第55話 大長老ルゥラン

 世界を救う手がかりを求め、ついに〝しんじゅさと・エンブロシア〟までやってきた。そこでヴァルナスの恋人でもあるレクシィからの案内を受け、僕は大長老ルゥランの待つ〝だいじょう〟に足を踏み入れた――。


 しかし入室して早々、僕は面食らうことになる。


 室内には家具のたぐいは一切なく、れいに片付けられている。そして板張りの床には円形の線が描かれており、僕の対角には長身の若い男性が立っていた。


 右手に植物や鉱石などで彩られた大杖スタッフを持ち、帯の付いたのうこんいろの長い魔法衣ローブまとった青年。彼は紫色の長髪をオールバックにしており、額では六つの宝石の付いたこんじき魔術冠サークレットが威圧的に輝いている。


 考えるまでもなく、この人物が〝大長老ルゥラン〟なのだろう。


「覚悟はよろしいようですね? それではからでもかってきなさい」


「ちょ……!? ちょっと待ってください!」


「そっ、そうですルゥラン様! まずは彼のお話を……!」


 いきなり戦闘を始めようとしたルゥランに対し、僕とレクシィがあわてて停戦を申し出る。ここはじょうとのことだが、〝闘技場〟の聞き間違えだったのだろうか。



「アナタの目的ならば存じております。ID:PLXY-W0F-00D1059B06-HH-00BB8-xxxx-ALP。登録名、アインス」


 あの〝犯罪者〟の世界で聞かされて以降、すっかり覚えてしまったアインスの管理番号ナンバー。これを初対面のルゥランが、スラスラと口に出来たということは――。


「まさか、ルゥランさんも〝かみ〟を……?」


にも。それとも〝うさやま ろう〟と呼びましょうか? くうきょなる侵入者よ」


 ルゥランの言葉を聞いたたんアインスの血の気が一気に引く――。なぜ彼は、までをも知りえているのだろうか。


「不思議ですか? アナタは一度だけ、その名前を名乗ったことがありますね?」


「そうか、やみめいきゅうかんごくで……。じゃあ、あなたが〝彼〟だったと?」


「まさか。ただ〝ていた〟だけのことです」


 それが〝神の眼〟の力――。それとも〝古代の転世者エインシャント〟の力なのか。


 確かエピファネスからは『ルゥランは〝空間を渡る能力〟を所持している』と聞いていた。これは単純に現実界と異空間を行き来するだけのことだと思っていたが、まさかしん殿でんらのように〝平行世界〟をもちょうえつできるとは思わなかった。



「じゃあ……。僕の目的というのも……?」


「魔王リーランドをとうばつすべく、〝光の聖剣バルドリオン〟を求めに来た」


「そうです。……でも、それだけではありません。僕は本当の意味で、このミストリアスを救う手がかりを探しに来たんです。あなたに知恵を借りるために……!」


 僕は力強く言い放ち、ルゥランの紫色の瞳を真っ直ぐに見つめる。彼はあいわらず、右手に大杖スタッフにぎったままどうだにもしていない。


「ミストリアスの滅びは、もう止められません。〝偉大なる古き神々〟の決定にあらがすべは、如何なる者にも存在しない。――これがワタシからの答えです」


「それでもッ……! それでも僕は、絶対にあきらめたくはない――ッ!」


 拳を握り、前のめりに身を乗り出す僕に対し、ルゥランは表情を変えぬまま左右にあごを振る。そして彼は小さくためいきをついた後、壁際に大杖スタッフを立てかけた。


「仕方がありませんね。やはりアナタには力をって、諦めてもらわなければならないようです。さあ、そろそろ掛かってきなさい」


「なぜ戦いをっ!? ルゥランさんは、この世界がどうなっても構わないとでも!?」


「アナタもたたかいに身を置く武人であれば、で意志を示しなさい」


 すでに会話は終了したということか。ルゥランは大杖スタッフを手放したまま、しゅくうけんの構えをとっている。僕は彼の言葉に従い、天頂刀・銭形丸ゼニスカリバーを抜き放った。



「その構え……。こうじゅつですね? ファランギスさんが使っていた」


「ええ。ファランギスとは共に武術を磨いた仲でした。しかし彼は〝武闘派〟であったがゆえに、たもとを分かつこととなりましたが」


「似た者同士だと、思いますけどね」


 僕の言葉にルゥランの口角がわずかに上がる。


 なぜエルフのちょうらは無用な戦いを望むのだろうか。エピファネスの話では、ルゥランはガルマニアからの侵攻を受けた際にも争いを避けた〝穏健派〟だったはず。


「さて――。自らの頭で正解こたえを導き出してみては? きます」


 もはや僕の問いには答えず、ルゥランが全身で〝かた〟をとる。――そして次の瞬間! 僕の〝目の前〟に、彼の姿が出現した!


