第44話 次代へと受け継がれしもの
かつてミストリアスは様々な異世界から、幅広く旅人を受け入れていた。
〝剣も魔法も自由自在! この世界では何にでもなれる〟
それが異世界体験プログラム〝ミストリアンクエスト〟のキャッチコピーだった。
多くの旅人らは自身の知識を生かし、画期的な技術や新たな魔法を生み出した。言語・料理・学問や思想。旅人らが自由を
ミストリアスは旅人と手を取り合うことで、大いなる発展を続けていた。
『もちろん、時には〝招かれざる客〟も訪れます。時には〝自由〟の意味を
僕が持っていた〝薄い本〟に目を通しながら、アレフは悲しげな顔をみせる。
誰もが
しかしそんな旅人とて、規定された日数を経過すれば〝霧〟となって消え去ってしまう。たとえ悪意ある旅人が紛れ込んだとしても、数十日の間だけ我慢すれば良い。――いや、ミストリアスの住民には、そうする以外の選択肢は無い。
旅人を受け入れ、旅人と共に進化を続けること。それが偉大なる古き神々からミストリアスに課せられた、〝
『しかし、悪い転機が訪れました。いくら年月を経過しても消滅することのない旅人、すなわち〝
ちょうど〝薄い本〟の、主な舞台となっていた時代。
世界情勢が分断と
もちろん、
なかでも無条件で旅人を受け入れていたミストリアスは、特に大きな被害を
『多くの血が流れ、多くの国が消え、転世者たちによる独裁国家が乱立しました。そして、それらは互いに戦争を始め、さらに多くの血と涙が流されたのです』
このような地獄は千年以上に渡って続き、もはや混乱が収まらぬと判断した〝偉大なる古き神々〟は、ついにミストリアスの〝終了〟を決定した――。
しかし、そこで〝待った〟を掛けたのが、後の〝
『ミストリアさまは新たな
ミストリアは、かつて自身が使っていた武具の
ところが〝虹の鎧レストメイル〟だけは複製に失敗し、〝
『それでも無敵の神殿騎士団と聖なる武具の活躍により、転世者らは瞬く間に討伐されてゆきました。異世界の法によって
*
それからのミストリアスは安定を取り戻し――アルティリア、ネーデルタール、リーゼルタといった、現在まで続く国家も多く誕生することとなった。
『その後、これらの国家には〝はじまりの遺跡〟が設置され、聖職者どもが配置されました。旅人さまを
はじまりの遺跡は、いわば転世者らの
思えばアレフは神殿騎士と同じ〝神の眼〟を持っている。それならば
『アレフさんの前で罪を犯さなくてよかったです』
『ふふ、ご安心を。我ら〝
しかしミストリアスの治安と運営が安定化する一方で、旅人や転世者らの来訪は減少の一途を
これは僕の現実世界における、世界統一政府の対策による影響も大きいだろう。これまで最も多くの転世者を生み出してきたのは、他ならぬ
『転世者が居なくなったから、財団――いえ、神々はミストリアスの終了を?』
『理由の一つではあるのでしょう。しかし神々とミストリアさまとの間で、どのような契約が交わされたのかは定かではありません』
『なにか、こう……。終了を回避する、抜け道みたいなものは無いんでしょうか?』
僕の言葉に、アレフは静かに
方法は無い。もしくは知っていたとしても話すことができないのだろう。
――神の眼を
迷宮監獄の男は、そう言っていた。
それならば神の眼を持つアレフもまた、その弱点を知っているのではないか?
『アレフさんにも、見えないものはあるんですか?』
『たくさんあると思いますよ。しかし見えるものが多すぎて、具体的に何が見えていないのかまでは。――さきほどの〝汚れた本〟を見た瞬間などは、記された文章以上の情報が流れ込んでまいりましたから』
アレフの
見えるものが多すぎる。これが切り札となるのだろうか。
『そうですね……。たとえば〝
『えっ。それじゃあ、会話を
『はい。――しかし私には、極めて標準的な〝耳〟もございます。それは神々とて同じでしょう』
考えてみれば当然か。しかし、それならば――。
いったい〝なにを〟欺けというのだろう。
これが僕が資料と歴史書と
しかし、今は
*
僕は〝はじまりの遺跡〟から帰還し、エレナの家へと辿り着いた。
出発したのは朝だというのに、すでに
「ただいま。遅くなってごめん」
僕はリビングのソファに座り、
明日、僕は旅に出る。
それを彼女に伝えなくてはいけない。
「おかえりっ! どうだった? なにか良い情報はあった?」
「あっ。やっぱり
「うん……。だってこのままだとアインスが――ううん、わたしが別れるのが
そう小声で言いながら、エレナは僕から顔を伏せる。
彼女の手元の縫い針が、小刻みな振動を続けている。
彼女はとっくに気づいていたのだ。僕が
「ごめん、気を
僕が口にした瞬間、エレナがビクリと
「ほんとにっ? よかったぁ! 実はアインスのために、
エレナは嬉しそうに言い、手にしていた〝服〟を僕に見せる。
それは一見して上等な品質だと判別できる、青色の戦闘服だった。
「これ、お父さんの形見でねっ。アインスと体型が似てたみたいだから、ちょっと直せば使えるかなって。ほらっ、わたしには〝槍〟があるし、使ってほしいなって!」
いま僕が着ている服は初日にワーウルフに切り裂かれため、エレナに縫い直してもらったものだ。穴が
僕が返答しかねていると、奥の部屋からゼニスさんが、杖をつきながら現れた。
「ほっほっ! ついに旅立ちか! ほれ、
ゼニスさんは得意げに言い、無骨な片刃剣を
「あっ……、ありがとうございます。ゼニスさん」
「はいっ、アインス! わたしのもっ! 頑張って
僕はエレナから青い戦闘服を受け取り、さらに赤いマントも渡される。両手を
「今夜は
「うん、ありがとう。……本当にありがとう、エレナ。ゼニスさん……」
「アインスさんよ、まだ一日残っておるぞ? ほれ、勇者になる前に、農夫としての
二人に深々と頭を下げ、僕はポーチにプレゼントを
これは明日の旅立ちの前に、しっかりと身に着けるとしよう。
そして、僕は最後の野良仕事に向かうべく、
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