価値観

「透海ああーっ!一緒に帰ろぉよぉ」


ずるずると透海にしがみつき、ねだる。

ときは放課後、帰宅時間。寮に帰る途中、

透海が置いていくので仕方なくしがみつき

一緒に帰っていた。

透海はとくに機嫌が悪いわけでは無さそうだ。理由が玲には分からなかった。



透海は、悔いていた。先日、過去の話題に

なったとき自分だけ何も話せなかった。

自分だけ、は違う。柊雨も話せていなかったが。でも、なぜ言えないのかと理由まで

つけ丁寧に断って、言わなかった。

そこは、僕とは違う。やっぱり柊雨先輩だな、と思った。


僕は、話そうとしても言葉が出なかった。


言葉に詰まった訳でも、困った訳でもない。

なぜか、話せなかった。

話したくない相手じゃない。この人達になら

話せるとまで思う。だが、身体は良いと言っているのに、心が拒否している。

つまりそれは――



心の底からは、自分の心を開けていない



皆いい子で、優しい。僕の過去もきっと受け入れてくれる。なのに、心が拒絶している。

でもみんな優しいから、僕が何も言えなくても何も聞かずにいてくれた。

その優しさに甘えているような自分がいて。


逃げた僕には程遠い世界だった――



......................


「透海、大丈夫?」

玲は心配そうに、透海の顔を覗き込む。玲の心は、比喩すると水のようにさらさらとしていて透明で。この子の隣にいて本当に良かったのか、と僅かな罪悪感が胸をかすめる。


すると突然、玲はわかった、と得意げにこう言った。

「透海、お腹空いたんでしょっ!」

見当違いもすぎる予想に透海は一瞬きょとんとする。でもその見当違いな心配は、優しく

透海の胸を温めて、溶かした。


「何言ってるの?お昼に給食食べたし。

だれかさんと違って食いしん坊じゃないからさー」

とちらりと玲のほうを見て言う。


「だれかさんって誰?」


玲はぱちぱちと瞬きをし、首を傾げる。

その途端、玲のお腹はぐぅぅ、と唸る。

少し赤面し、えへへと玲は笑った。


なんて鈍いんだ――


あまりに鈍く、笑ってしまう。

この子のこう言うところが好きだな、と思う。過去は、言えるようになったら言えば

いい。焦る必要などなかったのだ。

「お腹すいたし帰るよ。今日夕飯なんだ

ろうねー」

透海は玲の手をしっかり握り、寮へと歩みを進める。その姿には、後悔が写っていなかった。



***



寮に帰るや否や、先に帰っていた瑠花がすぐに

夕飯の支度を始める。

「今日の夕飯何にする?」

瑠花がエプロン片手に聞く。

家事は、瑠花が担当することが多かった。

透海は事情によりほとんどやったことがないらしく、玲はこれでも王宮で育ったため家事を少し手伝う程度しかしたことがなかった。


となると消去法で柊雨と瑠花が担当することにはなるのだが、柊雨は忙しく手伝えることが少なかった。結果、いつものように瑠花が

家事をしているのだ。柊雨はこの現状をなんとかせねばと思っていたが、今まで具体的に動けていなかった。

そこでこれはチャンスだ、と思いこう言った。


「今日は夕飯作るから瑠花は

ゆっくりしてなよ」

と瑠花の背中を押して、すとんと椅子に座らせる。瑠花は目をぱちぱちと瞬き、大人しく椅子に座る。


「いいですよ!作りますよ〜」


「だーめっ!いつも任せっきりだからさ。

今日くらいは任せてよ」

と柊雨は胸を張り、エプロンを着る。

くるりと二人の方を向き、言った。




「、、、さて、何を作ろうか」





、、、そこからかよ!!!



透海は心の中でツッコんだ。

今まで何か案があったから任せてと言ったのではないか、と思っていたのに!

と思ったことは内緒にしておこう。



「あたしはオムライスがいいです!」

ぴしっと手を挙げて玲は答える。


「オムライスなら僕も作れるよ」

家庭科の授業で作ったんだ、と冷蔵庫を開ける。しっかりと具材は揃っている。これも

瑠花のおかげだと改めて感謝しなければ。


柊雨は慣れた手付きでお米を研ぐ。

玲も透海もただ眺めることしかできなかった。二人揃って、オムライスと言ったら

ケチャップをかけるだけだったのだ。

それが作るとなると難しそうで、立ちすくんでしまった。


見かねた柊雨が、

「二人は卵を割って、混ぜてね」

といった。

言われた通り卵を割り、混ぜる。

それが終わらないうちに柊雨はケチャップライスを作る、分担作業になった。

柊雨がケチャップライスを作るさまはとても

絵になりかっこよくて憧れの先輩だ、少女は感じた。


30分も経たないうちにオムライスは完成

した。卵はとろとろで、ケチャップライスは

ほどよくぱらぱらとしていて。

玲は今まで食べてきたどのオムライスより、

一番美味しいと感じた。自分で作った料理は

美味しく感じると聞いたことがあるが、それがまさにこのことなのだろう。

「美味しいね!」と瑠花も言ってくれた。



「これからは家事もそれぞれ担当持つことにしようよ。瑠花に任せっきりはやっぱりダメだよ」


「そうですよね!でも、その、、、あたし

何もできないんです、、、。星にいたとき家庭科でパンケーキ作ったんですけど、

黒焦げのカチカチになって食べた人が倒れたんです!!だから料理はダメで、、、」

と言葉を濁した。


玲は飯マズな訳ではなく、たんの料理下手なのだけなのは柊雨も気づいていたので、

「玲と透海は一緒に練習しようか!」

といつものアイドルスマイルを向けた。






それから数日後、玲が作った料理はそっと

この世のどこかに葬られたのだとか、、、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る