Aルート:赤髪の青年の冒険

第64話 熱き正義の執行者

 四度目の侵入ダイブにて訪れた世界。

 そこで、僕は勇者となり、魔王を打ち倒すことに成功した。


 しかし、世界を――。

 ミストリアスを本当の意味で救うため、まだ僕には成すべきことが残っている。



 侵入ダイブからの帰還が早かったためか、僕は定められた起床時間の前に目覚め、どうにか無事に掘削義務を終えることができた。しかしながら相も変わらず頭痛はひどく、視界のはしばしにはすなあらしのような、黒いノイズが浮かぶ。


「それでも行かないと。残る二つの〝はじまりの遺跡〟を見つけるんだ」


 僕は激痛に耐えながら、頭部に接続器を差し込み、異世界ミストリアスへの侵入ダイブを開始する。まだ〝全接続〟は使えない。――もう少しだけ、生きなければ。


             *


「ようこそ。ミストリアンクエストの世界へ」


 いつもの白い空間で交わす、ミストリアとの接続手順。念のために確認してはみたものの、やはり〝アインス〟のアバターは、永久に使用不可能となっていた。


「まずは貴方あなたの情報を登録します。八文字以内で名前を決めてください」


「それじゃあ……。二番目ってことで〝アルフレド〟にしようかな」


 この違和感のある『八文字以内』という言葉。おそらく〝うつろのかぎ〟を使うべきタイミングはだ。しかし、鍵の正体には察しがついているものの――。いまだ確信を持ててはおらず、で何が起きるのかに関しては、見当すらもついていない。



「――登録が完了しました。親愛なる旅人・アルフレド。それでは、よい旅を」


 しばしの沈黙のあと、ミストリアが再び声を発する。


 無事に手続きを終えた僕は〝新たなアバター〟を思い浮かべながら、白い空間内を進む。強く気高い〝彼〟のような、真っ赤な髪ときょうじんな肉体をした大人の男。


「まずはネーデルタールの〝遺跡〟を探そう。――近いと嬉しいんだけど」


 思考にかすかな願望を織り交ぜつつ、僕は白い闇の中を進み続ける。そして視界が一気に開けた時、僕の前には、見覚えのある街並みが広がっていた。



             *



 五度目の侵入ダイブで僕が降り立った場所。

 そこは土色のれんと色鮮やかな布で構成された、すなけむりの舞う街だった。


「ここは……。自由都市ランベルトスか」


 僕の口から言葉がれる。今回の僕はアインスの時とは比べ、低く渋めな声をしているようだ。自身の筋肉質な手と腕や、現在の視点の高さから察するに、僕は思い描いた通りの、くっきょうな男になれたらしい。


 ポーチの中を確認するが、やはり〝いつもの薬〟と〝寝巻き〟が入っているだけだった。僕は財布の中へと手を突っ込み、中からの銀貨を取り出す。


「なるほど。悪くはないな」


 なめらかな鏡面に映る顔をながめながら、僕は自身の前髪を整える。頭頂部から後方へかけて逆立った真っ赤な髪と、少し攻撃的とも思える目つき。顔にはわずかなしわが刻まれていることから、年齢は実際の僕と同等か、少し〝上〟といったところか。


