第57話 最後の舞台へ上がる者

 エンブロシアの評議会本部。僕はレクシィによるけんめいな治療を受けたことにより、瀕死の状態から復活した。愛用していた天頂刀・銭形丸ゼニスカリバーは失われてしまったものの、アインスとしての命が残っただけでも幸いだったと言えるだろう。


「さて、ルゥランさんは何処どこに居るんだろ」


 僕は失くした剣の代わりに、ソアラから受け取った〝暗殺の刃ロングダガー〟をベルトに差し、円形に続くろうを進んでゆく。今度はたたかいにならないことを願うばかりではあるが、ルゥランの思考はどうにもあくしきれない。



 廊下には幾つもの扉が並び、原色で染め上げられたタペストリーが掛けられている。これらが部屋の用途を示しているか、あるいはなんらかの標識であることは間違いないのだが。さすがの自動翻訳機能も、〝言語〟以外には対応できないらしい。


「確か、右手方向に両開きの扉があって……。マズイな、僕は迷子になったのか?」


 あの医務室で待機していれば、いずれレクシィが戻ってきてくれただろう。しかし今さら引き返そうにも、どの部屋が医務室そこだったかさえもわからない。


「困ったな。こうなったら手当たりしだいに開けてみるしかないや」


 僕は右手側にある両開きの扉を見つけ、片側の取っ手をにぎりしめる。そして一呼吸を置いた後、意を決してを引っ張った。


             *


 扉の中には白いきりが立ち込めており、わずかな温もりと甘いにおいを感じる。この部屋もエンブロシアへのゲートと同様、空間ががっているのだろうか。


 僕は部屋の中へと入り、視力に神経を集中させる。どうやら空間内には木製のたなやテーブルの他、いくつかの家具類が置かれているようだ。


 さらに奥側には広々としたスペースがあり、そちらからは小さな水音がピチャリピチャリと近づいてくる。


 まさか、この場所は。そう思ったのもつか、僕は奥から現れた人影から、すぐさま声を掛けられてしまった。


「あら? アインスさん?」


 白いけむりの中、僕の視界に浮かび上がったものは――。

 まさに〝いっまとわぬ姿〟のレクシィだった。



「すっ、すみませんっ! ルゥランさんを探して彷徨さまよっていて……!」


 何度も頭を下げながら、僕は急いで後ろを向く。やはりは浴場か、それに類する施設だったらしい。


「ふふっ。別に構わないのよ。アインスさんからはよこしまな感情は伝わってこないもの。貴方あなたにも、きっと大切な人がいるのね?」


「え? はい、この世界の〝彼女〟は別の相手と幸せになったようですけど――。たくさんの平行世界のには、愛する妻と子供が居ます」


 さきほどえた映像の中で、エレナはシルヴァンと共に農作業を行なっていた。以前にも〝視た〟光景から推測するに、あの二人は夫婦になったのだろう。


 僕がレクシィに視線を戻すと、彼女は満足そうに大きくうなずいてみせる。そして僕の存在を気にする素振りもなく、新しい魔法衣ローブそでを通しはじめた。


「これからルゥラン様の元へ案内しますね。その前に、アインスさんも入る?」


「大丈夫です。それに僕は、早く〝聖剣〟を手に入れなければいけませんから」


 すでに三日もこんとうしていたのだ。今は一刻も早く目的を果たしたい。僕は入浴の勧めを断り、黙ってレクシィの着替えが済むのを静かに見守る。


「えっと……。さすがに、そんなにぎょうされていると……」


「――あっ!?」


 僕は再び謝罪の言葉をさけびながら、扉の外へと飛び出した。


             *


 えんかんの廊下で待つこと数刻。この評議会本部は巨大な樹木の内部に造られているらしく、時おり水の流れる音が耳に入ってくる。もしかするとこの巨木もファランギスの体内のように、元はエルフ族が〝じょうじゅ〟したなのだろうか。


