過去の追憶


笑麻えまと出会ったのは、きっと9歳くらいの頃。笑麻と出会ったことで、あたしは成長できたのだと思う――



***



小学生三年生。初めて同じクラスになり、

少女は笑麻とたまたま席が隣になったので、何気なく「よろしくねっ笑麻!」と声をかけた。


笑麻は「よ、ろしくね」と目も合わせず

視線を泳がせそう答えた。


笑麻は、この子に処刑されると思っていた。

その頃、ちょうどこんな噂が流れていたのだ。

王女に逆らったら、王様に処刑される――


今考えれば馬鹿馬鹿しいが、まだ幼いこともあり、ひどく避けてしまった。

普通なら傷つくか、同様に避けるか、そんな

反応をするはずなのに、玲は

「もしかして今話したくない気分だった?

ごめんね!!」

なんて突拍子もなく謝るのだ。まさか謝られると思ってもいなかった笑麻は

「ちっ違うの!あの、えっとね、私ちょっと人見知りで、、、」

と慌ただしく付け加えてしまった。

本当はそこまで人見知りでもなんでもないのに。つい、言ってしまった。

すると玲はにっこりと微笑み、

「そうなんだ!これから仲良くしようねっ」

と太陽のようにピカピカと、眩しい笑顔を

撒き散らす。


こんな子が、処刑なんてするはずない――


不思議な品格を纏った王女は、特に王女ということを気にすることもなく誰とでも仲良くしていて、老若男女問わず人気者だった。

そんな彼女を、すごく大切に思っていた。

玲もまた、笑麻をとても大切に思っていた。


特別仲がいい訳ではない。

親友でもない。

でも、自然と一緒にいることが多かった。

お互い安心するような、そんな空気が間にあって、自然と心が開けたのだ。

友達以上、親友未満のような関係だった。



玲との付き合いも数年経ち、つい切り込んでしまった。

「玲っていい意味で王女らしくないよね」


「そうだよねー、、、お父さんにもよく言われる

 『王女の自覚を持って行動しろ』って。

遊びに行きたいけどダメなことも少なくないんだよねぇー」

父親である王を真似て言う。

そこには世の中にはありふれた自由さがなくて、笑麻の胸に引っかかる。

近頃、その眩しい笑顔が曇がかっている気さえする。


「、、、玲には夢とかやりたいこと、あるの?」

そう、聞いてみた。

王女は夢を持てない。いや、持ってはいけない。それが昔から決まっていた。国を継ぐ、

そのことしかしてはいけないから。それが、王女の役目。


笑麻は、そんな世の中のルールに嫌気がさしていた。こんなにもいい子にもっと自由を与えてあげられないのか――



そのとき、ほんの一瞬だけ玲の顔が曇った。でもそれも一瞬で、すぐに元の顔に戻ってしまった。


「うーん、、、そーだねー、、、みんなを笑顔にできたらいいなーなんて。そのためにはまず

あたしが笑顔でいなきゃならないよね」


いつもの明るさが、ほんの少しだけ、薄れている。『笑顔』に引っかかっている。

そのことに、絵麻は薄々勘づいていた。



笑顔。



笑顔なんて、強要できない。

なのに、玲はいつもどんなときも笑顔。もう何年も付き合っているのに、悲しい顔なんて一度も見たことがない。

そこで初めて気がついた。



私は、この目の前の少女を何も知らない――



知っていたのは結局表面だけで、心の底で、

何に悲しんでいるのか、苦しんでいるのかなんて少しも分かっていない。


玲は確かに純粋無垢で、明るい子だけど。

やっぱり人なんだから感情だってある。

でも、暗い感情なんて、見せてはいけない。

このことが、玲自身を知らず知らずに縛って、苦しめていたのではないか――


「、、、笑麻?どうかした?」

心配そうに、顔を覗き込む。


また、私の心配なんかしている。

この子は、人のことしか考えてない。

自分のことをなにも考えていない――?


「、、、の」


「?」



「なんで、自分を大切にできないの玲!!」


ぴしゃり、と大きな声で叫ぶ。

玲は驚き、固まった。笑麻が声を荒げたことなんて、一度もなかったのだから。



「国民を幸せにしたくてもね、玲が心から幸せじゃないと意味ないの!!周りに流されて笑うなんて、らしくないよ!!」


「玲が心から幸せなら私だって、嬉しいんだだから、、、」



僅かな沈黙があり、玲が少し俯く。

ただ、その顔には迷いがなく腑に落ちていた。


「、、、そうだね!笑麻、ごめん!!あたしが、この国をつくらなくちゃいけないんだから!!」

キラキラと目を輝かせ、希望とやる気に満ちたりた本当の玲。

自分の言葉が響いたのかは分からないが、

霧が晴れたかのように、かつての眩い光を放っている。

これこそ笑麻が惹かれた笑顔であり、本来の姿で。



この子が幸せだと、知らずと救われたような気持ちになれる――



ありのままの玲でいることが結局は国民が1番幸せなんだと、少女は気付いていなかった。

だからこそ笑顔でいなきゃ、と笑顔で自分自身を締め付ける。それに今、初めて気づかされた少女は、これからは、ありのままの笑顔を振り撒くのだろう――



***


「、、、があたしの大好きな友達の話です!」

寮で、途切れ途切れの記憶を話していたところだ。

なにがきっかけかは分からないが、自身の『過去』の話題になって、少女は追憶した。

語ったものの、そこまで深くは記憶に残っていないし、この地球にきてから疎遠になっているのも事実だ。

でも今私がここにいるのも笑麻に救われたからだし、と思っている。



今なら、きっと言えると思う。

笑麻とあたしは互いに居心地がいい心友しんゆうだと。



「、、、柊雨先輩の過去はなんですか?」


そう尋ねると、妙に緊張した面持ちになって柊雨は曖昧に笑い、

「今はまだ言えないけど、きっといつか玲たちになら話せる、と思う、、、」

と言う。普段の柊雨とはそぐわないような、自信のなさげが心配になる。



「、、、みんな、あたしなんかよりずっと大変なことあったんだね、、、。なんか申し訳ないや」

とつい、言ってしまった。

すると透海が、


「それは違うでしょ。大変じゃないとかそんな問題じゃない。玲には玲でいろんなことが

あったんでしょ!それを周りと比べるのは

間違ってる」


と叱る。その姿はかつての友と重なり、

くすり、と笑う。


「なっなに笑ってるの?!」

透海が頬を赤くして怒る。


「なんでもないっ」

その「なんでもない」は幸せな、満ち足りた笑顔で溢れていた。その笑顔は、笑麻が導いたのだから。




これが、玲の心友の話だ。

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