第51話 魔法王国リーゼルタ

 天空を駆ける魔法の王国。リーゼルタを包む球状の結界を抜け、僕ら五人は浮遊する大地へ降り立った。地盤はしっかりと安定しており、れらしき感覚もない。ここが浮遊大陸だと言われなければ、地上との違いを感じることもないだろう。


 空中には大小様々の岩盤が浮いており、それらの上面にも家屋や店舗といった構造物オブジェクトが建てられている。よくよく観察してみると、街の人々は飛翔魔法フレイトを使って飛びまわり、これらの施設へ移動しているようだ。


 何名かの住民は物珍しそうにこちらへ視線を向けるものの、すぐに何事もなかったかのように、自らの日常へと戻ってゆく。もしかするとリーゼルタ国内においては、さほど魔王のきょうは広まりきっていないのかもしれない。


「なんだか平和ですね」


「ああ。リーゼルタは特性上、外圧を受けづらい国家となっているからな」


 仲間と軽い雑談を交わしながら、しばらく待機していると――。

 やがて上空からごうしゃ魔法衣ローブを着た女性が現れ、僕らの前に降り立った。



「お待ちしておりました。わたくしはゼルディア陛下の補佐役を仰せつかっております、リセリアと申します。これから地上の皆さまの、案内人を務めさせていただきます」


 リセリアと名乗った若い女性はひといきに自己紹介を終え、黒い魔法衣ローブすそを軽く持ち上げてみせる。彼女は長い金髪を一本に束ね、大きな眼鏡を掛けている。エピファネスと同じく耳は長くとがっているが、彼女もエルフ族なのだろうか。


「――マナリスレインでございます。ハーフエルフ族と申しあげた方が、ご理解いただけるでしょうか?」


「えっ? もしかして心が読めるんですか?」


「まさか。お顔に書いてありましたので。のんに観光へお越しになられたわけではないのでしょう? そろそろまいりましょうか」


 リセリアは無表情のまま言い放ち、そでぐちから小型の短杖ワンドを取り出した。それの先端には透明の魔水晶クリスタルが取り付けられており、中には白いウサギの飾りが見える。そして彼女は杖に手をかざしながら、しょうほうの呪文を唱えた。


             *


 飛翔運搬魔法マフレイトの結界に包まれて。僕ら六名は浮遊する岩や人々をかわしながら、高速で飛行を続ける。この魔法は僕でも使うことは出来るものの、ここで安定した航行をするには、それなりの〝慣れ〟が必要なようだ。


 浮かぶ大地には畑や牧場らしきものもあり、農夫姿の男性らがくわやピッチフォークを手に、せっせと労働にいそしんでいる。いかに魔法王国といえど、すべてを魔法でまかなっているわけではないらしい。


「すごい、あれは〝ネデルタ小麦〟の畑。じゃあ、向こうのはもしかして……」


「ゼータグレープのたなでございます。リーゼルタの食糧自給率は、常に十割を維持し続けております」


 リーゼルタ産の作物は非常に貴重かつ高価であり、僕もアルティリアの市場にて、たった数回見かけたのみだ。特にゼータグレープには種が無く、農夫たちの間でも、栽培方法は謎めいたものとなっていた。


 確かに、観光で訪れたわけではないのだが。

 僕の視線は次々と、物珍しい風景へと引き寄せられてしまう。



「あの大きな建造物は? あれがリーゼルタの王城ですか?」


「あちらの建物は、リーゼルタ王立魔法学校でございます。主な学生は女生徒のみとなっており、観光目的での立ち入りは禁じられております」


 リセリアは進行方向をえたまま、僕の質問に丁寧に答えてくれる。彼女は案内人だと言っていたが、平時は通常の観光案内を行なっているのかもしれない。最初の印象こそ少し冷たく感じたが、じつは気の良い人物だったりもするのだろう。



             *



 高速で空中を飛び続け、僕らは真っ白な石材によって建てられた、古めかしい城の前へと到着した。目の前には巨大な木製扉があり、そこには魔法陣と呼ばれる様式の、幾何学的な紋様が描かれている。


