心底深く

暖かな陽気。窓から差し込んでくる光に、

少女は欠伸をした。大きく伸びをする。


昼休み、音猫の席を陣取って少女は昼寝をしている。じきに、今日の授業が終わると思うと幸せな気分になる。


勉強ができない少女にとって、授業が地獄のようなのだ。勉強ができない、は少し違う気もするが、できない教科は全くできない。

午後の授業は国語と理科。思い出すだけで溜息が出る。少女がこの世でもっとも苦手とする教科であり、先日の小テストで一六点を取ったためすっかり理科担当、小瀧こたきに目をつけられてしまった。


厳しい先生で、少女はこの前一時間半に及ぶ

補習と言う名の監禁を受けた。


そんなことから、午後の授業に絶望したのである。今日も小テストがあるではないか、、、

午後の授業は寝よう、と心に決めた。



***



キーンコーンカーン――、、、


呑気なチャイムが響く。


「学校終わったぁ〜」

瑠花が、隣で机に伏せる。

結局少女は授業中眠れなかった。小瀧に策略がバレたのか、ずっと監視されていた。なんて鋭い地球人なんだろう、と肝が冷えた。

あの人は人の心が読める、そう思って接することにしようと決めた。


「玲ちゃーんっ透海ちゃーん寮帰ろー」

瑠花が大きな声で声をかける。


「あっ瑠花待って〜っ」

急いで荷物を詰め込み、鞄を背負い、瑠花の背中を追いかける。




「おかえりみんな〜っ」

寮には柊雨が先に帰っていたらしく、にこやかな笑みを浮かべながら迎え入れる。

その笑顔に、少女は思った。


ああ、また心から笑ってないな


少女は人の心には敏感なときは敏感だった。

鈍感なときは全く気が付かないが、これでも王女として人々に寄り添ってきたのだ。

これくらい分かってしまう。 


近頃、思うのだ。柊雨はいつも、誰にでも笑顔を向けてくれる。でもそこには感情が見えない。真っ暗な闇をかき混ぜたように、奥が見えない。不透明な、見透かせない心。

完璧な、みんなのアイドルを演じている。

だからこそ、思う。


みんなを、笑顔にしたい――


この人を笑顔にしてみせる。そう、心に誓っている。


「玲、どうかした?」

柊雨は優しく微笑み少女の顔を覗き込む。

完璧で、素敵な先輩。憧れの存在。

アイドルなんて、目の前じゃないか――


そんなふうにまで思ってしまう。ただ、それも簡単ではないことは知っている。

そこでふと、思った。


「柊雨先輩!!いまからあの、えっと、

ちょっとお出かけしませんか!!」

あまりにも考えなしにそう言ってしまったので、明確に場所などはわからない。

しかし、柊雨もそこには何も言わずただ深くこっくりと頷いただけだった。



***



「――あはは、その人すごいね」


大きな街を、二人で歩く。とくに当てもなく、どこかに向かって歩いている。

少女は人との会話にはある程度の自信があった。もともと人と関わることの多い少女は

会話を弾ませたり、相手を笑わせることが

得意だったのだ。

実際、柊雨は笑っている。笑い方だった。それではだめだ。

こんな話し方は彼には響かない。



「、、、柊雨先輩は、何かをしていて楽しいことってありますか?」

思い切ってその核心に触れる。


柊雨は驚き、目を見開く。想定外の質問だったのだろう。

だが、少し間を置くとすぐに返事は返ってきた。


「そうだねーっ、、、みんなと話してるとき?

この前のライブとかもみんなが喜んでくれて嬉しかったなー」


「、、、違います。していて楽しいことです!!」

柊雨は驚きのあまり、固まる。

いつもはあんなにほわっとしているあの少女が、自分にこんなにも詰めたことを言うのだ。いや、それよりなぜ気づいたのか。

『みんな』を第一に話していたこと。

自分ではない、誰かのこと――


「、、、、、、玲はどうしてそう思うの?」


「、、、似てるんです」


「似てるって?」

柊雨は思わず聞き返す。


「あたしと、すごく。昔、笑麻えま、、、友達に、

怒られたんです。もっと自分のことも考えなよって。そこで初めて気がついたんです。

あたしって人のことばっかりで自分のこととか、自分を大切にできてないなって。」


少女は、どこか遠くを見つめる目で語る。

その姿は、普段と全くそぐわないようなさまだった。


「先輩は優しくて、人気者で、、、だからこそ、人のことを第一にしすぎてる感じなんです!たまには心から笑顔になってくださいよ!」


柊雨の、いつもの笑顔が少し崩れる。

身体がすこし傾く。そして、笑った。

「、、、あはは、なんだそれ」


柊雨は困ったように苦笑いをしながら笑う。一見いつもと同じようだが、少しだけ、少しだけ本心が、心の奥が見えた、、、気がした。



***



「柊雨先輩っあのお店入りませんか!?」


「なにあれ、、、世界一大きいわたあめ?大きすぎるし無理だよっ!!ほら、今日夜間外出届出してないし急いで帰るよっ」



(やっぱり、先輩はしっかりしてる、、、

なんて頼っちゃうあたしがいるんだよねっ)



少女は夕日に追われ、急いで寮へと向かった。少し前屈みに柊雨の顔を覗き込み、微笑む。ほんの少しこの柊雨、と言う先輩と距離が縮んだ気がした。

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