第52話 魔王対策作戦会議

 浮遊大陸内に存在する、ほうおうこくリーゼルタの王城内。

 落ちついた〝黒〟を基調とした、やや薄暗さのある会議室にて。


 魔王軍に対抗すべく、ここで各国の重要人物を交えての〝国際会議〟が開かれた。


「んじゃー、まずは自己紹介といきましょっか。アタシはゼルディア。リーゼルタの女王をの、ただの一般市民よん」


 ゼルディアはこうちゃに砂糖を注ぎ込みながら、けいはくな口調で自己紹介をする。室内には香り立つ湯気のほか、菓子やみずみずしい果実が放つ、甘いにおいが漂っている。


「ちなみに〝ゼルディア〟はぁ、代々の女王が名乗る〝通称〟ねぇ。だって二、三年でトップが替わるんじゃ、みんな覚えにくいでしょ? それでぇ、アタシの本名は」


「――ゼルディアさま?」


 小さなせきばらいと共に、リセリアがあるじの言葉をさえぎった。するとゼルディアは小さく舌を出し、香茶のカップに口をつける。どうやらリーゼルタの国家元首は本人の意思とは関係なく、強制的に〝選ばれてしまう〟もののようだ。


 続いて僕ら〝じょうぐみ〟も、アルトリウス王子から順に自己紹介をする。


 アルトリウスは次代のアルティリア王となる人物であり、カイゼルは滅亡したネーデルタール王国の上級貴族。そしてエピファネスは砂漠エルフの大族長代理を務めており、ドレッドに至ってはドワーフたちの王国・ドラムダ王国の現役〝王〟だ。


 僕はアルトリウス王子の護衛および補佐として、彼から紹介を受けた。補佐という立場はリセリアと同等ではあるが、どうにも僕だけが場違いに感じてしまう。



「よろしくねぇ、アインスくん。じゃ、リセリア。進行役をお願いねんー」


「かしこまりました」


 ゼルディアからの指示を受け、リセリアが僕らに手早く資料を配る。いで壁に設置された水晶クリスタルつきの石版タブレットに、現在の戦況が簡易地形図として映し出された。


 画面を確認してみると、真っ赤に塗りつぶされたガルマニアとネーデルタールを中心に、青く塗られたアルティリア連合軍とディクサイスがそれぞれ西と北側で、そしてドラムダが南側にて、魔王軍の拡大をどうにか食い止めている形となっている。


「ドラムダは異空間に存在していることもあり、防衛に関してはばんじゃくであると言えますね。また、その地理的条件や特性を生かし、ガルマニアやネーデルタールをはじめとした、難民らの避難先にもなっているとか」


「おうよ! もちろん総攻撃を仕掛ける時にゃ、兵を出すことになるだろうが。とにかくウチの連中にゃ、を第一に動いてもらってるぜ」


 僕と王子の対面側の座席にて、ドレッドはごうたんな様子で自らの胸を強く叩いてみせた。そして彼の左隣に掛けたカイゼルも、目をじながらうなずいた。



「ガルマニアの北側にて〝陸の孤島〟となった魔導国家ディクサイスも、どうにかこたえているとは聞きます。しかしくにが誇る無敵の〝どうへい〟といえど、魔物の大群をさばき続けるのは困難でしょう」


 前線の兵たちの間からは、『ディクサイスを救援すべく、リーゼルタをアルティリア王都の南へ向かわせるべきだ』という案も出されていたが――。この地形と戦況からかんがみるに、それは無謀ともいえる作戦だろう。


「我ら連合軍のとしては――リーゼルタには難民らの救助、および関係国における非戦闘員らの避難受け入れを願いたく存じます」


 リーゼルタではいまだ、多くの国民らが変わらぬ日常生活を送っている。彼らを連れていきなり最前線へとおもむけというのは、さすがに暴論が過ぎている。やはりここは〝人類の希望のはこぶね〟として、後方支援に回ってもらうのが得策だ。


 アルトリウス王子からの提案を受け、ゼルディアは「うんうん」と頷いている。


「わかりました。しかし、いくつかの条件がございます」


 リセリアから提示された項目を要約してみると、「決して難民らがリーゼルタの主権を脅かさぬように努めさせること。そして被戦闘地域が正常化された際には、速やかにリーゼルタから退去すること」といった内容だった。


