第43話 メッセージ

 畑仕事と街への出荷。その合間に魔物を狩る。こうして農園で過ごす日々は続き、僕は畑に街に林に森にと、せわしなく駆けずり回っていた。


 アルティリア戦士団からせんを学び、ゼニスさんから魔法の制御を教わる。空いた時間には本を読み、知識をに集積する。その厳しいながらも満たされた日々に、僕は小さな幸せすら感じていた。



 街では教会へ通い、この世界のミチアを探す。いまだ彼女とはえないが、市場で聞いた限りでは、時おり姿を見かけることはあるようだ。


 少なくとも、ミチアは生きている。僕は店主らにお金を渡し『彼女を見かけた際には食べ物を譲ってあげてほしい』と願い出た。しかし店主かれらによると、ミチアらしき小さな子供は『声をけたたんに逃げ去ってしまう』とのことだった。



 こうした日々は三日に渡り、ミストリアスで過ごす六日目の朝。僕はいつものようにあさたくを済ませ、いつものように寝室から出た――。



             *



「おはよう、アインスっ!」


「おはようエレナ。今日もしそうだね」


 僕はテーブルに着き、いつもの朝食をそうになる。こうしてエレナの手料理を味わうことができるのは、毎日の大きな喜びなのだ。


 食事を終えた僕は食器を片付け、出荷のために外へ向かおうとする――が、そこでエレナに呼び止められたため、僕は台所まで引き返した。



「ごめんね、今日はお願いしたいことがあって。この野菜を〝はじまりの遺跡〟のアレフさんに届けてほしいの」


「え? そうか、エレナもアレフさんと知り合いだったんだ」


 エレナの足元にはカブやニンジンなどがわされた、あさぶくろが置かれている。思えば遺跡あそこで出されていた料理には、この農園の野菜が使われていた。


「うん。いつもは市場から届けてもらうんだけど、市場むこうも大変な状態だし。だからアインスに、直接持ってってもらおうかなって」


「わかった。僕も彼にはきたいことがあったし、喜んで引き受けるよ」


 エレナは小さく「よかった……」とつぶやき、麻袋を僕にたくす。


 袋はと重く、両腕でかかえなければ持ち運べない。僕はエレナにドアを開けてもらい、あさの降り注ぐ屋外へ出た。


             *


 暖かい陽射しと生命力のあふれるにおい。しかしその中にも鼻をくような、あたかも鼻から液体を吸い込んだ時のような、ただならぬ不快感がまとってくる。


 魔王をとうばつしない限り、美しいミストリアスは戻ってこない。


 そろそろ旅に出なければ。

 そうした気持ちは常にあるが、まだ決定的な〝なにか〟が足りないのだ。



「それじゃ、行ってくるよ」


「うんっ。いってらっしゃい」


 僕はエレナから距離を取り、飛翔運搬魔法マフレイトの呪文を唱える。


 魔法は問題なく発動し――風の結界をまとった僕は空へとがり、真っ直ぐに北東へ向けて飛行する。


 当初は苦労したマフレイトも、こうして難なく扱えるようになった。これはゼニスさんの手ほどきのおかげで、魔力による魔力素マナの制御方法や、呪文と魔法への理解が進んだことが、大きな成果とえるだろう。



             *



 眼下にくずれたかくすいとらえ、地上へと降下する。そして僕は重い麻袋を抱えたまま、はじまりの遺跡へと入っていった。


 確か入口から最も近い右側の部屋が、ダイニングルームになっていたはずだ。まずはそこで荷物を下ろし、アレフを探すことにしよう。僕はひざと左腕で麻袋を支え、右側の扉を開いた。


 部屋には誰もらず、わずかにスープの香りがするのみだ。僕は壁際に荷物をけ、軽く全身の筋肉をほぐす。


「さて、アレフさんを探さないと。まずはかな」


 僕は入口通路に戻り、遺跡の奥・右手方向の大広間に視線をる。


 大広間そちらではこれまでの平行世界と同様に、水晶クリスタルいただいた構造物オブジェクト・ワールドポータルが輝きと存在感を放っている。


 僕は石柱の並ぶ通路を進み、ワールドポータルの前で停止した。



 に〝異世界への扉〟なんて大層な名前が付けられているということは、なんらかの仕掛けがほどこされてはいるのだろうが――。


 操作デバイスらしきものは、石造りの台座と円形のくぼみのみ。石という素材を除けば、かつて現実むこうで使われていたという、前世紀のコンピュータに見えなくもない。


「結局、には呼ばれなかったな」


 これまで僕は〝アインス〟として、四度もミストリアスへ降り立ったが。一度目はエレナの農園に、二度目は森林地帯に、三度目は小川の流れる国境に。そして四度目は、海に面したがけの上へと降ろされた。


 この〝はじまりの遺跡〟はわば、てんせいしゃたちの〝はじまりの場所〟であるはずなのに。なぜ僕だけは、いつも何も無い場所へと投げ出されてしまったのか。


『真世界の〝光の鍵〟を。どうか四つの〝はじまりの場所〟へ』


 夢の中で聞いた言葉が、今でも頭にこびり付いている。

 あれは本当に、ただの〝夢〟だったのだろうか?


