第59話 聖なる剣を携えて

 魔王を倒す切り札となる〝光の聖剣バルドリオン〟を求め、ようやく辿たどいた〝原初の地〟ダム・ア・ブイ。辺り一帯を巨大な水晶クリスタルに囲まれた、荒々しくも幻想的なこの島で、ついに僕は目的の剣と対面した。


《さあ、俺を引き抜くんだ! さっそく魔王を倒しにいくぞ!》


 僕の頭の中に響く、若い青年の声。口ぶりから察するに、目の前の〝剣〟から発せられているのだろうけど――。


ここのことなら心配ない! 魔王を倒したあとでくれれば大丈夫だぞ! あと、俺は永遠の十七歳だ! 良い子のみんなと一緒だな!》


 深く考えていても仕方がないか。僕は目の前のつかに手を伸ばし、水晶クリスタルに突き立ったバルドリオンを思いきり引き抜いた。その瞬間、周囲をまばゆい光が包み込み、僕は思わず両目をじる。


 そして光が治まった時――。僕の手には、やや大振りの長剣ロングソードにぎられていた。光や太陽を模したと思われる、鋭角的な装飾の施されたつばの部分はこんじきに輝いており、素人目に見てもこれが〝特別な武器〟であることがわかる。


 しかしかんじんの刃の部分は所々が欠けており、くすんだにびいろをしていることも相まって、少なくない不安感を覚える。


《大丈夫だ! 俺の力と最強の勇者の奥義があれば、今のままでも無双できる! これから少しずつ君の頭に、勇者の技をインストールしてやろう!》


 あの〝薄汚れた薄い本〟に登場する〝勇者〟は、とんでもない力で魔物を街や人々ごと焼き払っていた。最後の決戦を終えた後にはすべてが元通りに復活したようだけど、いくらなんでもあれほどまでの力は――。


 ん? 待てよ?

 最後に〝すべてが元通りに復活〟した?


 この口ぶりからは想像もできないが、このバルドリオンが〝勇者の半身〟であるのなら、残りの〝半身〟は現在のミストリアということになる。


《どうやら気づいたようだな! しかし勇者の最終奥義、世界平和ピースフルワールドは今の君には使えない! そして、それを完全にマスターするには、半身あいつの協力が必要だ!》


 やはり世界の消滅をめられないのならば、〝復活〟させてしまえということか。ようやく僕のすいろんと、ミストリアの真の狙いが一致した。とはいえ、完全に消え去ったものを、元通りに復活させられるものなのか。


