星と海
「ふむふむ〜」
柊雨は透海の話を聞くなり、神妙な面持ちで
腕を組む。その姿はまるで仙人か、謎の貫禄があった。
(そういえば、去年もこんなことあったな)
と柊雨はしみじみと感じている。
そのときもまた、柊雨は仲裁に入った。
つい最近のことのようなのに、気がつけばすっかり先輩なんてやっている。
ここでの時間なんてほんの一瞬で過ぎてゆく。充実していた──というのだろうか。
柊雨がそんなことを考えていると、不意に透海は口を開いた。
「謝り…たいけど、正直玲には自分を大切にしてほしいし、僕自身も卑屈な自分から変わらなきゃいけないのも事実だし…どうしたらいいんでしょ…」
と言い、透海は寂しく笑う。彼女は賢い。
だからこそ分からないのだ。最善は何か、考えれば考えるほど低迷する。
現実と理想を同時に突きつけられ苦しくなったのかも知れない。
透海は、自分が少し卑屈なことにもちろん自覚はあった。それがダメなことも分かっていたので、日々努力はしているつもりだった。だが過去はそれ以上に壮絶で、どうしても抜けきれない。毎日試行錯誤しながら今を生きているから。
(…だから「頑張れ」なんて、軽々しく言れくない)
その想いは脳裏から決して離れなかった。
自分にとって皆がどういう存在なのか。
過去の、うわべだけの“ともだち”とは違うから。
「僕は皆をどう思ってるか、自分でも分からない」
小さくぽつりと呟いた言葉を柊雨は決して逃さなかった。
「…透海は自分が思ってる以上に、皆が大好きだよ。どうしようもないくらい」
「…そうですか?そう…見えるんすか?…」
分からない。分からなかった。でもやっぱり心の奥底で、いつも“ともだち”を気にかけている。
それは玲が危なっかしいから──と言うこともあるが、最大の理由は心を許しているかどうかで。“家族”とも違う距離感の“ともだち”。家族なんて形だけなのに。友達は形だけでは収まらない。曖昧な関係に透海は疑問を抱き、今までは深く関わらなかった。
しかし透海はその考えの過ちに気がついた。
それは決して苦しく締め付ける“鎖”ではなく──ゆるやかに、時には硬く結べる絆の、リボンのようなものなのか?
柊雨は余裕たっぷりに、尊大な口調で言った。
「見えるよ〜透海は絆とか、友情とか、すごく大切にするタイプ。そこは玲とそっくりかも。表には見せないけどね。だからこそ、その大切なものを無くしたら、きっと透海は壊れる」
──こわれる
重い言葉に透海の心は静かに揺れた。
壊れる、と言った柊雨はもう、少しも緩い表情をしていなかった。
真剣な、真っ直ぐな──
そんな目を、透海は逸らせなかった。
今までずっと現実を見てきた先輩が今、自分を見つめている。その事実に内心は穏やかになりつつあった。心の荒波も立ち去ったようだ。
「…はい。きっと壊れます。いや、もう──」
「ほらぁーこれからどーする?友達思いの“クリアオーシャン”」
先程までの真剣な面持ちは跡形もなく消え、にやにやと透海を揶揄う。
…そのあだ名は、どこから聞きつけたのだろうか。
まぁ、見当はついている。玲だろう。
まだ明るい、瑞々しいまでの葉が木から一枚落ちる。鮮やかな緑は、夕暮れでも美しく輝く。未熟なまま落ちてしまったこの葉のようにはなりたくない。
「…はい。“ともだち”と仲直りしてきます。ありがとうございます」
にこりと優しく微笑んだ表情は普段見せない、学生らしい姿だった。いつも一歩引いたところから物事を見ていた透海が、同じところまで近づいた。そのことも、先輩である柊雨は嬉しく思っていた。
「…さて、どこにいるかな」
ゆっくりと立ち上がり寮を目指す。
そして一方、玲は運命の導きか、中庭を目指していた。
そしてふたりは巡り合う──
* * * *
「あっ透海」
軽く、普段の友達を呼ぶように。
先程のことなんて忘れ去ったのかと言うくらいあっけからんとしていた。
透海は一瞬面食らう。まさかこんな再開をするとは思わなかった。
「よかったぁ〜あたし方向音痴だから彷徨ってたんだよね!本トは食堂目指してたんだけど」
玲は普段通りの口調で話しかけてくるがほんの少しだけ緊張の色が見える。
なにも修羅場などではない曖昧な空気。
玲はその空気で、玲がよく見る漫画のような、綺麗な謝罪の言葉が吹き飛んだ。
漫画の言葉は穏便に青春らしく。今この現実は、漫画のようにはいかなかった。
そして、その言葉はいとも容易く弾け飛んだ。
そのまま考えなしに少女の口は動いた。
「…透海、毎日こんなあたしと仲良くしてくれてありがとう!!」
「…え」
「こんなヘンなことばっかり言っちゃうけど…その…えーっとえーっとなんだっけ?んんん…忘れたぁ〜!!!
…とにかく、軽々しく頑張ろなんて、透海の頑張りを理解せずに言ってごめんね」
気恥ずかしそうに真っ直ぐに彼女らしく謝る玲に、透海の心は優しく溶かされた。
誰かの受け売りなどではない。綺麗事なんて一つもない、普段の玲が目の前に立ち通す。
その姿に透海は無意識に微笑んでいた。
それと同時に、この子はいい子だとも思った。透海の口からは、思っていたより遥かにするりと言葉は出てきた。
「…僕も、ごめん。言い過ぎた。玲のこと、自分が思ってるより随分大切にしてたみたい」
照れつつ笑うその顔は、やっと“友達”に成り上がった気がした。ひどく不自然な距離を置いた友達とは違う。
多少不自然ながら、互いに違う意味で不器用なふたりは“仲直り”を達成したのだった。
「んぁ〜完璧にカッコよく謝ろうと思ったのに〜セリフ忘れたのは誤算だった…」
「誤算、って知ってるんだ。珍しい」
「なんだと!!国語はまだできるもん!」
「…この前理科は三点だったくせに?」
「りっ理科は!!理科はだから!!英語百点!!国語…四十点…」
いつも通り他愛無い会話を交えながら、二人は寮へと戻る。透海は玲を密かに“心友”認定したのだった──
* * *
「おかえりぃ」
いつも通りに柊雨は迎える。
ひどく満足気に、まるで「僕のおかげ」とでも言いたげな顔をしている。
しかしこれでも僅かに不安は抱いていた。
二人の関係修復には何が最善か。
同じことをした経験から、より良い“仲直り”を大切な後輩たちには教えたかった。
そうして玲も透海もお互い長く引きずるタイプではないことは承知の上で、今日仲直りさせに行かせたのだ。どうすれば関係がこじれないか最善を考えた上で、だ。
「玲〜宿題やるよ」
「えっ今帰ってきたらばっかだよね?理科?理科なの?!」
「当たり前。前回三点でしょ。それはマズいよ。僕ある程度できるし。あ、国語もセットでやっちゃう?それもアリだよ」
「なんで?!さっき国語の『誤算』使い方あってたじゃん!!」
とくに変わった様子は無さげに見えるが、瑠花には分かった。二人の心の距離がぎゅっと小さくなったこと。
瑠花もまた、玲と思考は似ていたのかも知れない──
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