第36話 バッドエンドを綴る者

 ミルセリア大神殿での裁きを受け、僕は極刑を受けた者が永遠に収容されるという、〝やみめいきゅうかんごく〟に送られた。


 周囲は薄汚れた石レンガによって形成され、そこかしこに壊れたてつごうがある。足元には不快な臭気を放つ水溜まりと、先客たちの白く朽ち果てた姿。


 闇の迷宮監獄という名前の割に、壁には多くのたいまつが設置されている。それらが放つ炎によって、これらの光景が不気味に照らしあげられていた。



 僕は身に着けていた剣を外し、なきがらの隣に腰を下ろす。ガースから受けた傷はいやされ、武器や道具を没収されていないところをみると、どうしてもこれが極刑だとは考えにくい。


 あるいは〝こうしたアイテムが有ったとしても、どうすることもできない〟という意味合いなのかもしれないが。


 それに、いくらミストリアスの秩序が保たれているとはいえ、この監獄に居るのが僕だけだというのも不自然だ。


 もしかするとこの空間は、あの〝地下酒場〟と同じく〝旅人専用の施設〟なのだろうか。酒場がのための施設ならば、こちらは悪質な旅人を罰するための収容施設。


「旅人……。いや、てんせいしゃか」


 アレフの話によると、かつて訪れていたてんせいしゃはミストリアスにとって、招かれざる存在だったとわれている。周囲に転がるおびただしいほどの亡骸たちが、問題を起こしたなのだとすれば、その話にも納得がいく。



「駄目だ。立ち止まってなんていられない」


 僕は罪を犯してしまったが、ここで諦めるわけにはいかない。


 すべてを諦めてしまうのは、現実世界だけで充分だ。あらがすべも手段もなく、徹底的に統制管理され、人間としてのアイデンティティも奪われた世界。あの世界に生きる僕はたっかんし、すでに未来をていかんしていた。


 しかし、このミストリアスは違う。まだ間に合うのだ。

 まだ抗える自由がある。抗うための方法があるはずだ。


 たとえ閉じ込められたとしても、できることは必ずある。

 僕は立ち上がると剣を取り、闇の迷宮内の探索を開始した。


 ◇ ◇ ◇


 壊れた鉄格子の中、迷宮内の独房を調べる。そこには床や壁や、持ち込んだであろう紙などに、様々な文字が刻まれていた。それらのほとんどは朽ちかけているが、僕は翻訳機能の助けもあり、そのいくつかを読み取ることができた。


 反面、僕はを読んでしまったことを、すぐに後悔することになった。


「これは、てんせいしゃのこした記録……?」


 記されていた文章は転世者によるものと思われる、犯罪記録の書き起こしだった。それもおそらくは転世者かれら自身の手によって、武勇伝が如く誇らしげに語りつづられている。


 その内容は様々ではあるが――興味本位での殺人に始まり、村や街、さらには国を滅ぼしたといったものや、多くの女性をはずかしめたと誇るものまで、実に不愉快な自慢話が記されている。


 さらには闇の迷宮監獄へ入りたいがために、わざと犯罪を行なったと暴露する者も。なかにはで子供を成そうと、相手を募る書き込みまでも散見された。


 なによりおぞましかったことは、その文体や言葉遣いから、これらの行為が嬉々として行なわれていたことが明白に感じ取れてしまったことだ。



「これが、アレフの言っていた……。転世者によって起こされた数々の悲劇……」


 文字には見慣れないものも混じっているが、僕の世界で使われている言葉が特に目立つ。つまりは僕の住む世界に、ミストリアスを荒らした者が居たというわけだ。


 僕は散らばった文書に目を走らせながら、ギリギリと奥歯を噛み鳴らした。


 一通りの資料を読みあさったあと、さらに僕は探索を続ける。

 すでに気分は最悪だが、ここで目を背けてはいけないのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 松明の炎が揺らめく中、どこまでも続く牢獄を進む。

 不思議と疲れや空腹を感じていないが、どれほどの時間が経ったのだろう。


 連続する独房内には白い亡骸と、紙片ばかりが散らばっている。


 その中に一つだけ、様々な日用品などの道具の並ぶ、まるで〝部屋〟のようなぼうが見つかった。


「まさか、誰かが住んでいる?」


 当然ながら、鉄格子の扉は壊れている。

 僕は不思議なぼうに入り、石を重ねて造られた、机の前まで移動した。



 机の上にはこれまでにも見た〝資料〟が積まれ、側には分厚い本が重ねられていた。本には〝記録 あー8〟などといった事務的なタイトルと、〝フィニル・イリアステア〟というサインが記されている。


 本の一冊を手に取り、軽くページをめくってみる。タイトルには〝記録〟とめいたれていたものの、中身は手書きの〝物語〟だった。


 僕は近くの瓦礫がれきに腰かけ、次々と文章を読み進める。これらの物語の題材は、そこら中に落ちていた資料から寄せ集められたようにも感じられる。



「おや、気に入ったかね? 最後は皆、痛い目をみるが。全部バッドエンドさ」


 不意に頭上から声が掛かり、僕はあわてて頭を上げる。そこにはフードをぶかかぶった、黒ずくめの人物が立っていた。声の調子から男であることはうかがえるが、薄暗さのせいか口元がわずかに覗けるのみだ。