 ――いや、たとえ不可能であってもやるしかない。僕はこの世界ミストリアスを救う。わずかでも希望があるのならば、どんな手段を使っても。


 僕はバルドリオンを強く握り、何度目かの決意を新たにする。この世界の存続を願う人々がいる。絶対にあきらめるわけにはいかない。



《うむ! それでこそ真の勇者! 君の決意が伝わってくるぞ! さあ、あまり時間が無いんだろう? 決戦の地におもむこう!》


 もちろん僕もそうしたいのだが、ここへ来た際に使ったゲートあとかたもなく消え去ってしまった。残る手段は飛翔魔法フレイトくらいなものなのだが。


《簡単だ! 行きたい場所を思い浮かべながら、俺を思い切り振り下ろせ!》


 僕の思考を読み取って、バルドリオンが解決法を伝えてくる。


 今は彼に頼るしかない。行きたい場所という文言に、僕の心はらぎをみせるが――。僕は戦友なかまらの待つ〝さいとりで〟を思い浮かべ、思いきり剣を振り下ろす。


 その瞬間、何も無い空間に白い太刀筋が刻まれ、渦巻いた楕円状の〝ゲート〟が出現した。僕は行き先を確信し、迷いなくに飛び込んだ。



             *



 真っ白な空間を通り抜け、僕は硬い石床に足を下ろす。室内に充満した汗と酒と煙草たばこにおい。少しガタついたテーブルと、それを囲う四人の男――。


 その場に居たドレッドとカイゼルにアルトリウス王子、そしてエピファネスの驚いた視線が、いっせいに僕へと向けられる。


「がっはっは! こいつぁおでれぇた! 早かったじゃねぇか!」


 右手に木製のジョッキを握ったドレッドが、開口一番に大きな笑い声を上げる。よほどの激戦が続いているのか、彼の左肩には包帯が乱雑に巻かれている。


「あはは……、さすがに驚きました。おかえりなさい、アインスさん。――と、いうことは、つまり?」


「はい。手に入れました。これが〝光の聖剣バルドリオン〟です」


 僕はテーブルの付近まで進み、バルドリオンを胸の位置でかかげてみせる。


「ほぉ、こりゃあ確かにわざもんだ! しっかし、随分ずいぶんくたびれてやがるな。道具がありゃぁ、叩きなおしてやれるんだが」


「ありがとうございます。でもいわく、今のままでも大丈夫だそうです」


 そう言った僕の言葉に呼応するかのように、バルドリオンの剣身がわずかに輝く。しかしここに着いてからというもの、頭には聞こえてこない。


「ふっ、頼もしいな。まっ、さきほどの〝奇跡〟を見れば、信じざるを得んよ」


うむの意匠は言い伝えにある通り。あのルゥランが、聖剣それを託すとは、まさしくなんじまことの勇者であることのしょうなり」


 カイゼルは手元の本に視線を落としたまま、ニヤリと口元を上げる。彼に同意するように、細い煙管パイプを手にしたエピファネスも、その切れ長の瞳を細めてみせた。



             *



 こうして切り札が揃い、決戦への準備が整った。夜分にもかかわらず、総司令官であるアルトリウス王子は各部隊の指揮官らを招集し、緊急の作戦会議が開かれた。


 会議には魔法王国リーゼルタ、およびガルマニア北方の魔導国家ディクサイス、そしてドレッドの祖国であるドラムダの使者らも参加し、綿密な協議が交わされた。



「それでは作戦決行日はみょうにち、二十六の日ということでよろしいですか?」


 リーゼルタの使者として〝砦〟を訪れていたリセリアが、几帳面な様子で魔導盤タブレットに素早く指先を走らせる。そんな彼女をいちべつし、アルトリウス王子が小さくうなずいた。


「はい。各国の司令官殿へは、そのようにお伝えください」


「承知シマシタ。ディクサイスは首都の防衛機能を全解除シ、どうへいおよび魔導生命体ホムンクルスによる機動部隊を南下サセマショウ」


 黒ずくめの外套クロークまとった魔導国家ディクサイスの使者がうつむき加減になりながら、合成音声のような言葉を話す。時おりの両眼が赤く点滅していることから、なんらかの機械化処置を受けた人物なのかもしれない。



「こちらも女王陛下からの返答が届きました。リーゼルタは南方・ドラムダの上空を通過し、ネーデルタール東の海上へ移動いたします」


 リセリアは短くためいきをつき、手にした魔導盤タブレットを議場の円卓へと向ける。め込まれた薄い水晶クリスタルには、おどけた様子で親指を立てている、魔法王国リーゼルタの女王・ゼルディアの姿が映し出されていた。


「おし! 俺らのとこにも、北上するように伝えてくれ! ただ、守りは捨てるなよ? ドラムダにゃ、ネーデルタールの連中も避難してんだからなっ!」


「シシッ! かしこまりましたのぜ」


 ドレッドが自国・ドラムダの使者へ、おおざっな王命をことづける。この使者は〝ゴブリン族〟という人類らしく、小柄で緑色の肌をしており、大きな眼と口が特徴的だ。



「マナリザートは連合軍本隊と共に進軍し、いみ・ガルマニアを制圧する。――して、魔王城の内部へは、聖剣をたずさえし勇者アインスと、我らめいが突入しよう」


「はい。みんな、よろしくお願いします」


「ふっ。任せておけ」


 エピファネスの言葉を皮切りに、この場の視線が僕の方へと向けられる。彼らの瞳に恐れや不安といったものはなく、全員が希望に満ち満ちている。


 この期待に応えるためにも、必ず魔王を打ち倒し、悪しき力をらくいんとして封印する。全員の覚悟と決意を一身に背負い、僕は会議場をあとにした。



             *



 その晩、僕は〝最後の砦〟で夜を明かし、決戦に備えて最後の休息をとることになった。ドレッドたちも砦にとどまり、体力の温存と傷の回復に努めている。



 そして次の日――。

 魔王との決戦を翌日にひかえた朝。


 いつものように王子の執務室で過ごす僕らの元へ、願ってもない来客が訪れた。

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