第68話 退屈と焦燥の先に見た希望の光

 魔法王国リーゼルタに存在する〝はじまりの遺跡〟を探すため、僕はハーフエルフ族の少女〝サンディ〟のアバターもちい〝リーゼルタ王立魔法学校〟の生徒となった。


 しかし、リーゼルタへの潜入に成功したまでは良かったのだが――。


 魔法学校の管理体制は相当に厳しく、自由に街へ出ることが出来ない。おまけに僕の大失敗も相まって、ぜんなんな幕開けとなってしまった。


             *


 そして学校生活二日目の朝。僕は定められた時刻に起床し、本日の学習へ向かう準備をする。こうしていると本当に、ここが〝どちらの世界〟なのかわからなくなってしまう。もちろん現実むこうとは違い、命の危険がないだけではあるのだが。



 僕は寝巻きから制服へと着替える前に、もう一度シャワーを浴びることにした。長い髪に慣れていないこともあり、酷い寝癖がついてしまったのだ。


「朝はあったかいのにしよっと。まずはしんちょうに魔力を流し込んで……」


 せまい直方体状のシャワールームには、〝水のせいれいせき〟と〝炎の精霊石〟が設置されており、これを起動させることによって、天井から降り注ぐ水温を調整する。


 こうした浴室は街の宿にも存在し、通常は〝どう〟などの内部機構として隠されているのだが、この魔法学校では魔道具の仕組みを学ぶ一環として、しの状態となっているようだ。つまりは日常生活も、教育課程カリキュラムとして組み込まれている。



 からだが温まったところで〝風の精霊石〟で全身の水分を吹き飛ばし、僕は浴室から上がる。そして慣れない下着を身に着けるのだが、やはり鏡に自身の姿が映るたび、どうにも赤面してしまう。


「ふぅー。さっぱりしたぁ。……さてと、急がなきゃ」


 僕は〝制服〟に着替えて髪を整え、はやばやたくを終える。鏡台には最低限の化粧品も用意されてはいたものの、少なくとも今の僕には必要がないだろう。


             *


 始業時間に遅れぬよう、僕は定められた教室へと足早に向かう。いつもの〝ポーチ〟や〝財布〟の代わりなのか、制服のポケットには小型の魔導盤タブレットが入っており、これを使って学校や教師からの連絡を確認するという仕組みらしい。


って、確かリセリアさんが使ってたっけ」


 黒い石版に薄い魔水晶クリスタルを重ね合わせた画面には、本日のスケジュールが事細かに記載されている。現実世界にも似たような端末装置を携帯する義務があるのだが、に比べると重量もあり、構造や表示内容レイアウトもシンプルだ。


「うぇぇ……。このシステムは、ちょっとだなぁ……」


 僕は魔導盤タブレットから目をそむけるように、をポケットへとう。そして指定された道順で目的の教室へ辿たどき、本日の〝通常授業〟を受けることにした。


             *


 教室の内部は円形の構造となっており、授業を行なう教師を中心として、生徒用の長机が階段状に配置されている。それぞれの机には三人から五人が着席できるほどの長さがあり、これらが規則正しく敷き詰められた様子は樹木のねんりんを思わせる。


 中央の天井付近には、光沢のある巨大な水晶玉が吊り下げられており、ここに教師の描いた図画や文字などが、全周囲に投影されるという仕様らしい。


「わぁ。ちょっとすごいかも」


 生徒らの長机の上には大型の魔導盤タブレットが載っており、から放たれる光によって、半透明状の座席番号が空中に投射されている。僕は円の外周を周りながら、自身に割り当てられた〝十三番〟の座席を探す。



 すでに教室内では多くの生徒たちが席に着き、近くの友人らと談笑を交わしている。しっかりと数えたわけではないが、少なくとも五十人以上は居るだろう。


「見つけた。――あっ、ごめんなさい。ちょっと通りますね」


 生徒らの間をくぐり、僕は〝十三番〟の席に着く。


 周囲の生徒たちも僕と同じく、真っ黒な魔法衣ローブを身に着けているのだが、彼女らは一様に髪型や化粧、小物などに工夫をらし、自分自身を着飾っている。


「うーん……。でも、わたしはいいや」


 僕は学生としての生活をおうするために来たのではない。世界を救う最後の鍵となる〝はじまりの遺跡〟を、一刻も早く探さなければ。そのためには真面目に学業にはげみ、どうにか卒業を早めてもらわなければならないのだ。


             *


 しばらく待機していると――。教卓のある中央部分が床下へ向かって下降を始め、やがて眼鏡と白衣を着けた若い男性教師を乗せて、元の位置へと戻ってきた。


 生徒は〝女子〟のみであるものの、教師に関してはその限りではないらしい。人気のある人物なのか、彼の姿を見た生徒たちからは、小さな歓声が上がっている。


「ふむ、ふむ。どうやらそろっているようですね」


 教師は紫色の前髪を左手で払い、な仕草で教卓上の魔導盤タブレットに触れる。


 その瞬間、教室内に軽快な音楽が流れだし、巨大な水晶玉から紫の光が放射状に拡散されはじめた。続いて教師の名前と思われる神聖文字アルファベットが光によって描写され、装飾まみれのイラストパネルと共に、教室じゅうに浮かび上がる。