「あっ、すみません。あの、ここの人――ですか?」


「まあ、そんなもんさ。ここに転世者がブチ込まれるなんて、いつぶりかね。あいにくここにゃ、時の流れもありゃしない。――死んじまえば別だがね」


 彼は「ヒヒヒ」と笑いながら、隣の独房をしてみせる。


「退屈なんだろう? 好きに過ごして、きたら死にな。戻れるからだがあんならね」


「じゃあ、あなたも別の世界から? 僕はアインスといいます。えっと、フィニルさん……で、いいんですよね?」


「すでに終わった身だ。好きに呼びな。――そうかい。おまえさん、その署名サインが読めたのかい。神々も使うとされる、クソ由緒ある言語を。ならば同郷だねぇ」


 フィニルはボロボロの歯を見せながら、再び不気味に笑ってみせる。言っている内容はよくわからないが、つまり彼は僕と同じ、あの世界から来たということか。



「あの、あなたはから監獄ここに?」


「さあね。戻りたくてもからだは無いし、ここに居続けるしかないのさ。異世界転生に憧れて、全接続したは良いものの――ウッカリちまって永遠におりん中さ」


 異世界転生という名目での自殺は、あちらの世界でも大きな問題となっている。世界統一政府からの通達にも、抜本的な対策が発表されるとあった。


「なに? 世界統一政府だって? ヒャヒャヒャ! あのクソ世界に相応ふさわしい、実に愚かで愉快な展開だ! 未来は陰謀論より奇なり――ってね!」


 フィニルは統一政府を知らない?

 つまりは旧世紀の人間だということか?


 いや、それよりも僕が気になったのは、〝全接続〟という単語だ。


「ああ。この世界に入るときに、ディスクと機械を使っただろう? 私の頃は、バカでかいカプセルだったけどね。アレのリミッタを解除するだけさ」


「えっ? それじゃ、元のからだは……」


「言っただろう? 戻れる肉体は無いって。おまえさんが未来人なら、私は化石になってるだろうね」


 フィニルいわく、全接続とは古い時代に流行した、記憶と人格――自己情報アイデンティティのすべてを侵入ダイブさせる〝異世界転生〟の方法らしい。彼の時代では多くの若者や中高年がこれを実行し、数多あまたの異世界へと旅立ったそうだ。



「私も色んな世界を救って回ったんだけどねぇ。魔王や神を倒したり。なかにはどうにもならずに世界ごと消えちまったり、そうかと思えば簡単に復活したり」


「世界が、復活? いったい、どうやって……」


「偉大なる創造主サマが決めたんだろうさ。創る、壊す、壊して創る。実にテキトーに、ゲームみたいな感覚でね」


 ゲーム感覚。それはミストリアスに来て以降、ずっと心に引っかかっていたことだ。それに〝サービス終了〟なんて言葉が加われば、本当にゲームだと錯覚しても不思議ではない。


「僕は許せません。そんな身勝手に世界を壊すなんて。ミストリアスにも終わりが近づいています。……どうしても僕は、この世界を守りたいんです」


「ほう? そうかい。この世界もか。――よし、それならぞの世界を救った経験者として、一つだけ助言をしてやろう」


「助言? 本当ですか?」


 フィニルはニヤリと口元を上げ、内緒話をするかのように、思わせぶりに右手をえる。彼の闇色のフードの中で、青い瞳がギラリと輝いた。



「……ああ、神の眼をあざむくんだ。奴らはすべてがえるからこそ、認識できないもんがある。ところでアインスってのは、本名かい?」


「いえ。現実世界むこうでの名は、うさやま ろうです。ウサギの山に、数字のシロウ」


「そうかい。バラしてもひとたりないね。まぁ、立派な名前があんのなら、たまには変えてみな?――ヒッヒッ、助言は以上だよ」


 いったいどういう意味なのだろう。


 僕は質問を続けてみたが、以降はのみだった。彼いわく「常に〝神の眼〟が監視しているから」とのことだが――これ以上は、僕自身が答えを見つけるしかないのだろう。


 とはいえ、フィニルの話のおかげで、貴重な情報を得ることができた。


 僕は彼に礼を言い、ポーチから紫色の〝毒薬〟を取り出す。僕は行かなければならない。もう一度はじめから旅を開始し、今度こそ正解のルートを見つけなければ。



「おや、くのかい?――ならせんべつとして、そこの本を全部くれてやるよ。幸い、書く時間はいくらでもあるからねぇ。また新たなネタで綴るとしよう」


「いいんですか? ありがとうございます」


「話し相手になってくれた礼さ。それに私だって、まだ終わりたくないからね」


 僕はいしづくえに積まれていた本をポーチにい、フィニルに深く頭を下げる。

 そして毒薬のびんふたを開け、中身を一気に飲み干した。


 その瞬間に視界がらぎ、僕の世界がグラグラと揺れて倒れる――。


「――頼んだよ。四郎」


 薄れゆく意識の中で目にしたのは、汚れてこけした床に横たわったまま、じっと僕を見上げている――金髪の少年アインスの最期の姿だった。




 犯罪者ルート:きょうまん/及ばざるもの 【終わり】

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