第46話 待ちわびた再会

 ミストリアスで過ごす七日目。

 僕は魔王リーランドを討伐すべく、暮らし慣れた農園を旅立った。


 エレナやゼニスさんには、心強い〝アルティリア戦士団〟の仲間が警備についてくれる。僕も勇者とるべく旅に出て、すべきことを為さねばならない。


 ◇ ◇ ◇


 農園を出発した僕は、東の林を一気に駆け抜け、アルティリア王都へ辿たどいた。すっかり息を切らした僕は、一直線にふんすいひろへと向かう。酒場へ向かっても良かったのだが、ここで飲む水が冷たくてい。


「……ふぅ。生き返った」


 泉に溜まった水――もといバルド・ダンディは、今日もみきっている。せいれいせきから生み出された水ということで、魔術的な浄化作用が働いているのかもしれない。


 ふと気づくと僕の右隣で、同じく水をすくっている、小さな女の子の姿が目に入った。彼女はボロボロの衣服を身に着けており、緑色の髪が汚れでクシャクシャに固まっている。


 ――間違いない。この子はミチアだ。


 ずっと探していたミチアにえた喜びで、僕は思わず声をげそうになる。しかし僕に気づいた彼女は、おびえた様子であとずさった。


 そうだった。ここでミチアを驚かせてはいけない。

 僕は再び手で水を掬い、それを自身の口へと運んだ。


「美味しいよね。この水。なんだか魔法の味がする」


「……うん」


 魔法の水とは、ミチア自身が言っていた言葉だ。それで彼女は警戒をゆるめてくれたのか、再び泉の前に腰を下ろした。



「あっ、そうだ。ここにパンがあるんだけど、僕ひとりじゃ食べきれなくてさ。一緒に食べてくれない?」


 僕はマントの裏にるされた、たてながのバスケットをミチアに見せる。すると彼女はわずかな戸惑いの後、ゆっくりとうなずいてくれた。


「ありがとう。僕の名前はアインスっていうんだ。お名前をいてもいいかな?」


「……ミチア」


「よろしくね、ミチア。それじゃ、そこのベンチで食べよっか」


 野菜の出荷で街を訪れた際、教会や孤児院に通っていたがあった。僕はソアラや子供たちと仲良くなり、小さな子の扱い方を学ばせてもらったのだ。



 ミチアを白いベンチに誘い、二人並んで腰を下ろす。今日の広場もいつものようにかんさんとしており、くつろぐ人々の姿は無い。


 僕はバスケットをひざに載せ、側面に付いた留め具を外す。中にはほうくるまれた、〝勇者サンド〟が三つも入っていた。


「はい、どうぞ。僕の友達が作ってくれた〝勇者サンド〟だよ。僕の大好物なんだ」


「うん……。いただきます……」


 食物を受け取ったミチアは魔法紙のつつみを丁寧にがし、小さな口で少しかじる。


 孤児院で暮らす子供の中でも、ここまでぎょうの良い孤児には会ったことがない。これまで〝ようへい〟の世界と〝犯罪者〟の世界でミチアの姿を見てきたが、なぜ彼女はいずれの平行世界でも、こうした環境に置かれているのだろうか。


「おいしい……」


 そうつぶやいたミチアにほほみ、僕も勇者サンドを口に運ぶ。甘辛く味付けされた野菜のうまが早くもきょうしゅうを誘ってくるが、僕はさきほど農園を旅立ったばかり。いつまでも恋しがってはいけないのだ。



