂蜜の合わせダレに魚の骨を入れて煮詰める。

 そのタレを上に塗れば。


「ミノタウロスの肉寿司、完成」


「わぁ、美味しそ〜」


 ちなみにこの世界ではカセットコンロは無いため、アイテムボックスの中に自分で作ったキッチンを入れて持ってきている。

 うん、便利。


「頂きます」


 彼女が口に肉寿司を運ぶ。そのまま食べると、しばらく黙った。

 黙って口に何個も運んでいた。


「お、美味しい!こんな美味しいのこの世界に来てから初めて食べた!」


「それは良かった…それじゃ俺も」


 お、なかなかに脂の乗った肉、そして口に入れた瞬間に広がる牛の旨み…さすが王都近くのミノタウロス…格が違うな。


「ふぅ…お腹いっぱい…」


「お粗末さま〜」


 この子、かなりの大食漢だな…けど美味しそうに食べてくれるからめっちゃ作り甲斐がある。


「ふぅ…」


「そう言えばナギサさんはどうしてこの辺に?」


「ナギサで良いよ、私もデイルって呼ぶから」


 彼女は蜂蜜レモンの入ったカップをすすりながら話し始めた。


「私高等学校に行くんだ」


「え?マジで?」


「うん、マジで」


 もはや偶然とか超えて運命だろ…なんなら恐怖でしかないくらい運命なんだけど。


「ナギサも?」


「えっ…?」


「えっ…?」


 こうして俺は、思わぬ形で旅のパートナーをゲットした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界の魔法レシピ本 Morua @Morua

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