第47話 懐かしき顔ぶれ

 魔王リーランドをち、世界に平和を取り戻す。


 そう勇んでエレナの元から旅立ったものの、僕はアルティリアでミチアとしたことで、しばらく教会に身を置くことになってしまった。


 しかしながら、アレフから聞いた〝作戦会議〟の日までは時間がある。僕はソアラと共に孤児院の運営を手伝いつつ、ランベルトスにて情報を集めることにした。



《……目標地点、設定完了。現在地・拠点アルファ。目標・拠点ベータ。転送プロトコル準備完了。転送を開始します……》


 朝食作りと簡単な護身術の指導。孤児院にて朝の職務を済ませた僕は、アルティリアの転送装置テレポータを使い、南の自由都市ランベルトスへと移動する。


 幸い〝前回の登録〟を引き継ぐことができたおかげで、街の往来を瞬時に行なうことができる。最悪にも犯罪者となり、バッドエンドを迎えてしまった前回の侵入ダイブではあったが、得られたは思いのほかに多かった。


 今度こそは道を踏み外すことなく、世界を救ってみせる。僕は目元にグッと力を込め、討伐隊が集まっているという、南の野営地へと歩みを進めた。



             *



 街で集めた情報によると、討伐隊を指揮しているのはアルトリウス王子らしい。今回の世界では初対面となる彼だが、上手く交渉することが出来れば、僕も作戦会議に同行させてもらえるかもしれない。


「なんだ? 王子の知り合いだと? ふむ、それなりに腕は立つようだな。入れ」


 野営地の見張りをしていた男に王子へのえっけんを申請すると、彼は僕の全身をながめ、奥へ通してもらうことができた。


 熟練の戦士というものは、見ただけで相手の実力を判別できると聞いたことはあるが。農園で事前に鍛錬を積んでおいたことが、こうそうした形となった。



 響くけんげきと、有機的な汗のにおい。どこか懐かしい気分にさせられつつ、僕はあかちゃけた野営地に建つ、大きな天幕テントを目指して進む。ここはまぎれもなく〝ようへい〟の世界にて、僕が戦友たちと過ごした場所だ。


「失礼します。僕はアインスと申します。アルトリウス王子を訪ねてまいりました」


 僕は天幕の入口をくぐり、開口一番にあいさつをする。


 目の前のながテーブルにはアルトリウス王子の他、カイゼルとドレッドの顔も見える。しかし、そこにヴァルナスの存在は無く、代わりに若いエルフの姿があった。


 彼らの顔を見たたん、言い知れぬ気持ちに思わず僕の視界がうるむ。すると入口で立ち尽くしている僕を見て、ドレッドがひげモジャの口を開いた。



「んぁ? なんだぁ? あんちゃん、こんな時に遊びに来たってのか? へへっ。まぁ突っ立ってねぇで、こっちで一杯やろうぜ!」


「はい。ありがとうございます、ドレッドさん」


 そう返答した僕に対し、カイゼルがチラリと視線を向ける。彼から何かを察したのか、アルトリウス王子も小さくうなずいてみせた。


「ようこそ、アインスさん。私はアルティリア王国の第一王子、アルトリウス・アルファリスです。――しかしながら、どうやら我々のことをぞんのようですね?」


「はい。僕は旅人です。実は僕は皆さんと共に、戦火に身を投じた経験があります。……リーランドさんや、ヴァルナスさんも一緒に」


 ここでうそをついても仕方がない。僕は話を円滑に進めるためにも、これまでの経験を四人に話すことにした。彼らにとってはとっぴょうもない話ではあるが、ドレッド以外の三人は、冷静に耳を傾けてくれている。



「なーるほどな! それが旅人ってやつか! へっへっ! 本物を見るのは初めてだがよ、見知らぬ戦友ってのも悪かねぇな!」


「ああ。彼の話に大きな相違点は無い――。ふっ、〝別世界の我々〟が認めた人物ならば、我々も信じないわけにはいくまい?」


「そうですね。我がアルティリアの建国王・アルファリスも、いにしえの旅人の血を引いていたとされています。私も、あなたを信頼いたしましょう」


 三人は歓迎の意を示しながら、僕に向かって右手を伸ばす。僕は涙がこぼれそうになるのをこらえ、彼らのたくましい手を握り返した。



 そんな中、ずっと沈黙を保っていたエルフの男性が立ち上がり、にこやかな顔で右手を差し出した。やや赤みがかった肌につややかな黒髪と、切れ長の眼が美しい。あまりエルフ族を見かけたことはない僕にも、彼が〝砂漠エルフ〟であることがわかる。


「歓迎する。異世界からの来訪者よ。が名はエピファネス。誇り高きマナリザートどもの、大族長代理を務めし者」


 マナリザートとうのは、砂漠エルフを指す正式名称のようだ。僕がエピファネスの手を取ると、彼は静かに左手を重ねてきた。


「大族長代理……。じゃあ、あなたはファランギスさんのご子息?」


いやと先代との間に、血の連なりは無い。ひっぱくした現状が終息し次第、しかるべき族長会議により、正当なる後継が決まるであろう」


 いわゆる民主主義というやつか。彼ら砂漠エルフらのちょうは、世襲されるわけではないらしい。今は戦後の有事ということで、このエピファネスがざんていてきに、砂漠エルフらの代表を務めているようだ。


