夢に遊ばれて


「「夢のテスト?」」


玲とかもめは声をそろえる。

頭に浮かんだのは同じ疑問なのだろう。


「おう。聞いてないのか?担任に。」


小瀧はちらりとこちらを振り向いた。

みたところ、訝しんでいる。


「あいつ、、、まだ言ってないのか。“夢に対する情熱”をはかるテストのようなものだ。まぁ言ってしまえば夢に対するレポート、だな。確か去年から一年生でも書くようになったはずだ」



レポート。

それは国語力を必要としつつ、夢に対する情熱を、思いを文字に起こしのせる。

人々が古代から伝えてきた古典的な方法だ。



「あたし国語苦手だなぁ…。難しそう」



「…まぁ、ここにいるものに“書かない”なんて選択肢は無いはずだがな。」



再び視線を手元に戻し、小瀧は言った。

小瀧はベテラン教師の為、生徒の扱いも上手い。やる気の出させ方を知っているのだ。



「今日配られるだろうから、各々頑張るんだな」



そう。“書かない”選択肢なんてあるはずがない。そんな選択肢がある時点で、もうここにはいられないのだから。



「レポート…ねぇ。まぁくじら先輩は去年からやってた訳だし、くじら先輩に聞きながらやろうかな」



「そうだね!!あたしも柊雨先輩に聞かなくちゃ」


夢に対する“熱”は誰しも冷めないのだから。



*****



「あぁ玲たちもそろそろだしね。いいよ!この先輩が教えてあげよう」



「先輩助けてくださいね!あたし多分全然言葉わからないから!」



柊雨がふふん、と得意げに胸を張る。

こう言う時の先輩は頼りになるものだ。



「夢について、だよね。このプリントに沿って書いたら大丈夫だと思うよ。あとは言葉とかの使い方に気をつけて―――」



「夢、か。」



夢ってなんだろう?



憧れとか、望みとか。そう言うのを全部夢、と言うのだろうか。

小さい頃、「お菓子の家に住みたい」なんて

夢があったけど、それは本当に“夢”なのか?

なにかになりたい、と言うことだけが夢ではない。「世界が平和に」も「将来こうなりたい」も、どちらも夢として扱われる。

自分の願望なのだ。


夢の定義なんて存在しない。


ただ、ひとつだけ決まっているとしたらそれは――





今叶っていないことだけ。





当たり前で、それだけならもう夢として存在する。

それが、夢なのだから。

今自分にできる夢への一歩は――




「…柊雨先輩、やっぱりあたし自分でよく考えてみます。それからレポート確認してください」



「…うん。それがいいよ。玲もちょっとは成長したのかな」



一瞬きょとんと驚いて、すぐに柊雨は優しく微笑む。先輩として、ただただ少女の成長を嬉しく思ったから。



*****


早朝、いち早く教室についた玲とつきみは先日渡された課題について話していた。



「レポート、書いた?」



「う〜ん…まぁ書いたは書いたんだけど…イマイチピンとこなくて…原稿用紙4枚も書いちゃった」



つきみが手に持っている原稿用紙の中には、小さく細かくぎっしりと文字が詰め込まれていて、それだけで夢に対する情熱が伝わってくる。



「レポート、順調ですか?」



不意に教室の入り口から声がする。

少し高めの優しい声。先輩であるくじらだ。

普段はくじらから声をかけてくることは極めて少ないが、今日はどうしたことか。



「まぁまぁ?な感じですね。文字に起こすのがなかなか難しくて」



「そうなんですか…じゃあ、先輩として一つ助言と言うか、アドバイスをあげますね!

それはずばり、“自分が何をしたいか”です。」



「「何をしたいか?」」



「そうです。自分は夢を叶えて何がしたいのか、今この現状で辿り着けるのか。そんな

感じで自分と向き合うことですよ」




理解するのに、時間がかかった。




叶えたら終わりなわけがないけれど、そこから何がしたいかなんて考えたことがなかった。


夢を叶えた、さらに未来――


到底想像できなくて、遠い。分からない。

それを、私達に書けと…?

でも言っていることは正しくて、今後に大切なことなのに、分からない。



「よーく考えるのがいいですよ!改めて本当の夢を見つける人もいますし」



くじらはぱちんとウインクした。

そのウインクに、玲は無意識のうちに



「そのウインク柊雨先輩に似てる、、、」



とつい呟いてしまった。

するとくじらは、


「…えっ!バレました?!そっそうなんです柊雨くんがかっこよかったから教えてもらって…!!うう…」


真っ赤になって恥じらい、顔を手で覆うその姿は恋する乙女のように、可愛らしい。

あんな大層なことを突然言う先輩の可愛らしい姿に微笑む。



「…ありがとうございました!!あたし、

もっと夢について考えてみようと思います!!!」



「…ところで先輩なんの用事できたんですか?まさかつきみたちにこのことを伝える為だけにきた訳じゃないでしょう?」



「…あっそうだった!ちょっとむぅにゃちゃんにお話があって。すっかり話し込んじゃいましたね」



ちらりと教室を覗き込み、目線でむぅにゃを探す。



「今呼びますね!おーいむぅにゃ!!くじら先輩が呼んでるよ〜」



「え?あっくじら先輩!何か用ですか?」



そのまま二人は話しだしたので、静かに後ろに下がる。





―――夢、か。





難しいことだけど。こう言うのにぶつかるのもいいよね、なんて。

ここに来た意味を見つけるために、これは大切なことだから。深く、悩まなければいけないから。

この夢に、まっすぐ向き合うために。



「…なんか急に夢が立体的になってきたね」



つきみはこちらを振り向きくすりと笑う。

それに合わせて玲も微笑み返す。

その笑顔は決して緩まず、前だけを見つめていた。何かの覚悟が決まった、そんな表情だった。



――必ず、みんなを笑顔にするから。



玲は、そう心に誓った。



連日の彼女の心境は、夢にもて遊ばれ振り回された。夢の広大さの沼にはまったように。

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