第61話 受け継がれし勇者の力

 魔王との決戦の前日。僕はミチアやククタと再会できたことで、これ以上もない英気を養うことができた。必ずや魔王を倒し、皆が平和に暮らせる未来を創る――。それが彼女らや世界の人々に対して出来る、たった一つの恩返しとなるだろう。


 そして夜が明け、ついに二十六日の朝。

 僕の〝アインス〟としての最後の日になるであろう、十七日目が訪れた。


 当初はねんしていた〝三十日制限タイムリミット〟ではあったが、意外なことに、十日以上の余裕を残すことができた。――とはいえ、死期の迫った現実のからだの状態を考えれば、早めに現実世界へ帰還するに越したことはないだろう。


 この決戦を無事に終えたあとにも、僕には成すべきことが残されている。すべてを終わらせるまでは、なんとしても生きなければならないのだ。


             *


 アルティリア連合軍の総司令官である、アルトリウス王子の演説のあと、僕らは〝さいとりで〟の東に広がる〝しょうもり〟へ向けて進軍する。敵も決戦を察知しているのか、道中の魔物による妨害は、これまで以上に激しさを増している。


「なるべく上空の敵を狙え! 決して勇者アインスよりも前方には出るな!」


 瘴気の森へと到着するなり、アルトリウス王子は各部隊に指示を出し、素早く布陣を展開させる。大量の瘴気と魔物が巣食う、このまわしき森さえ攻略してしまえば、目標である〝魔王城〟は、僕らの目と鼻の先となる。


「王子。あの森の中に、は居ませんよね?」


「ええ、間違いなく」


「まぁー、あん中に入って、無事でいられる奴なんざいねぇわな!」


 瘴気の森からは続々と、おびただしい数の魔物の群れが押し寄せてくる。ドレッドやカイゼルらは魔法や弓を使い、それらをどうにか押し留めている状態だ。



「それでは作戦通り、僕が前へ出ます」


 僕は仲間たちに宣言するや前進し、光の聖剣バルドリオンを空へ向かってかかげる。


《さあ平和の時間だ、はじめよう! 邪悪なる森に、勇者の奥義をブッ放せ!》


 バルドリオンの声に従い、僕は闘志をたかぶらせる。それに呼応するかのように、ちかけた剣身からは長大な〝光の刃〟が空へ向かって伸びてゆく。


平和的森林破壊ピースフルランバージャック――ッ!」


 僕は荒ぶるバルドリオンを構え、〝木こり〟が斧を振る要領で、〝瘴気の森〟全体をはらう。高出力のレーザーと化した刃は魔物もろとも森全体をくし、黒煙の混じった大量の瘴気が天空へ向かって立ち昇ってゆく。


 周囲からは魔物のだんまつの他、そこかしこで仲間たちからの悲鳴とも歓声ともつかぬ叫びが響き渡っている。――そして炎が森を焼き尽くしたあと、辺り一帯にはやきはたとなった大地と、かいじんの山だけが残された。



「うっ、はっはっは! こいつぁスゲぇ! 森が一瞬で消えちまいやがった!」


「ああ。……ふっ、想像以上だな。転世者エインシャントの力ってやつは」


 ドレッドたちは冷たい汗を流しながら、の混じった笑い声を上げる。


 このような超常的な力があれば、テラスアンティクタスも――僕らの現実世界も植物などに屈せず、空と地上を失わなかっただろうか。


 ――いや、おそらくは不可能だっただろう。あの〝現実〟を選び取ったのは、他ならぬ人類自身。植物をぎょする手段や機会など、いくらでもあったはずなのだ。



「すみません、エピファネスさん。シエル大森林を焼いてしまって……」


 僕は一歩引き下がっているエピファネスの前へ行き、彼の前で深々と頭を下げる。この森はエルフたちにとって、いつか帰るべき神聖な場所でもあったのだ。


「構わぬ。すでに森は瘴気にまれ、よこしまなると化していた。我らマナリザートとて、同じく森を焼いたであろう」


 エピファネスは僕の肩を軽く押し、黒い瞳を細めてみせる。


「必ずや我らは森を再生する。まずは魔王を討ち滅ぼし、聖地を奪還しようぞ」


「ええ、アルティリアも協力します。――よし、全軍進め! 速やかに進軍し、首都の内部へ突入する! 確認と報告をおこたるな! 各国の部隊も動いているはずだ!」


 アルトリウス王子の号令で、僕らは気合いを入れなおす。そして残存する飛行部隊を撃破しながら、一直線にガルマニアの首都へと駆け抜けた。



             *



 首都を囲う外壁へと辿たどいた連合軍は、手早くじょうついを組み上げ、外門の撃破に移る。同時に〝陣〟の設営にも取り掛かり、長期戦への備えも欠かさない。


「報告! 魔導国家ディクサイスはガルマニア領内への進軍に成功し、すでにどうへいらによる部隊が展開されているそうです!」


魔法王国リーゼルタ、東の海上に配置完了とのこと! 現在のところ敵影なし!」


「ドラムダおよびネーデルタール残党軍も北上し、交戦開始との通達あり!」


 外壁を飛び越えて現れる魔物を弓で狙いながら、アルトリウス王子が兵からの伝令に耳を傾ける。かつて〝ようへい〟の世界で共に戦った際には少々頼りなさも感じていたのだが、ここでは歴戦の指揮官としての姿が、完全に板についている。



