第50話 世界を駆け抜ける大地

 ミストリアスで過ごす十二日目。

 ついに魔王リーランドへの対抗策を練るための〝国際会議〟の日がやってきた。


「ミチア。いってきます」


 早朝、教会の礼拝堂。僕は祭壇に祈りを捧げ、出入り口へ向かってきびすを返す。今朝はうっすらと霧が出ており、世界が白みがかって見える。



 教会の外には法衣姿のソアラがり、さらに早い時間にもかかわらず、ククタが僕の見送りのために、頑張って起きてくれていた。


「アインス兄ちゃん……。これ……」


 ククタは僕に対し、両手で何かを差し出した。


 僕は彼の小さな手から、細いくさりの付いたアイテムを受け取る。木製らしきの表面にはぼくな彫刻が施され、安物の水晶クリスタルまれている。


「ミチアが『アインスお兄ちゃんに』って……。それ〝りの守護符アミュレット〟っていってさ……。裏に名前をると、その人は神さまにまもってもらえるんだって。だからミチアと一緒に、ランベルトスに買いに行ったんだ」


 孤児院に来たミチアは絵本を読み、この守護符アミュレットにまつわる〝おまじない〟を知ったらしい。それから彼女は積極的に〝お手伝い〟を頑張り、おちんを貯めていたのだと――そのようにソアラが補足した。


 ククタの言う通り守護符アミュレットを裏返してみると、すでに〝アインス〟の名が彫り込まれていた。刃物を使っての慣れない作業だったのか、決して上手な文字とはいえない。しかし文字それを見ていると、ミチアとククタの深い心遣いが伝わってくる。


「ありがとう、ククタ。これさえあれば、僕は世界を救える気がするよ」


「兄ちゃん。おれ、もっと強くなるから。強くなって今度こそ、おれは孤児院ここみんなまもってみせる……!」


 ククタは涙をこらえながら、強く拳を握りしめる。彼は本当に強い子だ。今回、僕が泣かずに済んだのは、彼が代わりに泣いてくれたおかげなのだ。



 受け取った守護符アミュレットを首から下げ、僕はポーチの中から、これまで使っていた長剣ロングソードを取り出した。現実世界の僕と同じく、古くて安い品物だけど。僕はククタの前でひざをつき、彼に相棒をたくす。


「ずっと一緒に戦ってきた相棒なんだ。ちゃんと毎晩、手入れはしてきたから。まだまだ頑張ってくれるはずだよ」


「兄ちゃんの、剣……」


 ククタは剣を両手で受け取り、僕に深々と頭を下げた。


 きっとククタなら大丈夫。

 いずれ彼は誰よりも、強い戦士へと成長するだろう。



「アインスさん。私からも受け取っていただきたいが」


 ソアラは法衣のそでぐちから、長めのさやに納められた、暗殺の刃ロングダガーを僕に差し出した。これは彼女の亡き夫がのこした、大切な品だったはず。


「私、聖職者になろうと思います。アインスさんが教えてくれました。人の心と神の意志を。そして人々を正しく導くことの大切さを」


 僕は静かにうなずいたあと、ソアラの手から暗殺の刃ロングダガーを受け取った。


 そしてそれをポーチにい、あらかじめ革袋に詰めておいた、寄付金を彼女に手渡す。決して多い額とは言えないものの、彼女の強いこころざしがあれば、いずれ寄付に頼ることなく、自立した生活を送ることが出来るだろう。



「ありがとうございます、ソアラ先生。ククタ。それじゃ、行ってまいります」


「はい。どうかお気をつけて」


「アインス兄ちゃんっ……! おれも頑張るから……!」


 二度と戻れない旅路。僕は二人に笑顔で手を振りながら、街のふんすいひろへと進んでゆく。アインスが長らく過ごした王都とも、これで永遠の別れとなる。



             *



 王都の転送装置テレポータを使い、一瞬でランベルトスの街へ辿たどいた。僕は真っ直ぐに南に向かい、討伐隊の天幕テントを目指す。


 指揮官用の天幕をくぐると、すでにアルトリウス王子ら四名が、出発の準備を整えていた。ドレッドは僕の顔を見るなり、わずかに表情をくもらせる。


「……よぉ。昨日のことは聞いたぜ。大丈夫か?」


 すでに昨日の惨劇は、彼らの耳にも入っていたらしい。昨日は魔物の動きが活性化されていたこともあり、戦える者らは魔物の討伐へとおもむいていた。そして街の警備が手薄になったことで、ガースが凶行を起こしたようだ。