「よし! それでは、さっそく東へ向かうとするか!」


 自身の勇ましい姿を確認したせいか、口調も自然と〝戦友たち〟のものに近づいてしまう。事実、からだには力がみなぎっており、全身がいくさを求めているのがわかる。



「おおっと! ってぇなぁ。……へっへっ、ありがたくいただくぜぇ?」


 何かがぶつかった衝撃と共に、僕の手から銀貨がもぎ取られる。僕が略奪者の方へと目をると、そこにはニヤついた笑みを浮かべた、小柄な中年男が立っていた。


「こんな道のド真ん中で、カネを見せびらかしてやがる馬鹿がわりぃんだ。まぁ、これは授業料ってとこだ! ぎゃはは、悪く思うなよぉ?」


「ほう? そうかい――ッ!」


 そう言い返すやいなや――。気づけば僕の左の拳が、男の顔面を正確にとらえていた。男は「ぐべっ!」という声と共にしりもちをつき、彼の手にあった銀貨が宙を舞う。


「ならば、これは俺からの教えだ。強盗を働けば痛い目にう! 覚えておけ!」


 僕は奪われた銀貨を空中でキャッチし、それを財布の中へとう。


 確かに僕は、すべての人類を――。悪人も含めた、すべての人々を救うと誓った。しかし、だからといって〝悪事〟までをも野放しにするつもりはない。


 それにしても。少々〝やりすぎた〟とは思うのだが。


 とはいえ、ずっと自由都市ランベルトスに留まっていても仕方がない。今回の目標は一つ。東のネーデルタールへと向かい、二つめの〝はじまりの遺跡〟を発見することのみだ。



 僕は街から脱出すべく、バザーの並ぶ大通りを北へと進む。すでに口の中には、嫌な〝砂の味〟が広がっている。思えばこの街ランベルトスには、あまり良い思い出はない。


 そんなことを考えながら歩いていると――。

 とつじょとして僕の耳に、幼い少女の悲鳴が飛び込んできた。


             *


 悲鳴を耳にした瞬間。

 僕のからだは反射的に、大通りを猛然と駆け抜けていた。


 これで何度目だろうか。あの悲痛な声は、決して忘れることはない。

 ――間違いなく、ミチアのものだ。


 人々の間を強引にくぐけ、僕は悲鳴の聞こえた広場へと辿たどく。いつもと同じ、いつもの場所。そして、いつもの〝あの男〟の姿があった。



「ガース! この野郎ォ――ッ!」


 現場を取り囲んでいる野次馬たちを押しのけて、僕はミチアに手を伸ばそうとしている、ガースに向かって突撃する。そして蹴り上げた一撃で素早く左手の剣を弾き落とし、奴の顔面に拳を叩き込んだ。


「グボァ……! クソッ、なんだテメェは!? よくも俺の楽しみを……」


平和的解決ピースフルフィスト――ッ!」


 奴の凶行を目にした僕は、本能的に勇者の技を発動させる。

 正義の光をまとった聖なる拳が、ガースの巨体を後方へと吹き飛ばす。


「ミチア! 大丈夫かッ!?」


 ガースには目をくれず、僕は地面にうずくまっているミチアのもとへと急ぐ。服や顔に多少の汚れはあるものの、幸いにもや着衣の乱れはないようだ。



「よかった、無事みたいだな! 誰かと一緒にここに来たのか?」


「うっ……? ううっ……」


 ミチアはおびえきった表情で、視線だけを僕へと向ける。するとミチアの名を呼ぶ大声と共に、血相を変えたソアラが、こちらへ走ってくる様子が確認できた。


 あとはソアラに任せておこう。

 今回の〝僕〟では、おそらくミチアと打ち解けることは不可能だろう。


 僕はミチアの緑色の髪を軽くで、今度はガースの状態を確認に向かう。



「うぶぇ……。すぺぺっ……。うぺぺぺぺっ……」


 ガースは大の字に倒れたまま失禁し、なにやら奇妙な声をげ続けている。どうやら命に別状はなく、かろうじて意識もあるようだ。


「おいッ! ずっとで見てねェで、誰かしん殿でんを呼んでくれ! あの連中なら、コイツのしょぎょうや余罪も確かめられるはずだッ!」


 白目をいたガースを指さしながら、僕は群集らに対してさけぶ。


「いいかッ! この場につどいし、自覚なきぼうかんしゃどもよ! この街での――いや、この世界での悪事はッ! このアルフレドが絶対に許さん――ッ!」


 いずれの世界においても、ミチアはガースによって悪事の犠牲となっていた。そして、いつも凶行の現場には――何をするでもなくながめるだけの、野次馬たちが群れていたのだ。この〝悪意なき悪事〟を正さなければ、悲劇が消えることはないだろう。



「わっ、わかった! おい、道を開けてくれ!」


 僕のたましいからの叫びを受け、群集の一人が街の中央へと走り去ってゆく。


 ミチアのそばでは、駆けつけたソアラが彼女のからだを抱きしめていた。命こそ救えたものの、傷ついていたミチアの心に、さらに大きな傷が刻み込まれてしまった。


 僕は再び周囲の人々をへいげいし、静かに飛翔魔法フレイトの呪文を唱える。そして砂煙を舞い上げながら上空へ飛び、自由都市ランベルトスをあとにした。

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