「泣いてるの……?」


「えっ?」


 気づくとミチアが心配そうに、僕の顔を見上げている。どうやら僕の眼からは、いつの間にか涙がこぼれていたらしい。


「ありがとう、大丈夫さ。僕はもっともっと強くならなきゃいけないからね。――そうだ、これ。もう一つ食べるかい?」


「半分だけ……」


「わかった。それじゃ僕と半分ずつ食べよう」


 僕は最後の勇者サンドを取り出し、それを半分に割る。そして片側をミチアに差し出し、二人で一緒に平らげた。



 食事を終えた僕はバスケットをポーチにい、ミチアに孤児院の話を持ちかける。僕は戦地へおもむく以上、まずはに送り届けることが、彼女にとって最善だ。


 前回の世界と同様に、ミチアは迷う様子を見せたものの、最後は僕の説得に応じ、小さく頷いてくれた。


「それじゃ、行こうか」


 僕はミチアと手を繋ぎ、通い慣れた教会へと向かう。


 あらかじめ、クリムトしん使やソアラにはミチアの存在を伝えてあるため、いつでも孤児院へ連れていくことができる。



 ◇ ◇ ◇



 噴水広場から街の南西方面へと移動し、僕らは孤児院に到着した。


 歴史ある教会の敷地内、聖なるまもりの施された鉄柵の中からは、子供たちの元気な声が聞こえてくる。


 するとミチアを連れた僕を見るなり、一人の男児が駆け寄ってきた。


「なーんだアインス兄ちゃんか! それイイ服じゃん!――ん? そいつ誰だ?」


 彼はぼっけんを手に持っており、ミチアをきょうしんしんながめている。


「こんにちは、ククタ。この子はミチア、新しい友達だよ。ソアラ先生を呼んできてくれるかい?」


「いいぜー! おれに任せとけ!」


 ククタ少年はアルティリア制式の敬礼を決め、猛然と建物の方へと走り去ってゆく。前回の世界ではククタに嫌われた僕だったが、今回は孤児院ここへ通いつめていたこともあり、彼とも友情を築けていた。


「さっきの男の子はククタ。元気で良い子だよ。仲良くしてあげてね」


「うん……」


 ソアラを待っている間、僕はミチアに孤児院の軽い説明をする。


 ここでは子供たちに簡単な学問や労働の基礎知識を与えており、学校という施設に似た役割を担っている。この安全な場所で知識と技能を身につけ、やがて成長した孤児たちは院を巣立ち、自立した生活を送ることが可能となるというシステムだ。



 やがて奥の建物からソアラとククタが現れ、こちらへと走り寄ってきた。ソアラはククタに手を引っ張られ、前方に転びかけている。


「こんにちは、アインスさん。あら、その子が新しい友達ね?」


「はい、ソアラ先生。――この子がミチアです。よろしくお願いします」


 僕がミチアの紹介をすると、彼女はボロボロのスカートのすそつまみ、丁寧なをしてみせた。


「ようこそ、ミチアちゃん! お腹はいてないかしら?」


「大丈夫……」


「ちゃんと食べたのね、よかった。それじゃ、こちらへどうぞ。お風呂に入って新しい服に着替えれば、もっと可愛くなれますからねっ」


 ミチアはソアラに連れられながら、孤児たちの居住施設へと入っていった。


 これでどうにか一安心だ。最後の心残りだったミチアも、無事に保護することができた。彼女も新しい服に着替えれば、前回のような笑顔を見せてくれるだろう。



「なー、アインス兄ちゃん! 今日も特訓に付き合ってくれよ!」


 ミチアを見送った僕を見上げながら、ククタが僕のマントをグイグイと引っ張る。彼は魔物に対抗すべく、日々戦闘訓練にいそしんでいるようだ。


「ああ、もちろん。でもその前に、しん使さまにあいさつしてくるよ」


「へへっ、やったぜ! そんじゃ訓練所で待ってるから、早く来てくれよな!」


 ククタは木剣を振り回しながら、奥の敷地へと入ってゆく。勇ましい彼の背中をり、僕は礼拝堂の中に向かう。


 ◇ ◇ ◇


 今日中にランベルトスへ入るつもりだったのだが、ミチアと再会できたことで、大きく予定が狂ってしまった。しかし、まだ〝例の作戦会議〟の日までは時間がある。せめて彼女の笑顔を見届けてから、心置きなく出発することにしよう。


 しかし、そんな決意とは裏腹に。


 僕はミチアや子供たちに後ろ髪を引かれ、しばらく孤児院に滞在することになってしまったのだった――。

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