 やがて着替えを終えたレクシィが、僕の前に姿を見せた。彼女は薄布の白い魔法衣ローブを纏っており、端正な顔立ちと長い金髪も相まって、とぎばなしの女神に見える。


「お待たせ。それでは行きましょうか」


 僕はレクシィの隣に並び、曲がった廊下をぐに進む。種族の違いのせいもあり、彼女の方がアインスよりも少しだけ身長が高い。


「そういえばルゥランさん。あれだけ強いのなら、魔王を倒せるのでは?」


「ええ。おそらくは簡単に。それこそ一瞬で終わらせることが出来るでしょう」


 僕の当たり前の質問に、レクシィは表情を変えることなく即答する。しかし、そこまで言ったあと、彼女は急に顔色をくもらせた。


「でも――。その後、魔王になったルゥラン様を止められる者は誰もいない。彼はすべての平行世界において、の存在。ご自身いわく、彼はすべての世界ミストリアスめぐり〝どうにもならない世界〟の姿をたりにしたそうよ」


 考えてみれば当然か。魔王を倒した者が、次の魔王になってしまう。もしも最強の存在が最強の魔王になれば、この世界は瞬く間に滅ぼされてしまうだろう。


 しかし〝光の聖剣バルドリオン〟があれば、魔王を〝らくいん〟として封印できるのではなかったか。しかも、それを管理しているのがルゥラン本人であるならば、それこそ造作もないことに思えてしまう。


「ルゥラン様には聖剣を扱うことが出来ない。おそらくはなのでしょうね。そうでなければ、マナリスタークを処刑する必要なんて無いもの」


 レクシィは少し恨めしげに言い、わずかに視線を下方へ落とす。


 マナリスターク――つまりは〝ダークエルフ〟が魔王を生み出す〝たね〟となる以上、芽吹く前に潰してしまえということか。


 それでも〝らくいん〟への封印が、の命を奪うことを意味するのならば、どのみちヴァルナスの運命は――。


 さすがにを口にすることは出来ない。僕は静かに黙ったまま、レクシィの少し後方をついてゆくことにした。


             *


 円環の廊下を無言で進む。大樹の床はきしみをげることもなく、毛皮のじゅうたんは二人の靴を足音と共に包み込む。


 この評議会本部には窓もなく、天井の照明設備から、魔法の灯りが降り注いでいるのみだ。しかし呼吸をするかのように室内の空気は流れており、床から立ちのぼる獣のにおいの中に、時おりレクシィの甘い香りが混じってゆく。


「さあ、着きましたよ。準備はいいかしら?」


 不意にレクシィが足を止め、僕の方を振り返る。無意識のうちに鼻とあごを突き出してしまっていたようで、僕はあわてて姿勢を正した。


「はい。……あの、また闘いになるんでしょうか?」


「いえ、それは無いと思います。此処は〝そんな場所〟ではありませんから」


 レクシィはわずかにほほんでみせ、すぐに口をいちもんに結ぶ。そして小さく息を吐いたあと、円環の外周方向――左手側の大扉をノックした。


「ルゥラン様。おおせのとおり、勇者アインス様をお連れしました」


 最初に僕を案内した時と似た文言。違いがあるとすれば、木製の扉が左手方向にあるということか。どうやら僕は、先日の大議場とは違う場所へ案内されたらしい。


「入りなさい。すでに準備は整っています」


 重厚な扉の奥から聞こえる、ルゥランの透き通った声。『準備』という物言いに若干の不安はあるものの、僕は両開きの取っ手を握り、それを静かに押し開けた。



             *



 扉の先は屋外だったのか、空には大きなつきが浮かび、満天の星空が広がっている。冷えた夜風の中に混じる、青臭さや虫の声。このエンブロシアそのものが異空間にることから、これらが〝本物〟であるとは限らないのだが。


「ふむ。どうやら加減は申し分ないようですね」


 円形に切り取られた〝庭〟の前方、大きな桜の根元に立っていたルゥランが、僕の方へと視線を向ける。彼の右手にはぎょうぎょうしい大杖スタッフが握られてはいるものの――、あくまでも儀礼的なアイテムなのだろう、で闘う意志は無いらしい。


「はい、おかげさまで。その代わり、変な〝夢〟をましたけど」


「ほう? それは興味深いですね。是非ともお聞かせ願いたい」


 ルゥランは左手を顎に当てながら、わずかに口元をゆるめてみせる。そして〝庭〟から退出しようとするレクシィを、その左手でめた。


「アナタも聞かせてもらいなさい、レクシィ。おそらくは〝ここから先の展開〟にとって、アナタも必要不可欠な要因ファクタとなるのでしょうから」

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