騙し騙され


「じゃあ神経衰弱やろ〜」


夜半、大晦日。年明けまで数十分。


瑠奈はうきうきとカードをまぜ、テーブルに散らす。どうやら神経衰弱が好きらしい。


「えぇ〜やだ俺やりたくなーい」


柊雨はやだ、なんていいつつ無抵抗なのは神経衰弱に自信があるからなのだ。

少し不機嫌そうなのは先程くじらが揶揄ったからだろう。

だが柊雨は隙あらばくじらに一泡吹かせようと目論んでいる。

その目にはやり返してやる、とでも言わんばかりの闘気が滲み出ていた。


「じゃあじゃんけんして負けた人の時計回りからね!!」


優香里はぶんぶんと手を振り回しながらじゃんけんの構えを始める。


「なんでそんなに気合い入ってるんですか」


なんてくじらはツッコんでいるが、神経衰弱は一番初めに引く者が不利なのだ。もちろん気合い十分。負ける気など微塵もない。


「じゃああんけええんぽん!!」


無駄に高低のついたリズムで声を掛けた優香里は、案の定とでも言うばかりかビリだった。つまり、最初だと言うことだ。優香里、くじら、柊雨、瑠奈の順で回る。


「ええぇっ僕から?!あ〜適当にひこ〜」


優香里は手頃な近くのカードを引く。なぜ近くを引くのかと言われると、それは人間の心理だからだ。近くにあるものは自分の領域内と本能的に感じている。だから、近くのカードを引いてしまう。…それは人魚も同じくだが。


「さんとよん!全然だめじゃん」


すぐに裏返し戻す。続いてくじらの番。


「ええ〜と…五と七ですね」


神経衰弱は得意なほうだが、どうも緊張してしまっている。いや、それも全てのせいだ。


「じゃあ俺の番ね〜!あ、くじらには絶対勝つから。今にみててよ」


闘争心に燃えた目には、執念とも言える感情が見えている。手元の近く、すぐ前をめくる。


「キングと八だ〜はい、次瑠奈の番」


「ん〜…三とクイーンだ!!あああ三さっきでたのに〜っ」


悔しそうに瑠奈が裏返す。こう言う時は、他の人が忘れていることを願うばかりで何もできない。優香里の番なのだが、はて、とでも言わんばかりの表情で頭を抱える。


「…えっ僕なんにも覚えてない…自分が引いたのに…。三…?どこだっけなぁ」


優香里は何も覚えておらず、片っ端から忘れていっているようだった。だが、その横で、くじらは密かにパニックになっていた。



おっ覚えてない…!!ついさっきのことなのに…?!



くじらは、三の居場所を忘れていた。優香里が序盤に引いたからかも知れないが、くじらの中では異常事態だった。

普段は高材疾足なくじらだが、パニックになると思考が鈍る。考えれば考えるほど分からなってくる。もはや沼だ。


無駄なことを考えるんじゃなかったと後悔する。



「えっ…と…」



戸惑うくじら。その隙を、柊雨は見逃さなかった。



「くじらくじら、ほらここだよ」



にこりと優しい笑顔で、一枚のカードを指差した。そのカードは本当に三か。嘘か本当かも分からず、さらに悪循環なパニックに陥る。



あ…あれ?柊雨くんが指差すところでしたっけ?いやでももっと優香里ちゃんに近いところかも…。



ハイスピードで駆け巡る思考は、考えを導き出さなかった。どうしてこうも思い出せないのかと、苛立つ。こんなにすぐに忘れるなんて普段のわたしならありえないのに。

柊雨くんにいじわるしたバチが当たったのかも知れない――なんて考えている。

くじらがここまで焦るのにも理由があった。



――くじら、『賭け』しようよ



柊雨が突如持ち出してきた『賭け』。その中身は意外にも単純なことだった。



『勝ったほうが負けた方の言うことを一つ聞く』



「…ね?定番でしょ?神経衰弱ならお互い得意分野だろうし平等だよ」



賭けをすること自体は嫌では無い。くじらが怯えているのはその中身だ。 


『勝った者の言うことを聞く』


単純だが、姑息で嫌な罰ゲーム。もしもその中身が“誰にも言っていない過去を語ること”なんてことになれば、人魚としての自分を滅ぼしかねない。

知られてはいけない過去もあり、この陸での生活に影響しかねないのだから。

自分を守るためにも、この勝負には勝たなければならない。


お互い高いプライドを持っているため、賭け云々より、負けたくないという感情も強い。


どうやら柊雨は勝つ気満々で、一歩も譲るつもりはない。なにを企んでいるか全く分からない。



焦りやら恐怖やらで、心臓が大きく飛び跳ねる。



「ん〜〜ッ」




「あはは、くじらひとり百面相してるじゃん。お返しだからね。あースッキリした」



ニコニコと嬉しそうに屈託なく笑う柊雨は、

目的を果たし満足げだ。



…ほんとうは、くじらにやり返しがしたかっただけなのかもしれない。

やり返しにしても、くじらがやったことより

百面相まで追い込むのが上手い。


くじらが分からなくなっていると判断したうえで、事前に決めておいた『賭け』の縛りで

囲い込む。



そのまま柊雨は、くじらがしたようにぱちんとウインクした。

そのウインクは、くじらより幾らもやり慣れていて、洗練された魔法のウインクだ。流石ガチ恋製造機の名だけある。



「ん〜…もう柊雨くん信用しませんから!」



くじらはそう吐き捨て、汗ばんだ手のひらで迷いに迷った優香里に近いカードをめくる。

そのカードは――九、だった。



「ほら〜俺信用したら揃ってたのに」



これまた二重でくじらを揶揄う。

柊雨の手のひらで転がされている気分だ。

勝負にも、戦いにも負けたのかも。

そのまま柊雨は、三のペアを揃える。


互いの高度な思考を巡らし闘うこの神経衰弱には、優香里がついていけなくなっていた。



「…え?え?今度はくじらちゃんがからかわれてるの?」



「…こら優香里ちゃん。もう触れちゃいけません」



瑠奈は優しく優香里を宥める。幼子を叱る母親のような。瑠奈は手元を見ると驚いた表情をする。


「あ、揃った」


「ほんとだ〜瑠奈ちゃん強いなぁ」


「ふふふ…優香里ちゃんにはペア揃わせないよ〜」


優香里はすっかり瑠奈のペースに乗せられている。

優香里は優香里で瑠奈の思い通りになっている気がするが、気のせいだろう。



* * *


「いぇーい勝った〜」


瑠奈は嬉しそうにカードを片付ける。



「「…」」


くじらと柊雨の間には、気まずい空気が流れていた。


結局、勝ったのは瑠奈だったのだ。


賭けを持ち込んだ柊雨でもなく、それに乗ったくじらでもなく。横から瑠奈が割り込んだ。お互いのプライドが、想像していた斜め五〇度傾いた方向で崩されたことにより、

なんとも言えないショックを味わう。


どちらの言うことを聞くこともなく、こうして静かに二人の戦いは幕を下ろしたのだった…

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