第62話 魔王との最終決戦

 扉の先にはドレッドから聞いていた通りの広々とした空間があり、足元には前方へ向かって紫のじゅうたんが敷かれている。そして絨毯それの行き着く先には質素な玉座が設置され、そこには姿勢を正した状態でしている、一人の男の姿があった。


「よぉ、しばらくだなリーランド。再会を祝して乾杯といきてぇとこなんだが――わりぃが飲みに行く前に、ちぃとケジメを付けてほしいんだ」


 ドレッドは目の前の男を見据え、縦長の広間を真っ直ぐに歩んでいく。しかし玉座にちんする男、魔王リーランドはどうだにもしない。



「お前さんにも深い事情があることは察するが――。オレの祖国、ネーデルタールを滅ぼしてくれたことに関しては、やはりかんするわけにはいかんな」


 カイゼルは左右の手に湾曲刀ショーテルぶら下げ、静かに魔王へと近づいてゆく。魔王はわずかに頭を動かしたものの、やはり立ち上がる素振りはない。


 魔王の頭の左右にはうしを思わせる巨大な角が生えており、かつては真紅だったはずの髪と瞳は、いまや闇色に染まっている。ようへいの際にも身に着けていた革鎧一式からのぞく皮膚は黒く変色しており、硬質な石のごとき光沢を放っている。



「フン、やはり貴様らか。弱き敗走者どもが、いまさら俺に何用だ?」


 自らに接近し続ける僕ら三人をえ、ようやく魔王が口を開く。声にはリーランドの面影が残っているものの、その語り口調はヴァルナスのものとも近い。


「まぁ……。あん時、見逃してくれたことにゃ感謝するぜ。――そのおかげで、こうして心強ぇ仲間を連れて、おまえをめられるってもんだ」


 ドレッドはニヤリと口元を上げ、僕の顔を見上げてみせる。彼の目元は兜に隠れ、はっきりと表情は確認できない。



「くだらんな。新たな仲間を加えたようだが――。俺をはばめると思うなよ」


「いいえ、僕が絶対にしてみせます。リーランドさん」


 僕は迷いなく玉座の前へと進み、魔王にバルドリオンを突きつける。


「ほう? その剣は。――面白い。ならば、この〝ユグドシルト〟をって、貴様の攻撃をすべて弾き返してくれよう」


 そう言うと魔王は立ち上がり、玉座に立て掛けてあったとおぼしき〝盾〟を左腕に装着する。あの盾の紋章には見覚えがある。やはり〝傭兵〟世界のがいせんしきで見かけた盾が、勇者の装備の一つである〝神樹の盾・ユグドシルト〟だったようだ。


《あの盾はあらゆる攻撃を防ぐぞ! 勇者の奥義でもビクともしない!》


 魔王を見つめる僕の頭に、バルドリオンからの警告が響く。しかし大した問題ではない。最初から魔王に対しては〝勇者の技〟を使うつもりはないのだから。



「さて、派手に街を破壊してくれたようだが――。この神聖なる王城はけがさせん」


「それについては謝罪しますよ。でも、あなたをこのままには出来ません」


 僕はバルドリオンを構え、戦闘態勢に入る。ドレッドとカイゼルも武器を身構え、攻撃を繰り出す準備へと移行しているようだ。


 すると魔王がおもむろに両腕を広げ、凄まじいほうこうげはじめた。同時に空気が大きく振動し、僕の足元と視界がらぐ。どうやら魔王のからだから、大量のしょうが放出され、即席の〝異空間〟が形成されているようだ。


 そして次の瞬間――。魔王の肉体が見る間にぼうちょうし、ぎょうの姿へと変化する。かろうじてリーランドだと認識可能だった顔は動物的な形状へと変形し、完全に〝牡牛〟のものと化している。


 さらに魔王の首から下は硬質なうろこじょうの皮膚となり、肉や骨の砕ける音をともなって巨大化し続ける。背中には蝙蝠コウモリのような巨大な翼が生えており、その姿は古い神話に登場する〝悪魔〟のイメージをそうさせる。


