第53話 真実への手がかり

 ゼルディア女王との作戦会議を終え、僕らは個別に用意された、城内の寝室へと案内された。説明されたところによると、どうやら〝しんじゅさとエンブロシア〟への立ち入り許可が出されるまでには時間を要するとのことだった。


「ふぅ、お腹がいっぱいだ」


 小さな寝室に入るなり、僕はベッドにこしける。


 どうにも〝もったいない〟という思いから――。僕は会議室を出る際に、のこされていた食べ物の山をゼルディアと協力して平らげたのだ。


 しかし、あれは流石さすがだったのか。アルトリウス王子とリセリアが僕らを見て、そろって苦笑いを浮かべていたのが印象的だ。



 僕は両手を頭の後ろで組み、それをまくらわりにしてあおけになる。


 内装の違いこそ天と地ほどの差があるが、この小さな部屋には窓が無いということもあり、どうにも現実むこうの居住室を思い出してしまう。


 本日はミストリアスで過ごす十二日目。しかし実際には数時間しか経っておらず、現実の僕は今もなお、全自動ベッドにて横たわっている状態だ。もしかすると現実世界と異世界では、単純に時間の流れが異なっているのかもしれない。


「真世界・テラスアンティクタスだっけ」


 かいそうせいかんざいだんから送られてきた冊子によると、僕らの世界はそういう名前を付けられているらしい。


 名前というものは原則として、対象の〝外〟にる者によって名付けられるものだ。僕らの世界の名付け親である財団は、あの世界に何を望んでいたのだろう。


「真世界の、鍵……」


 魔王を倒す手段には近づいているものの、未だ世界を救う手立ては発見できていない。あの〝せんたく〟によると、ミストリアスを救うには〝真世界の鍵〟なる物が必要だということだが。


 とはいえ現実世界においては、僕に自由は無いに等しい。仮に何かを手に入れようとしても、必ず統一政府からの監査やけんえつが入ってしまう。


「向こうで僕が持ってる物なんて、接続器と〝ミストリアンクエスト〟のディスクくらいだけど」


 統一政府のろうくうかんへ行けば、多少の私物は残っているが、あくまでもそれは非実体バーチャルのアイテムだ。実体のある財産といえば、現実の僕の後頭部に差し込まれている〝接続器〟一式だけ。いわば僕は、我が身ひとつ。裸同然とも言える。



 僕は両手に力を加え、自らの後頭部を持ち上げるように身を起こす。現実世界の肉体と違って頭痛はなく、当然ながらアインスの頭に接続口アダプタも付いていない。


「ん……? そういえば」


 接続器のことを考えていたためか、僕ののうに一つのすいろんぎる。


 僕の記憶が定かならば、〝ミストリアンクエスト〟のディスクの大きさは、ちょうどてのひらと同じくらいのサイズをしていた。そして〝はじまりの遺跡〟のワールドポータルにあった〝謎の円形をしたくぼみ〟も、確か同様の大きさだったはず――。


『真世界の〝光の鍵〟を。どうか四つの〝はじまりの場所〟へ』


 ――まさか〝鍵〟の正体は、あの光り輝くデータディスクなのか?


 そう考えはじめてみると、様々なことに納得がいく。そもそも現実世界むこう異世界こちらとの繋がりがあるものなんて、くらいしか思いつかない。


 しかし鍵が〝ディスク〟だとしても、いったいどうやって持ち込めばよいというのだろうか。単純に〝全接続〟を行なえば、簡単に実現できるのかもしれないが。


「……いざとなったら、に出てみるしかないか」


 アレフにナナに、めいきゅうかんごくの男にと、これまで僕は様々な人から〝正解〟を教わることが出来ていた。しかし現実の人生において、絶対的な正解なんて存在しているはずもない。いつでも答えを教えてもらえるなんて、都合のいい考えなのだろう。


             *


 僕は少し気分を変えるべく、城内への散策に出てみることにした。すると寝室の外に出るなり、長杖ロッドを持った衛兵が困り顔で、僕に声を掛けてきた。


 どうやら衛兵は僕の警護、および監視の任務に就いているようだ。彼に気分転換をしたいむねを伝えると、らいひんようのラウンジへと案内してくれることになった。


「どうぞ。お戻りの際にはお申し付け願います」


 柔らかい革張りのされた両開きの扉前に着くや、衛兵はリーゼルタ式の敬礼をして、僕をうながす。僕は彼に礼を言い、金色の取っ手を押して中へと入ってゆく。



「おう、アインス! へへっ、やっぱおめぇも来たか!」


 僕の姿を認めるや、ドレッドが上機嫌で話しかけてきた。見ればラウンジ内の空間には、アルトリウス王子やカイゼル、エピファネスらの姿も確認できる。彼らも僕と同様に、ひまを持て余していたらしい。


 ラウンジ内にはバーカウンターやえんけいのテーブル席の他、小さなステージや楽器類なども設置されている。全体的な雰囲気はアルティリアの地下酒場に似ているものの、使われている調度品の質や格調の高さは比べるまでもない。