「それでは、わがはいの授業の開始です! 諸君、光栄に思いたまえ――!」


 そう彼が言ったたん、笑顔の生徒たちがいっせいに大きな拍手を始める。


 僕は〝学校〟という施設を、脳電組織エンセフェロンにインストールされた記録情報以外では知らないのだが――。この世界の学校は、が一般的なのだろうか。


             *


 魔法学校というだけのことはあり、その授業内容も〝魔法〟に関するものが大半のようだ。登場時こそ不安ではあったものの、この教師の授業も、それほど奇をてらったものではない。も生徒らの集中力を高めるための、一種の戦略なのだろう。


「さあ、さあ。簡単に理解できましたね? 魔力素マナ、魔力、呪文、魔法。そして魔術。――これらの違いを、しっかりと覚えておくように」


 すでに僕は、このような知識は充分なほどに熟知している。


 魔力素マナとはこの世界ミストリアスの大気中や人類のからだに存在する元素であり、呪文という暗号コードを用い、〝魔法〟として様々な状態変化を発現させることが可能となる物質だ。


 そして〝魔力〟は魔力素マナとの親和性を示す言葉であり、人類種の間で初期適正に差こそあるものの、筋力と同様に鍛え上げることも可能――。


 つまらない授業内容に、僕の口からは欠伸あくびれる。



「おや、おや。退屈そうですね? そこの十三番。魔法と魔術の違いはに?」


 欠伸をした瞬間を見られてしまったのか、教師が手にしたステッキで真っ直ぐに僕をさしている。僕は思わず立ち上がり、彼の質問に対しての返答を試みる。


「へぇっ!? はい、えっと……。魔法は呪文を唱え、魔力素マナと魔力の条件を満たせば誰にでも扱える技能です。対して〝魔術〟は〝魔法を用いた武術〟であり、魔法の仕組みに関する理解と、実戦での訓練を重ねた者でなければ扱えない。――です」


 以前に〝勇者〟の世界でエピファネスが使っていた、炎の蛇を操る魔法。おそらくは、あれも〝魔術〟の一種だったのだろう。


「ヴィ・アーン。じつに結構。しっかりと理解しているようですね」


 教師はステッキを器用に高速回転させながら、満足そうにうなずいてみせる。僕は胸をろし、脱力と共に席へ着いた。



 その後も退屈な授業は続き、現在の呪文の成り立ちや、魔法の体系化への取り組みといった内容が続けられる。再び教師に目を付けられぬよう、僕はじょう魔導盤タブレットへと視線を落とし、熱心に考えるふりをしつつ、時おり目をじることにした。


             *


 どれくらいの時間がったのだろう。

 僕は再び鳴り響いた、盛大な拍手で目を覚ます。


 あわてて視線を教卓へ向けてみると――。すでに授業は終わったのか、教師がステッキを右手にかかげながら、ゆっくりと床下へとゆくところだった。


「ボルモート先生、今日も素敵だったよね!」


 周囲の生徒たちからは、さきほどの教師に対する様々な賛辞が聞こえてくる。これが女生徒というの特性なのか、それとも彼女らの個性なのか。少なくとも僕やサンディのアイデンティティには、彼女らに対する共感の念は無いようだ。



「次は〝特別授業〟なんだっけ。また歩かなきゃだ」


 続いてポケットから携帯型の魔導盤タブレットを取り出し、特別授業が行なわれる教室の場所を参照する。机上の魔導盤タブレットけのものであり、さきほどの授業内容と何かの〝点数〟が、この携帯端末へ記録として送信されていた。


 僕は次の目的地を記憶に刻み、談笑を続ける生徒の合間をって席から離れる。彼女らは極めて真面目な生徒であることから、特別授業ペナルティを受ける必要も無いのだろう。



             *



 高低差のある直線と曲線が複雑に入り交じったかのような、魔法学校のろうを進む。この学校もリーゼルタの王城と同様に黒を基調とした内装が特徴的であり、自律可動するほうきなどのどうたちが、清掃のためにせわしなく動き回っている。


 閉鎖空間に閉じ込められているせいもあり、どうにもミストリアスに居るという感覚が乏しい。特に、さきほどの教室にった仕掛けや魔導盤タブレットといった代物は、単純な〝魔法〟のみで構成されているとは思えないのだ。


「上手く言えないけど、なんか魔法王国ここだけ文明のレベルが違ってるような……」


 こちらを目で追う絵画の人物に軽く会釈を行ないながら、どうたちのうごめく廊下を進み続け――。ようやく僕は目的地である、〝特別教室〟へと辿たどいた。


             *


 木製の扉は所々がっており、くもったガラスのまれた、大きな窓が付いている。僕は中をのぞくこともなく、そそくさと教室内へと入る。


 この教室は長方形をしているようで、さきほどの円形教室とは違い、僕の持つ〝学校〟のイメージに近い様式となっていた。室内は清掃こそ行なわれているものの、どうにも部屋全体からは、古臭さと土臭さがただよっている。



 広々とした教室には個人用の学校机が二台しか設置されておらず、その片側には、すでに別の生徒が着席を済ませていた。しかし、そちらへ目をったたん、僕の視線は〝その生徒〟にくぎけとなってしまう。


「えっ……? あれって、まさか……!?」


 木製の椅子に腰かけた、ピンクの髪を頭の左右でった少女。


 ドワーフ族である彼女は小さなサイズの魔法衣ローブを着てはいるものの、なぜか制服の上に使用人メイドの衣装のような、白いエプロンと髪飾りを着けている。服装こそ違えども、僕は彼女の雰囲気には〝覚え〟があった。


 少女は僕の声に気づいたのか、ゆっくりとを振り返る。そして彼女は大きく右手を挙げ、気さくに声をかけてきた。


「おっすー! ここに人が来るなんて珍しいね! きみも、ナニかの?」

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