「外門、撃破完了! 内部に敵影を多数確認!」


「支援部隊は待機せよ! 突撃部隊を先頭に、事前の作戦に従って突入する!」


 ついに決戦の地への門が開いた。これまでの世界で幾度となく登場した〝ガルマニア〟の街を訪れる最初の機会が、このような形となるのは不本意なところではあるが。僕は仲間たちの先陣を切り、崩れた外壁の中へと突入する。


             *


 首都ガルマニアは、すでに魔物のそうくつと化していた。空は不気味な紫色に染まり、人類の姿はなく――獲物を求める魔物の群れが、我が物顔でばっしている。


 先んじて街に踏み入った僕は再びバルドリオンを構え、勇者の技を解き放つ。剣からほとばしった光が天を貫き、広範囲に渡ってじゅうたんばくげきのように降り注ぐ。


「……視界内の群れは片づきました。今なら大丈夫です!」


「わかりました。――よし、勇者に続け! 前衛部隊は街の内部を掃討しつつ進軍し、南北へと展開! 各軍との連携を計れ!」


「へっへっ。んじゃあ俺らは、懐かしい旧友ダチの顔を拝みに行こうじゃねぇか!」


 ドレッドは斧で魔物の群れを薙ぎ倒しながら、前方にそびえる〝魔王城〟へ向けて進撃する。下手に友軍を巻き込まないためにも、ここからは勇者の技ではなく、自らの力のみで道をひらく必要がある。



「ふっ、一発くらいならば殴ってやっても構わんが――。くれぐれも最後の一撃は、アインスに任せろよ?」


 風の魔法と二刀の湾曲刀ショーテルによる連撃を繰り出しながら、カイゼルが僕の姿をいちべつする。魔王を倒した者が、次の魔王になってしまう。これが言葉通りの意味であるのかは不明だが、いずれにしても〝聖剣〟を持つ、僕がやらなければならない。


うむ、魔王の力を〝らくいん〟として封印する。それを成さねば、いずれ世界に新たなる災厄が訪れるであろう」


 エピファネスは炎の魔法を〝蛇〟のように操り、次々と魔物のからだを業火で締め上げてゆく。彼の魔法は僕の使うものと、少し毛色が違っているようだ。


「がっはっは! わぁーってるって! よし、ご対面といこうぜ。――王子、軍の指揮を頼む! エピファネスも、帰ったら一杯やろうや!」


は酒はたしなまぬ。け、なんじらに武運を」


「三人とも、どうか無事で! 戦況が好転次第、私たちも向かいます!」


 全軍を指揮するため、アルトリウス王子は〝魔王城〟の外へと残る。すでに魔物の数は目に見えて減少し、エピファネスもついているので身の危険は無いだろう。



 僕とドレッド、カイゼルの三人は、魔王リーランドが待つ城内へと突入すべく、まがまがしげな魔法陣の刻まれた城門の前へと進む。――すると僕らを迎え入れるつもりなのか、意外にも巨大な城門は目の前で、大きな摩擦音と共に開いてゆく。


「おう、歓迎してくれてるようだなぁ? そんじゃ、えんりょなく邪魔するぜ!」


 ドレッドは愛用の斧を肩に担ぎ、ようようと城内へ足を踏み入れる。僕とカイゼルも武器を握りしめ、しんちょうに内部へと侵入した。


             *


 魔物たちを統べる王、いわゆる〝ラスボス〟である魔王の住まう城であるはずなのだが、意外にも魔物の姿はなく、城内の様子もれいに整えられている。


「へっ、腐ってもリーランドってことか?」


「だろうな。奴はガルマニアという国を、深く愛していたからな」


 黒と紫を基調としたそうごんなる城内を進みながら、ドレッドとカイゼルは懐かしげに戦友との思い出を語る。それでも彼らのものを握る手には強い力が込められており、一切の警戒は欠いていない。



 城内の探索は後続の部隊に任せ、僕らはドレッドの案内に従って、真っ直ぐに〝王の間〟を目指す。彼いわく、そこは騎士団の小隊が整列できるほどの広大さがあり、最終決戦の場としても申し分ないとのこと。


「あいつのことだ、間違いなくに居るだろうさ」


 僕の前方で、ドレッドの角付き兜ホーンドヘルムが静かに上下に揺れ動く。先頭を往く彼の表情は、現在の位置からはうかがることもできない。


             *


 その後は黙して入り組んだ城内を進み、ついに僕らは目指す場所である〝王の間〟へと辿り着いた。目の前には三メートルはあろうかという大扉があり、その内側からは、強烈なほどに強い威圧感プレッシャーが伝わってくる。


「着いたぜ。やっぱ、ここで間違いねぇみてぇだ。二人とも準備は良いか?」


「ああ、問題ない」


「はい。行きましょう」


 ここまでの長い期間、僕らは準備に準備を重ね、綿密に作戦を練り上げている。もはや語ることもなく、ドレッドからの問いに、僕とカイゼルは短い返答をする。


 僕はドレッドにうながされ、大扉の取っ手を力強くつかむ。この両手にあらゆる感情を込め、僕は重厚な装飾のほどこされた、最後の扉を押し開けた。

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