ッ――!」


 驚いている暇もなく、ルゥランの拳が至近距離で炸裂する! 僕はとっに剣の腹で防御するも、気功術の衝撃によって大きく後方へと飛ばされた。


「アインスさんっ!」


「レクシィ。結界を張りなさい。巻き込まれても知りませんよ?」


「どうしてですかルゥラン様っ! 彼は世界を救うために……!」


 悲痛な叫びを上げるレクシィを無視し、ルゥランは僕にれいてつな視線を落としている。そして僕が立ち上がったのを確認するや、再びけんの構えをとった。



「今の一撃で、腹に風穴を穿けるつもりだったのですが」


「しっかりきたえましたから。見てたんでしょう?」


「はは、ワタシとて多忙な身。常にアナタを視ているわけにはいきませんよ」


 どうにか防御できたものの、今の一撃は破壊的な威力を誇っていた。エレナがくれた戦闘服がなければ、僕の腹部は本当にえぐられていただろう。


 鈍い苦痛と目眩めまいこらえ、僕は剣を真正面に構える。こうした合間インターバルを設けているあたり、ルゥランは本気で僕を殺すつもりはないのだろう。


「それでは――。次はアナタのからだを真っ二つにしてみましょうか!」


 そんな僕の心情を察してか、ぶっそう台詞せりふと同時にルゥランの姿が再び目の前から消える。そのタイミングを見計らい、僕も唱えていた魔法を発動させた。


「カレクト――ッ!」


 土の魔法・カレクトが発動し、僕の肉体をこんじきの膜が包み込む。これは以前の戦いの際に、ドレッドが使用していた守護の結界魔法だ。


「良い反応です。――しかし、未熟!」


 聞こえてきたルゥランの声は、なんと僕のからのものだった。そして僕が振り向いて間もなく、彼の技が放たれる!


ゲキッ! クウ――!」


 突き出されたしょうていに続き、強烈な蹴り上げを食らった僕のからだが宙を舞う。そんな無防備な僕に対し、さらなる追撃がおそいかかる――。


「終わりです。ハァァ……、セン――ッ!」


 わずかな〝溜め〟の動作のあと、ルゥランの手刀から光の刃が放たれた!


 これは確かファランギスの手によって、ヴァルナスが真っ二つにされた時の技だ。だけは絶対に受けてはならない――。


「フレイト――ッ!」


 僕は空中で飛翔魔法フレイトを発動し、すんでのところで刃をかわす。先を読んでの回避行動。彼が本気でない以上、防御に徹した方が得策だと考えての作戦だ。



「これは興味深いですね。しかし守っているだけでは、救えるものも救えませんよ」


 決して挑発に乗ったわけではないのだが――僕は風を纏ったまま、ルゥランへ向かって突撃する。そして剣の間合いに入ると同時に、素早く剣を振り下ろした!


「くッ! また消えて……!?」


 に手ごたえは無く、かたくうを斬ったのみ。僕は目を見開いてルゥランを探すも、議場内にはレクシィの姿しか見当たらない。


「アインスさん、もう充分です! ここから逃げて!」


 レクシィは祈るように両手を組み、僕に必死に訴えかける。彼女のたんせいな顔にはしわが寄り、大量の汗がにじんでいるのが確認できる。


「いいえ、逃げません。僕は絶対に、世界を救いたいんです……!」


「まだ諦めていただけませんか。それでは仕方ありませんね」


 議場内に響き渡る、とおったルゥランの声。そして彼はゆっくりと、聞き慣れない呪文を口ずさむ――。


「ゼルデバルド――ッ!」


 その言葉が聞こえた直後、僕の目の前に〝暗黒の剣〟を手にしたルゥランの姿が出現した! そして彼は迷うことなく、黒き刃を僕の右腕に振り下ろす!


「がッ……!? あっあ゙がぐぁぁ――!」


 闇が振り下ろされた瞬間。僕の右腕が斬り落とされ、黒い稲妻によって〝消し炭〟と化した! さらに闇のほんりゅうは僕の腕を伝い、肉体を滅ぼしながら肩口へと迫る!


「さあ、アナタのるべき世界へかえりなさい。運命にまつろわぬ者よ」


 凄まじい痛みが僕をむしばみ、アインスとの結合リンクが解かれそうになる。視界は徐々にきりに包まれるかのように、ホワイトアウトを開始した。


 だめだ、このままでは、から、ぬけでてしまう――。


「アイン█さんっ!? █ゥラン様! もうや……、彼……思いで、エ……█シア……」


「レクシィ、彼はてんせいしゃです。本当の〝死〟などありませんよ」


「どうし……!? ヴァル██も彼……、██トリ……に、頑張って……に!」


 ぼくは――。僕は、ここまでなのか。せっかくエンブロシアまで来れたというのに。魔王を倒す手段も見つけ、もう少しで手が届きそうだったのに。


《……まだ終われない!……》


 そうだ。まだ終われない。終わるわけにはいかない。僕が、アインスがこの世界ミストリアスに存在できるのは、今回が〝最後〟なんだから――。


「ヴィスト……!」


 うつろなる意識の中で呪文を唱え、僕は自身の右肩に風の刃を発射する。灰となりかけていた傷口はれいとされ、赤い液体の流出と共に闇の侵食も停止した。


「まだ……。まだ、終われないんです……」


 僕は真顔のルゥランをえたまま、その場でガクリとひざをつく。もう、傷を押さえる気力も残っていない。それに痛みも感じない。


 そして僕は自身のまりの上に倒れ、そのまま静かに目を閉じる。最後に耳にしたものは、レクシィの激しいどうこくのみだった――。

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