 アルトリウス王子は言わずもがな――。ドレッドはドワーフの王族であり、カイゼルもネーデルタールの貴族だったはずだ。


 そんな彼らと砂漠エルフたちとの共闘。新たなる共通敵を前に、長らく敵対していた相手と手を取り合う。それほどまでに魔王の力は強大なのか。それともを可能に出来ることが、人類としての強みなのか。


             *


 互いの自己紹介を済ませ、僕はを訪れた理由を話した。


 魔王を討つこともそうだが、僕は真の意味で世界を救わなければならない。そのための知恵を借りるため、僕は〝しんじゅさとエンブロシア〟を目指す必要がある。


「なるほど。エンブロシアへ渡るため、作戦会議に参加したいと。確かに魔法王国リーゼルタは、エンブロシアとの交流を持つ唯一の国です」


「はい。厚かましいとは思いますが、どうかお願いできないかと」


「うぃーっく! いいんじゃねぇかぁ? エンブロシアに入れるかどうかはわからねぇが、会議ならいくらでも俺の席を譲ってやるぜ!」


 ドレッドの脳天気な言葉に、カイゼルが「ふっ」と息をらす。


「むしろエンブロシアに渡るのならば、動ける時間が必要だろう」


「ふふ、そうですね。――わかりました、アインスさん。会議の際には私の護衛として、あなたを同行させましょう」


 持つべきものは戦友ともか。彼らにとっては初対面にもかかわらず、僕の願いをぐに聞き入れてくれた。


 僕は再びかんきわまり、頭を下げながら礼を述べる。


「がはは! 礼を言うのはこっちだぜ! どうにか切り札を探そうにも、俺らは防衛で手一杯でよ。まさに勇者サマの到来ってやつだ!」


うむ。それにエンブロシアのルゥランならば、〝勇者の剣〟の在処ありかを存じているであろう。彼奴きゃつもアルトリウス王子と同様に、古代人エインシャントに連なる者ゆえ」


 かつて人知を超えた力を振るい、世界を欲しいままにしたいにしえてんせいしゃたち。そんなふるき侵略者たちのことを、エピファネスらは〝古代人エインシャント〟と呼称しているようだ。



「勇者の剣って、まさか〝光の聖剣バルドリオン〟のことですか?」


よう。聖剣はだいきょうしゅミルセリアより、ルゥランの元へ託された。そしてつるぎは〝ダム・ア・ブイ〟へとかえされ、今やを知る者はルゥランのみ」


 原初の地、ダム・ア・ブイ。その特徴的な名は、例の〝薄汚れた薄い本〟にも出てきたものだ。その物語の中において、かつて〝勇者〟はその地に至り、異世界への大穴を封印したことになっている。


 やはり〝あの本〟の内容は、正しい歴史を書き記していたものだったのか。あの勇者の正体や、その後のミストリアスが辿たどった未来。それらを照らし合わせると、そう考えざるを得ない。


『ねぇ、ミストリア。もしもが、世界の存続を望むとしたら……』


 かつて僕が言った言葉。その返答がなのだとすると、僕はなんとしても行かねばならない。



「僕はエンブロシアで大長老ルゥランに会い、必ず聖剣を手に入れます。どうか力を貸してください」


「ええ、もちろん。それにドレッドが言った通り、アインスさんは我々の希望――まさしく勇者となるに相応ふさわしい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


くだんの作戦会議は、四日後に開催される。――だがルゥランは、厳格にして冷酷なる男なり。刃を交える可能性も捨てきれぬ。くれぐれも油断なきように」


 カレンダーを確認すると、本日は光のがみが〝十七〟の数を指している。つまり運命の日は〝二十一〟の日。それまでに少しでも力をつけ、万全の状態でのぞまなければ。


 明確な日付と目標が定まったことで、アインスの身にもより一層の力がもる。


 この世界を救うために。

 たとえどんな運命が待ち受けていようとも、僕は立ち止まるわけにはいかない。



             *



 戦友との再会を果たした僕は転送装置テレポータを使い、アルティリアの王都へと戻る。すでに空は夕暮れと化しており、周囲の家々からはかぐわしい料理の匂いが漂ってくる。


「おかえり、アインスお兄ちゃん」


 僕が孤児院の門に近づくや、ミチアが笑顔で駆け寄ってきた。彼女は前回の世界と同様に、子供用の真新しい法衣ローブと可愛らしい髪飾りを身に着けている。



「ただいま、ミチア。いい子にしてたかな?」


「うん。今日のお夕飯、友達と一緒に作ったよ。お兄ちゃんも一緒に食べよう?」


「もちろん。ふふ、とても楽しみだ」


 この新たなる平穏を味わえるのも、あと四日。しかし愛しいミチアや子供たち、みんなの笑顔を守るためにも、再び僕は旅立たなければならない。


 だが。どうか。今だけは――。

 もう少しだけ、この幸せを味わっていたい。


 僕は小さなミチアに手を引かれながら、孤児院の中へと入っていった。

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