第58話 原初の地ダム・ア・ブイ
満天の星空の下、レクシィに案内された先。大きな一本桜のある、評議会本部の〝庭〟の中央にて、僕はさきほど視た〝夢〟の内容を二人に話した。
真っ白な空間に浮かんだ少女。おそらく正体はミストリア。そして彼女が起こした奇跡。アルティリアの教会にて、再び命を得たミチア。
〝神の眼〟の監視がある以上、話せる内容には制限がある。僕は細心の注意を払いながら、可能な限りの情報をルゥランらと共有した。
「そんな……! まさか、
レクシィは青い瞳を見開いたまま、白い両手を自身の口元へ当てている。やはり彼女が興味を示すのは、
「ふむ。今しがた確認しましたが、どうやら真実のようですね。現在、アルティリアの教会は、とても騒がしいことになっているようで」
ルゥランは左手で紫色の両眼を
あれは、僕の世界の管理官と同じ、暗号回路を刻んだ眼?
それでは、〝神の眼〟の正体は――。
ともかくルゥランの言葉により、ミチアが〝本当に生き返った〟ことを確認することが出来た。これまでは半信半疑だった奇跡が、現実へと具現化されたのだ。
「そして〝彼女〟は言ったのですね? この世界を救うためには今のアナタではなく、〝アナタ〟の協力が必要だと」
「はい。でも、そのためには、鍵を揃える必要があるらしく」
「ふむ。鍵穴の一つは、このエンブロシアに
僕らは言葉を選びながら、互いに情報交換をする。ルゥランいわく、僕が鍵穴――すなわちネーデルタールとリーゼルタの〝はじまりの遺跡〟を見つければ、エンブロシアの遺跡へと導いてくれるということなのだろう。
*
「その
「落ち着きなさい、レクシィ。どうやら〝彼女〟は力を使い果たしたようですし、ヴァルナスの場合は単純に生き返らせたとしても、根本の問題は解決しませんよ」
確かにヴァルナスは、その身に〝魔王の因子〟を抱えている。仮に復活させたとしたしても、いずれは魔王として君臨し、彼自身をも滅ぼすだろう。
レクシィもルゥランの言葉を理解したのか、青の瞳に
「ルゥラン様、お願いします! どうか
神が動かないのならば、
僕はレクシィの隣に立ち、二人でルゥランの瞳を見つめる。すると数秒間の沈黙の後、ゆっくりとルゥランが口を開いた。
「よろしい。レクシィ、アナタに
そこでルゥランは言葉を切り、夜空に浮かぶ白い
「あの
「迷いはありません。
レクシィは強く拳を握り、
「結構。やはりワタシの〝眼〟に狂いはないようです。――それでは勇者アインスよ。アナタを聖剣の元へと導きます。こちらへ」
「あっ……。はい」
不意に名前を呼ばれた僕は一歩前へと進み、ルゥランの前で直立する。反対にレクシィは右斜めへと後退し、微笑みながら僕のために道を開けた。
*
「準備はよろしいですね? この桜の樹の下に、ダム・ア・ブイへの
「えっ? あの、資格って……」
「そのために
確かに無我夢中でエンブロシアを目指してきたが、精神論で手に入るのか? 何か物理的な――たとえばアイテムのような物が必要だったりしなければいいのだが。
「大丈夫です、アインスさん! 頑張ってくださいね……」
満面の笑みを浮かべるレクシィに応援され、僕は一本桜へと視線を移す。そこではルゥランが
「さあ、ついに
「あっ、あのっ! そこで何をすれば? 帰り方なんかは……」
焦って
急に
*
白い渦を抜けた先。
夜空には虹色のオーロラが掛かっており、降り注ぐ光が周囲の
さて、
僕は鋭い結晶を踏まないように注意を払い、透明な大地を踏みしめながら歩んでいく。足元でジャリジャリと水晶が砕け散る音は、あまり心地の良いものではない。
《ここは原初の地、ダム・ア・ブイ。異世界へと繋がるゲート。かつて名も無き勇者は、異世界への大穴を塞ぎ、絶え間なく流れ込む災厄をこの地に封じ込めた》
不意に頭の中に流れ込む、聞き覚えのない男の声。
念のために周囲に目を
《勇者が大穴を塞いだ後も、異世界からの悪意は際限もなく降り注ぎ、この地を再び闇へと
勇者の子孫。それが〝薄汚れた薄い本〟の通りならば、三種の武具を受け継いだ〝三人の女性の子孫〟だろうか。そして長命を誇る子孫とは、おそらくはルゥランのことを指しているのだろう。
《勇者が遺した三つの血筋。すでに一つは
ルゥランの他に勇者の子孫が居るならば、それはアルトリウス王子だろう。彼の祖先である建国王アルファリスは人間族であり、巫女の子供だったはず。
しかしドワーフの王族であるドレッドは勇者の血を引いておらず、かつての血脈は
そして闇を抱えて変容したとされる最後の血筋。僕の
*
《すでに勇者の力は失われ、魔王を討つべき者はない。――しかし希望がないわけではない。勇者とは人々に希望の道筋を示し、世界に光を
切り立った透明の山を慎重に登りながら、僕は頭の中に響き続ける〝声〟を聞き流す。心なしかこれまでと比べ、感情が込められているようにも感じる。
そして僕は、ついに〝水晶の山〟の、山頂へと辿り着いた。
《勇者とは決して特別な存在ではない。心の底から世界と人々を救いたいと願う者ならば、誰でも勇者になり得るのだ! そう、君も勇者! まさに新たなる勇者だ!》
僕の思考を妨害するかのように、頭の中の〝声〟が勇者論を熱く語る。山頂は火山の火口のようなカルデラ状となっており、一面に
《おい、
この声は、まさか。明確に
《そう! 俺は勇者!――の、残り半分ってところだな! さあ、ついにこの時がやってきたぞ! ともに魔王を打ち倒し、世界平和をはじめよう!》
声に導かれるように、僕は〝火口〟の真ん中へと進む。すると僕の視界の中心に、
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