 僕らはカウンターで飲み物をもらい、バーテンから一番離れたテーブル席に着く。そしてひとしきりの雑談を終えたあと、自然と話題は〝神樹の里エンブロシア〟へと移っていった。


「エンブロシアの誕生は千年前にさかのぼる。かつては現実界に在り、我らマナリザートもマナリエンのどうほうとして、ルゥランの決定に従っていた」


 エピファネスの話によると、元々エンブロシアは異空間ではなく、この〝現実界〟と呼ばれる通常空間に存在していたらしい。そして彼ら砂漠エルフらも、大長老ルゥランの元で暮らしていたそうだ。


「ある時、ヒュレインらの軍勢により、エンブロシアはかんらくした。そしてものらは〝盾〟を奪い、あとに自らの王国を打ち建てた。――それがガルマニア王国だ」


「えっ? ガルマニアの場所は、元々はエルフたちの国だった?」


うむ。しかし、あろうことか大長老ルゥランは、ヒュレインとの争いを良しとせず。生き残った同胞らを引き連れ、異界へ逃れる選択をした。自らが宿すごんのう、空間を渡る力を応用し、新たなエンブロシアを創りあげることによって」


 大長老ルゥランは、てんせいしゃの血を引いていると聞いた記憶がある。エルフの国が在ったのは、確か〝シエル大森林〟だったはず。〝あの本〟の内容が真実だとすれば、地理的にも状況的にも、彼が〝勇者〟の子孫であっても不思議ではない。


「じゃあ、砂漠エル――いえ、マナリザートのかたたちが砂漠で暮らしているのって」


にも。我らは憎きガルマニアを討ち滅ぼし、母なる森をだっかんすべく、ヒュレインとの徹底抗戦を望む者どもだ。しかし案ずるな、今の我らはなんじらと共に在る」


「はい。魔王を討伐するため、たがいに全力を尽くしましょう」


 なるほど。これで砂漠エルフたちが協力してくれる理由を理解することができた。やはり彼らには彼らなりの思惑があるといったところか。魔王を討伐後の行く末にいちまつの不安は残るものの、今は同じ目的に向かって一致団結しなければならない。



「そういえば王子も、てんせいしゃの子孫なのでしたっけ?」


「ええ。アルティリアの建国王・アルファリスは偉大なる勇者と巫女の血族だと伝わっております。それも遠い伝説ですので、確かなことはわかりませんが」


 個人の寿命が千年を越えるエルフたちとは違い、普通の人間ヒュレインの人生ならば、未来へ情報を伝える過程で少々のゆがみが生じるものだ。僕はポーチから〝勇者は世界を平和にする!〟と書かれた本を取り出し、一同の前へと差し出した。


「ふっ、これはとっぴょうもない内容だが。そうなるとドレッドよ、お前さんも〝勇者〟の血脈を継いでいるのか?」


 カイゼルは本に目線を落としながら、相棒に向かって質問をする。


「んや、そんな話は聞いてねぇなぁ。――まっ、俺らは気ままなドワーフだ! どっかで血も途絶えちまったんだろうよ! がはははっ!」


 ドレッドはごうかいに笑いながら、ジョッキの中身を一気に飲み干す。すでに彼の席の隣には、大きなさかだるが三つも積み上げられていた。


             *


 僕らが雑談を進めていると――。不意にラウンジの扉が開き、リセリアが入ってきた。そして彼女は室内を見回すこともなく、真っ直ぐに此方こちらへと進み寄る。


「皆さま、お待たせいたしました。エンブロシアより返答がまいりました。『勇者アインスを客人として迎え入れる』と」


「ゆっ……、勇者!?」


「その方が話が早く済みますからね。あら、違ったのですか?」


 リセリアは僕の顔を見つめながらよくようのない口調で言い放つ。


「いえ、大差はありません。僕は必ず勇者になりますから」


「ええ、大変結構でございます。それでは早々に出発されますか? 明朝になされても、魔法王国こちらとしては構いませんが」


「もちろん、今すぐ向かいます。一刻も早く〝聖剣〟を持ち帰らなければいけませんから。――いいですか?」


 僕は王子ら仲間たちをりながらたずねてみる。すると彼らも迷うことなく、それぞれが同意の反応を示してくれた。



「承知いたしました。それでは王立魔法学校まで案内します。こちらへどうぞ」


「私たちは先に地上へ降り、〝さいとりで〟へ向かいます。――ご武運を」


「はい。みんなも、どうか無事で。いってまいります」


 僕は仲間たちに別れを告げ、リセリアと共にラウンジを出る。


 さらに迷路のような城内を進んで城外まで出ると――。会議と待機での時間が経過していたのか、結界の外に見える空は夕暮れ模様となっていた。



 魔王リーランドを討伐するために。そして真に世界ミストリアスを救うために。その大きな鍵を握るであろう、大長老ルゥランの待つ〝神樹の里エンブロシア〟が目の前にある。


 僕はリセリアの飛翔運搬魔法マフレイトに乗り、エンブロシアへのゲートが隠されているとされる、〝リーゼルタ王立魔法学校〟へとおもむいた。

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