 確かに移民や難民らの身勝手な行動によって、受け入れた国家が食い潰されるという事態は容易に発生するものだ。かつての現実世界でも、これらが大きな問題となった事例は少なくない。


 そして僕が歴史書を見た限り、それはミストリアスの歴史においても同様だった。


 アルトリウス王子らは顔を見合わせた後、互いにしゅこうしてみせる。僕ら地上の者としては、いざという時の退路が保証されただけでも心強い。


             *


 あくまでも〝一応〟ということではあるが、これで守りに関しての問題は解決された。次は最大の問題となっている、攻めに関する内容だ。なにしろ魔王軍は無限の物量を誇っている。ただ守っているだけでは、決して勝つことなど不可能だ。


「さて、地上部隊は頃合いを見て、一気に総攻撃を掛けるということでしたが。はたしては、いつになるのか」


うむ。それに関しては、我らに秘策、持つ者あり」


 エピファネスは言いながら、切れ長の黒い瞳を僕に向ける。そんな彼につられるように、いっせいに全員の注目が僕へと集まった。


「このアインスこそ、異世界からの来訪者。偉大なる力を秘めし古代の民エインシャントなり。彼を神樹の里エンブロシアへ送り、光の聖剣を手に入れよ。かつて神が振るいし力をちて、魔王を〝らくいん〟へと封ずるのだ」


「なるほど。つまりてんせいしゃというわけですか。ただの観光客というわけではなかったようですね」


 リセリアの評価としては、僕は完全に観光客扱いとなっていたようだ。確かにお調子者のドレッドすら、リーゼルタでは大人しく振舞っている。僕は念願の魔法王国に来れたということもあり、少し浮かれてしまっていたのかもしれない。



「転世者って、アレでしょー? ものすごい〝権能チート〟だかを使える人ってやつよねん。ひょっとしてアインスくん、一瞬で国を滅ぼせたりもするのん?」


 僕にミストリアスの人々と違う部分があるとすれば、〝痛み〟を感じないことくらいだったが。それも今回の侵入ダイブにおいては、すでに失われてしまっている。


「いえ、僕に特別な能力ちからはありません。奇跡も、魔法も、何も。――ただ僕は、どうしてもこの世界を救いたい。今の世界だけじゃなく、すべてのミストリアスをです」


 僕はリセリアとゼルディアを順番に見つめ、おもいのたけを打ち明けた。


 この大好きなミストリアスを救いたい。

 それは至ってシンプルな願いであるが、僕のまぎれもない〝心そのもの〟なのだ。



「ふぅん……。なるほどねん。――リセリア、すぐに理事長に連絡を。彼女を通してゲート開通の申請を、エンブロシアへ出してちょうだい


「はい、ゼルディアさま。しかしながら〝彼女たち〟も、ここでの会話は把握しておられるかと。誰も飛び込んでこないことをみると、異論は無いようでございます」


「もぉ。せっかく女王らしく振舞ったのにぃ。……まぁ、話が早くて助かるわぁ」


 少人数での会議ではあるが、どうやらこの場の様子はどこかへ中継されていたらしい。リセリアからの話によると、あんのんな暮らしを送っている国民らに対し、国政にたずさわる者らは寝る間も惜しんでの対策に駆り出されているとのことだった。



「それじゃ、決戦が〝いつ〟になるのかだけどぉ。アインスくんが戻ってきてからってことになるかしらねん?」


「ええ、我々はそのように考えております。もっとも戦況いかんによっては、二の策を講じる必要もあるでしょうが……」


 アルティリア連合軍の中においても、特にガルマニアの残党騎士たちなどは、魔王への降伏を訴える者も少なくない。さらには自ら魔王軍へと取り入り、混乱に乗じてリーゼルタやアルティリアを制圧しようと考える者まで出始めている。


 このまま交戦状態が続き、ディクサイスが陥落することにでもなれば、こうした動きはさらに加速することだろう。なんとしても僕が〝聖剣〟を手に入れ、絶望のふちにある彼らに、希望の光を示さなければならない。


             *


 その後も会議は続き、決戦時の細かい布陣などが話し合われた。


 この先の行動は事実上、神樹の里エンブロシアからの返答によって決定される。そしてそれを待つまでの間、僕ら五人は、リーゼルタ城内に滞在することとなったのだった。

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