「本当に申し訳ございません。親愛なる国民の命を奪わせてしまったこと、王族として深く謝罪いたします」


 当然、しょうの影響は最前線にも表れており、あちらも凄惨な状況となっていたのは聞くまでもない。すでに兵士や戦士のみならず、せいの者らも武器を取り、魔王軍への必死の抵抗を続けている。


 ランベルトスの在り方については、何かしらの改革を行なう必要があるのは明白だ。しかし盗賊や暗殺者たちといえど、人類軍の貴重な戦力となっている。ここで不用意に〝裏ギルド〟に手を入れ、彼らの協力を失ってしまうわけにもいかない。


 心優しく真面目な王子としては、とても心苦しいのだろう。彼のたんせいな表情の中にも、あぶらあせにじんでいるのが確認できる。


 誰もが皆、必死に考え、誰もが最善を尽くしている。

 僕は言葉を返す代わりに、王子に深々と頭を下げた。


             *


「王子よ、時はいたり。我らが砂漠にリーゼルタが姿を見せたとのしらせが入った」


 天幕内に満ちていた重々しい空気を、エピファネスの一言が振り払った。彼らエルフ族には何か〝テレパシー〟のような、特殊な通話能力でもあるのだろうか。


「わかりました。――世界をけるリーゼルタは、いまや人類の希望のはこぶね。これから私たちだけで、極秘に出発いたします」


 きょうに立ち向かう人々が居る一方、残念ながらこの非常事態においても、人類のすべてが協力的というわけではない。王子の判断はもっともだろう。


 僕ら五人は野営地を抜け出し、かつての戦場でもあった〝ランベルトス南の砂漠〟へと出発した。



             *



 空をおおっていた霧は晴れ、珍しく快晴が広がっている。砂漠に出た五人は僕の飛翔運搬魔法マフレイトに乗り、なるべく人目につかないよう、低空飛行で南を目指す。


 聞くところによると〝ほうおうこくリーゼルタ〟は、国内で最も魔力の強い女性が王となり、代々の治世をになっているのだそうだ。


 しかしながら特段にひいでた術士が男性の場合は臨機応変に、その者を王座に就かせることもあるらしい。また、個人が玉座に居られる期間はわずか数年単位となっており、ほぼ三年も王位に就けば、誰もが自主的な退位を行なうとのこと。


 現在の女王も退位を希望していたところ、魔王リーランドの誕生によって治世を継続せざるを得なくなった。――そんな話を聞きながら、僕は黄金色の大地を駆けた。


             *


「ふっ、どうやら辿たどいたようだ」


 ランベルトスからはるか南方、砂漠エルフの拠点近くまで差しかかったあたりにて、カイゼルが上方を指さした。そちらへ視線を向けてみると、巨大な球体に包まれた、〝大地そのもの〟が空中に浮いていた。


「がっはっは! いつ見てもブッたまげちまうな! 俺らドワーフの技術でも、こんなデケェ岩を浮かせることはできねぇ!」


 浮遊した大地の上にはアルティリア王都で見かけるような巨大な城や、鮮やかな家々といった建造物が建ち並んでいる。そのさまは、まさに物語に登場するような魔法の国。さながら〝浮遊大陸〟といったところか。


「すごい……」


 僕の口からはシンプルな、かんたんの言葉がれる。


 かつて現実世界の人類は高い科学技術によって、数々の奇跡を再現してきた歴史があるが。このように切り取った陸地を浮遊させるようなことは、ついに実現することは出来なかった。



うむ。入国の許可が出た。アインスよ、高度を上昇させようぞ」


 ここが本当に異世界なのだと――。

 そして守るべき世界であると、改めて僕は確信した。


 僕はエピファネスの指示に従って飛翔運搬魔法マフレイトの高度を上げ、巨大な球体の中へと侵入した。

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