             *


「おや? あなたはアインスさん。ようこそ、はじまりの遺跡へ」


 不意に僕の名を呼ぶ声がする。

 振り返ってみると、緑色の髪をした男、聖職者アレフが立っていた。


 僕はアレフにあいさつし、エレナの野菜を持ってきたことを告げる。すると彼は考えるような仕草の後、な様子でほほんでみせた。


「わざわざありがとうございます。今回は大切なかたにお会いできたのですね?」


「はい、おかげさまで。――あの、アレフさん。お訊きしたいことがあるのですが」


 アレフには訊きたいことがあった。以来、ずっと引っかかっていた不思議な夢。あの夢の中で、僕はだいきょうしゅミルセリアらしき少女を見た。聖職者であるアレフならば、それが示す意味を知っているかもしれない。


 僕は覚えている限り詳細に、〝夢〟の内容をアレフに話した。



「そうですか。ミルセリアさまの姿をぞんなのですね?」


「恥ずかしながら、きょっけいを下される直前に。少しだけ彼女を見ました」


「ではアインスさんが見たのは夢ではなく、〝せんたく〟である可能性が高いですね」


 宣託? つまりは財団――この世界でいうところの〝偉大なる古き神々〟から下されるという、命令や通達といったたぐいのものか。


 しかしが僕に下されたのだとしても、なぜ大教主の姿をしていたのだろう?


「その方は、おそらく大教主さまではありません。アインスさんに宣託を下された存在は、ミストリアさまだと思われます」


「あの銀髪の少女が、ミストリア?」


「はい。大教主さまは、ミストリアさまの〝神の器アバター〟とされております。そんな大教主さまに宣託を下せるは、偉大なる古き神々のみ。したがってアインスさんの意識にけんげんされた存在の正体は、ミストリアさまだと考えられます」


 あの大教主ミルセリアが、まさかミストリアの〝アバター〟だったとは。


 確かに、宣託を下すのはおかしい。なにより、その前提で考えてみれば、台詞せりふにも納得がいく。


             *


「じゃ……、じゃあ……。光の鍵や、四つの〝はじまりの場所〟というのは?」


「前者に心当たりはありませんが、後者は世界各地の、四ヶ所にる〝はじまりの遺跡〟だと思われますね」


 つまり〝はじまりの遺跡〟はだけでなく、他の場所にも在ったということか。アレフは僕にうなずきながら、さらに言葉を続ける。


「はじまりの遺跡はアルティリアの他――ネーデルタール王国や、ほうおうこくリーゼルタ、そしてしんじゅさとエンブロシアにもございます」


「では、その遺跡にも旅人が?」


「はい。しかしエンブロシアの〝はじまりの遺跡〟は、大長老ルゥランさまによって破壊されてしまったそうです。遺跡に滞在していた聖職者たちもすでに撤退しておりまして、我々も現状を把握できておりません」



 もしも、あの〝宣託〟が、ミストリアからのメッセージなら――。


『僕にミストリアスの終了をめる手段はある?――ねぇ、ミストリア。もしもが、世界の存続を望むとしたら、なにか僕に……』


『……エラーが発生いたしました。管理プロトコルに従い、接続を終了いたします』


 僕が接続エラーを起こしたあの時、ミストリアは〝なにか〟を伝えようとしていたのではないか? しかし〝神の眼〟の監視がある以上、言葉による伝達ができなかったのだとしたら?


 ――ミストリアからの宣託メッセージに従い、行動してみる価値はある。



 そうすると必然的に、〝リーゼルタ〟と〝エンブロシア〟には向かう必要がある。


 しかしリーゼルタはが世界各地を移動しており、異空間に存在するエンブロシアに入るには、唯一の交流を持つリーゼルタを経由する以外の方法は無いらしい。


 僕は淡い期待を込め、アレフにリーゼルタの位置をたずねてみる。

 すると彼からは、意外な回答が返ってきた。


「現在の位置は不明ですが。近々ランベルトス南の砂漠にて、対・魔王国ガルマニアへの作戦会議が開かれるとか。――そこにリーゼルタもとのことです」


「えっ!? それはごろに!?」


「正確な日時はとくされておりますが、おそらく七日以内には」


 これから七日以内ということは――。

 僕はポーチからカレンダーを出し、改めて日付を確かめる。


 今日は光のがみが〝十五〟を指している日だ。そうすると遅くとも〝二十二〟の日までには、魔法王国リーゼルタに行けるチャンスがくる。


 それまでに僕もランベルトスへ行き、作戦会議への参加を計らなくては。どのみち魔王を倒すのならば、前線との協力は必須となるだろう。



 ついに〝勇者〟としてのくべき道と、ミストリアス全体そのものを救う手がかりが見えた。僕はいの残らぬよう、その後もアレフに様々な質問を続ける。


 そして、充分な情報を得た僕は――。

 ある重大な決断と共に、はじまりの遺跡をあとにした。

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