《いきなり第二形態ってやつか! 気を抜くな! 一気に決めろ!》


 そんなことは言われずとも。すでに周囲は瘴気に支配され、暗い紫色をした戦場バトルフィールドが展開されている。――そして僕らの目の前で、魔王の変身が完了した。


             *


「へっ、準備は出来たってか? そんじゃ、そろそろ――おっぱじめようぜ!」


 ドレッドが自身の数倍以上はあろうかという魔王を見上げ、斧を手にしてかる。しかし魔王は直立状態のまま、巨大な盾でドレッドの全身を弾き飛ばした。


《ユグドシルトは使い手に合わせて変化する! だから誰の手にもピッタリだ!》


 頭に響く説明を聞き流し、僕もバルドリオンで魔王の足元を狙う。


「フン、無駄だ!」


 魔王は翼を広げて飛び上がり、よこぎの斬撃を難なくかわす。――直後、空中に浮かぶ魔王の周囲に、黒く巨大な六本の〝剣〟が出現した。


「滅びよ! 弱き者どもよ!」


 鋭い爪の伸びた右手をかざし、魔王が〝剣〟に指令を下す。すると〝剣〟はそれぞれが意思を持つかのように、僕らへ向けて攻撃を仕掛けてきた。



「オレたちがあれを引きつける。アインスは魔王だけを狙え!」


 カイゼルが風の魔法を放ち、巨大な剣の数本を旋風でからった。ドレッドもブーメランのように斧をとうてきし、浮遊する剣を打ち落としにかかる。


 僕は二人の援護を信じ、魔王への一騎打ちを挑むべく飛翔魔法フレイトを発動した。


わらわせる! 剣だけは立派だが、剣技は実に未熟極まりない!」


「ええ、あなたに比べれば。あなたは本当に強く、素晴らしい人でしたから」


 バルドリオンの刃を右手の爪で受け流しながら、魔王がちょうしょうの言葉を発する。どうやら魔王に一撃を与えるためには、もう一手〝なにか〟が必要らしい。



「フン、貴様などに何が解る? 俺は貴様など知らぬ!」


「僕の名前はアインスです。あなたが覚えていなくとも、僕は〝あなたたち〟を忘れはしません。リーランドさん、そしてヴァルナスさん――!」


 そう僕が言った瞬間、魔王の動きがわずかに停止する。


 その一瞬を狙い、僕は魔王の胸元へと飛翔する。――しかし僕の攻撃は、寸前の所でユグドシルトによって弾かれてしまった。


「アインス……、だと? なんだ……? 俺は貴様など知らぬ……。グッ……!」


 別の平行世界の記憶がぎっているかのように、魔王が苦しげに、右手で自身の頭を押さえる。やはり〝彼〟の中には、二人の記憶と意志がのこっている。



「いいぞ、アインス! 今だ、デケェのを叩き込め!」


 巨大な剣と斬り結びながら、ドレッドが頭上の僕に向かってさけぶ。しかし僕は苦しむ魔王を見つめたまま、バルドリオンを構えるだけに留めている。


「クッ、貴様は何なのだ? あの二人からは激しい怒りや悲しみ、そしてていかんの情を感じる。だが貴様の剣からは、何の感情も伝わらぬ……!」


「僕は世界を――。ただミストリアスを、守りたいだけです」


 ただの〝最下級クズ〟でしかなかった、弱き者だった僕を――世界を救おうなんて、大それたことを考えるまでに成長させてくれた。この素晴らしく、愛おしい世界を絶対に守りぬく。それだけが、僕が生き続けるための、たった一つだけの目標。


「僕はミストリアスを守ります。この世界のすべてを。空を、大地を、あらゆる人々と存在を――。そしてリーランドさん、ヴァルナスさん。あなたたち二人も!」


 そう宣言したたん、僕の右手のバルドリオンが強い光を発しはじめた。所々が欠け、にびいろだった剣身はまされ、いまや金と銀の輝きを放っている。


「お二人にも大切なものが、守りたいがあったはず! この眼で僕は見てきました。あなたがたの大切な存在を!」


 魔王が両手で頭を抱え、むしるようにもんぜつしはじめる。どの世界においてもヴァルナスはレクシィを、リーランドはガルマニアを深く愛していた。それは今回の世界でも決して変わらぬ信念、彼らのアイデンティティであるはずだ。



「ウグア――ッ、オオオォ――ッ! 俺はァ! 俺たちは――!」


 内に宿る〝なにか〟と格闘するように、魔王が全身をよじらせながら叫び声を上げる。もはや戦闘どころではないのだろう。気づけば六本の〝剣〟も地面へちており、ドレッドとカイゼルの二人がじっとこちらを見つめている。


《今だ、戦友ともよ! 光の剣を振り下ろせ!》


 僕の頭に二人分の〝声〟が響く。

 それはかつて共に戦った、懐かしい二人の声。


 僕はバルドリオンを真っ直ぐに構え、一気に魔王との距離を詰める。

 そしてぜんしんぜんれいを込め、魔王のからだを真っ二つに両断した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る