第65話 世界の姿

 異世界ミストリアスへの五度目の侵入ダイブ

 僕は新たなアバター〝アルフレド〟を作成し、自由都市ランベルトスに降り立った。


 で相も変わらぬ悲劇にそうぐうしてしまった僕は――まちから空へとち、はるか上空に存在する〝大いなる闇〟の付近まで上昇を続けていた。



 青一色だった視界は次第に白く、そして黒へと移りゆく。ここは〝世界〟と〝大いなる闇〟との境界。さしずめ〝せいそうけん〟とでも言ったところか。


 僕は飛翔魔法フレイトでの上昇をめ、周囲に広がる〝闇〟を見渡す。


 広大な闇には無数の小さな星々が浮かび、それぞれが力強い光を放っている。おそらくは、あの一つ一つが〝神々によって創られた世界〟なのだろう。



 それらの光をながめていると、その内の一つが〝闇〟につぶされるかのように、だいに小さく圧縮されはじめた。そして次の瞬間――自らの存在と生き様を示すがごとく――光の破片が周囲一帯へと砕け散り、闇の中で大きくはじけた。


 あれが〝世界の終わり〟の姿か。暗黒の空間を改めて注意深く観察してみると、あちらこちらで同じ現象が発生し、世界が〝終了〟され続けている。


「あの中には……。たくさんの人や街や、歴史なんかがるってのによ……」


 僕は大きくかぶりを振り、足元の光へ目を向ける。眼下に浮かぶミストリアスはほのかに青い輝きを放っており、じっと闇の中で静止している。世界のな曲面を見るに、この世界ミストリアスも現実世界の〝地球〟と同じく、巨大な球状をしているようだ。


 二つの世界に相違点があるとすれば、ミストリアスの人類は地上で暮らしていることに対し、地球の人間たちは植物というきょうから逃れ、地中に隠れ住んでいる。


 また、直接〝大いなる闇〟に浮かぶミストリアスとは異なり、地球を中心とした〝あの世界〟には、〝宇宙〟という独自の空間が存在していることも挙げられる。



 真世界・テラスアンティクタス。それが〝偉大なる古き神々〟ことかいそうせいかんざいだんによって名付けられた、僕の〝現実世界〟の名。以前に出会った僕の親友・ミルポルの話では、〝真世界〟とは独自の宇宙を有する、特別な世界を指すらしい。


 対して、に存在する星々せかいやミストリアスのように、〝大いなる闇〟に直接浮かんでいる世界ものは〝植民世界〟と呼ばれているようだ。


 あくまでも推察するしかないが、これらの植民世界は〝財団〟にとって有用となる、何らかの目的を実現するために生み出されたものなのだろう。たとえば資源のたぐいの供給源か、それとも何かの実験場か。――あるいは、単なる道楽か。


 だが、世界を生み出せるほどの絶対的な存在でも成し得ないほどの、〝なにか〟がミストリアスにるとは思えない。そして、そうであるからこそ、ミストリアスにも〝終了〟が告げられてしまったのだろう。



「ウッ……。これ以上はマズイな」


 魔力素マナの存在しない空間に滞在し続けていたせいか、精神的な疲労がじょじょに限界へと近づいてくる。こんな所で意識を失ってしまっては、間違いなく命は無い。


 僕は飛翔魔法フレイトを制御し、眼下に広がる美しき大地へと降下した。



             *



 青空のもとへと舞い降りた僕は飛翔魔法フレイトを解除し、自由落下に身を任せる。全身に打ち付ける凄まじい風圧を切り裂くかのように、僕は真っ逆さまに降下し続ける。


「ふぅ、少しは回復したぜ。飛翔魔法フレイト――ッ!」


 大気中の魔力素マナからだに取り込み、僕は再び風の結界を身にまとう。


 現在も真下には、砂煙に覆われたランベルトスの様子が広がっている。僕は空中で体勢を整え、遠くに見える海とは反対側の、東へ向けての飛行をはじめた。



 前回の〝勇者〟の世界では〝しょうもり〟と呼ばれていた場所も、今回の世界では異常を起こしてはいないらしい。僕はこうこうを維持したまま、青々とした森を飛び越え、続いて現れた〝ガルマニア〟の街も素通りする。