 僕が扉を見上げていると――不意に魔法陣が回転を始め、が消失した。そして暗闇に包まれた城内から、一人の女性が現れた。


「はぁーい、お疲れさまぁ。みんな、遠い場所とこからありがとねんー」


 彼女は大きな欠伸あくびを交えながら、僕らに軽いあいさつをする。


 寝起きだったのだろうか。女性は寝巻きのようなれた服を身に着けており、長い紫色の髪にも、所々に寝癖が出来ている。


 するとリセリアが姿勢を正し、女性にりつれいしてみせた。気づけば僕とエピファネス以外の三人も、寝巻き姿の女性に敬意の態度を示している。


「じゃ、とりあえず中に入ってん? リセリア、いつものお茶と糖分をお願いねん」


「かしこまりました。ゼルディアさま」


 どうやら目の前の人物こそが、リーゼルタの女王・ゼルディア本人だったようだ。


 僕は一瞬、カイゼルたちと目を合わせた後、女王らに続いて暗闇の支配する城内へと足を踏み入れてゆく――。



「城内は異空間となっております。遅れることのないよう、ご注意くださいませ」


 リセリアの言う通り、城に入った僕の視界に、そうごんな室内の様子が飛び込んできた。照明はやや薄暗くはあるものの、足元には柔らかなじゅうたんが敷かれ、黒を基調とした内装に、上品な絵画や陶器類などが配置されている。


 特筆すべきことと言えば、絵画に描かれた樹々は風に吹かれるかのごとく枝葉を揺らしており、不明な動力で自立したほうきといった道具類が、城内の清掃作業をしていることだろうか。


 いったい、どういった仕組みなのだろう――。僕はをしてしまいたい衝動を抑えながら、前方を行く六名の背中を追いかけた。


             *


 案内された部屋は〝いかにも会議室〟といったおもむきの、長方形をした部屋だった。室内には重厚な木材でこしらえられたながテーブルがあり、壁には水晶クリスタルまれた石造りのパネルや、黒板などが設置されている。


 僕らはテーブルの両サイドに分かれて座り、上座に女王ゼルディアが腰かけた。彼女は席に着くなり大きな欠伸をし、ほおづえをつきながら目をじている。


 あくまでも僕の目的は、リーゼルタから〝しんじゅさとエンブロシア〟へとおもむくことだ。できれば会議を抜け出してしまいたくもなるのだが、さすがに国家元首の前で席を立つことははばかられてしまう。


 そんな思いを察してくれたのか。

 隣に座るアルトリウス王子が、静かに僕にほほんでみせた。



 そのまま待機していると――。やがて女王補佐であるリセリアも、会議室へと入ってきた。彼女の周囲には数枚のトレイが浮かんでおり、その上にはカップやティーポット、焼き菓子といった食品類が載っている。


「もうしばらくお待ちください。すぐに準備をいたします」


 リセリアは相変わらず表情を変えぬまま、操り人形マリオネットを操作するかのごとく、左右の指を動かしてみせる。するとトレイの上のカップが宙に浮き、誰も触れていないポットがこうちゃを注いでゆく。


「この城内は特に、魔力素マナの濃度が高く保たれているのです」


 そのように彼女は言いながら、僕に目線を合わせてきた。

 またしても僕の顔には、が書かれていたらしい。


 つまりリセリア本人が魔力素マナを操ることで、これらの現象を引き起こしているということか。要するに魔力素マナで直接的に、カップやポットを持ち上げているわけだ。魔力素マナ現実むこうのナノマシンの類だと解釈すれば、仕組みは単純とも考えられる。


 こうして殺風景だった卓上に、ティーカップと焼き菓子と、果実の皿がはいぜんされた。僕らは少しあっにとられながら、目の前のティーセットを見つめている。



「ふわぁ……。やっぱりが無くっちゃねぇ。リセリア、ありがとねん。――それじゃお茶もそろったことだし、そろそろ始めましょっかぁ」


 女王は目の前のゼータグレープを一粒つまみ、自身の口へと放り込む。この作物は非常に甘みも強いことから、アルティリアの子供たちにも人気があった。糖分を補給して覚醒したのか、やがて女王はしっかりと、紫色の目を開けた。


 僕らも改めて姿勢を正し、上座の方へと視線を向ける――。


 まるで〝お茶会〟でも開かれるかのような雰囲気だが。これはあくまでも真剣な会議。魔王リーランドに対抗するための作戦を、ここで決定しなければならない。


 ようやく辿り着いた〝魔法王国リーゼルタ〟にて。世界と人類の命運を決めるための重要な国際会議が、ついに開催されたのだった。

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