 ガルマニアにも寄ってみたい気持ちはあるが――。現在の僕には、観光を楽しんでいる時間は無い。それに、この〝アルフレド〟のアバターでいると、どうにも僕の心はたかぶってしまい、無意識に〝闘争〟を求めてしまう。


 さきほど上空まで飛び出してしまったのも、熱くなりすぎた頭を冷やすという名目もあったのだ。しかし、さすがに世界の〝外〟まで出て行けるとは思わなかった。


 魔力素マナの無い空間ということもあり、飛翔魔法フレイトで〝大いなる闇〟を突き進むには限界があるのは明白だが――。たとえば、かつて現実世界に存在したとされる〝宇宙船〟のようなものを用いれば、世界間の移動が可能となったりもするのだろうか。


             *


「おっ、景色が変わったな。……ここがネーデルタールか?」


 思考をめぐらせながら飛行を続けていると、いつしか僕の視界は、ゆるやかな高地に多くの風車が乱立する、ぼってきな風景へと移り変わっていた。


 視界のはるか前方には、城壁の中から多くのせんとうが突き出したかのような大きな街の姿があり、やや左手方向の地平線の先は、うっすらと桃色を帯びて見える。



 僕は飛翔魔法フレイトの高度を下げ、注意深く〝はじまりの遺跡〟らしき建造物を探す。アルティリアのと同様の形状をしているのかは定かではないが、仮にも〝遺跡〟と呼ばれるからには、それ相応の場所にるのだろう。


 ネーデルタールの街で情報を得るという手段もあるのだが、どうにも僕の〝勘〟が「今は立ち寄るべきでない」と告げていた――。



 僕は視界に入れないように努めていた、後方・やや左手側へとからだの向きを変える。この長閑のどかな景色にはつりいの、地面に出来た真新しいクレーター。さらに草原の所々にはあとがあり、けむった空気が上空にまでただよっている。


 ガルマニアとの国境に近い森の方へと視線を移せば、シカやクマなどの動物たちが〝なにか〟から逃れるように、せまる勢いで逃げ出る様子が確認できた。


 少なくともシカにとってはクマよりも恐ろしく、クマにとっては自身よりも強大な何者かが〝そこ〟に居るということになる。さきほどよりも飛行高度を下げたことで、それらの動物たちのげる声が、僕の耳にも飛び込んでくる。



 そして、その直後――。動物ではないの悲鳴が、はっきりと森の中から響いてきた。誰のものかはわからないが、が少女のものであることは間違いない。


「助けるしか、ねェよなァ――!」


 僕の思考よりも早く、アバターであるアルフレドが口を開く。『からだが勝手に動いた』とは、よく言うが――すでに僕は全速力で、森の中への突入を終えている。


「なんだッ!? コイツラは……!」


 森にひそんでいた――。

 それは全身に金属を纏ったかのような、人型をした〝なにか〟の集団だった。


 全体的な容姿フォルムしん殿でんに似てなくもないが、金属的な光沢のある全身は〝闇〟を思わせるかのように黒く塗られている。さらには頭やなどからは脈動する太いチューブが伸び、自身らの背負うバックパック型の装置へと接続されている。


 は巨大なせんや大型剣といったものを手に、自らの進路をはばむ樹々をたおしながら、文字通りぐに行進を続けている。



 彼らは〝機械〟なのだろうか。あれが仮になのだとしても、明らかに人体に対して何らかの科学的な処置がほどこされているように見受けられる。


 一つ思い当たることがあるとすれば、北の魔導国家ディクサイスが有するという〝どうへい〟らの部隊か。実物を見たことはないものの、くにの使者の姿は以前に目にしたことがあった。――彼らのかぶとかられ出る〝赤い光〟が、その結論へと僕を導いてゆく。


 ディクサイスとは前回の〝勇者〟の世界において、共に戦った仲間ではあるのだが。これらの魔導兵の行動からは、明確な攻撃性と敵意を感じる。それに平行世界が変われば世界情勢も容易に変化することは、これまでの侵入ダイブの経験からも明らかだ。



「チッ……。いまは、とにかく助けにいかねェと」


 この森に踏み込んだ目的は、あくまでも〝悲鳴のぬし〟を救助するためだ。僕は魔導兵らに見つからぬよう距離を取り、生い茂る樹々のすきしんちょうに飛行した。

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