第21話 届かぬ誓い

 無事に初戦に勝利した夜、オアシスに設営されたテントにて。

 今後の作戦会議を終えた僕らは、軽めの食事をとっていた。


 戦場ということもあり、豪華な夕食には程遠いが――それでも現実世界むこうで出される管理食に比べれば、充分すぎるほどのそうといえる。


「カイゼルさんも、ガルマニアの人なんですか?」


 木箱と板を組み合わせたテーブルには、シンプルに焼き上げたピザが載せられている。カイゼルは等分に切り分けられたに手を伸ばしながら、僕の質問に簡潔に答える。


「いや。オレはガルマニアの東にある、ネーデルタールの出身だな」


 雄弁なドレッドやリーランドに比べ、いまだカイゼルの性格はつかみきれていないが、こうして話してみたところ、特に気難しいというわけではないようだ。


「ガルマニアとネーデルタールは同盟国でな。まぁ俺とカイゼルは、古くからの戦友ってヤツだ!」


 リーランドは言いながら、右手のカップを持ち上げてみせる。カイゼルも同意するかのように口角を上げ、「ふっ」と短く息をらした。


 僕も現実世界むこうでは、複数人のチームで植物の根と戦ってはいるけれど、少なくとも戦友と呼べるような、立派な関係とは言いがたい。


 作業の効率化と誰かが失敗した時の〝後始末〟をするために、監督官によってさくに組まされているだけにすぎないのだ。



 すでにアルトリウス王子は寝袋で横になっており、ドレッドは大の字になったまま、大きないびきをかいている。


 そしてヴァルナスは一切れのピザとさかずきを手に、早々にテントから出ていったまま戻っていない。


 僕は気分転換も兼ねて、彼を探しに外へ出ることにした。


 ◇ ◇ ◇


 空には満天の星々がきらめいており、見事なまんげつも浮かんでいる。

 このような血生臭い戦場であろうとも、やはりこの世界は美しい。


 昼間とは打って変わって砂漠は冷え込んでおり、現在の服装では肌寒い。周囲では支援部隊が夜間の警備に就いており、あちらこちらでかがりかれている。


 そんなオアシスの中央部。

 泉のほとりにて、すぐにヴァルナスの姿が見つかった。



「……レクシィ。俺は必ず、おまえの元へ帰ると誓う……」


 ヴァルナスはつきに向かって杯をかかげ、静かにゆっくりと中身を飲んでいる。そんな彼は僕の気配に気づき、殺意に満ちた視線をこちらへ向けた。


「あっ……。すみません、散歩をしていたら、ヴァルナスさんの姿が見えて」


 真紅の瞳に圧倒され、僕はこの場をどうにかす。


「……砂漠の夜は冷える。無駄に体力をしょうもうさせる前に、テントに戻っておけ」


「わかりました。……その、ヴァルナスさんは?」


「俺はぞくの血を引いている。普通の人類とは違う」


 マナリスターク――。いわゆるダークエルフという種族やつか。

 僕は脳内の取扱説明書から、該当のデータを参照する。


 彼らは〝エルフの長寿命と魔族のきょうじんな肉体を併せ持ち、両者の特長である魔力の高さをさらに増大させている〟とのことだ。


「いずれ俺の身も心も、魔の力によって支配される。そうなる前に、一人でも多くのエルフどもを、この手で叩き潰してやる。――俺が、俺自身でられるあいだにな」


 そう言い終えたヴァルナスは、右手の杯をおもむろにぎつぶす。鋭いつめてのひらに食い込み、彼のてのひらからは、真っ黒なしずくがポタポタと流れ落ちる。


 黒い滴は大地に落下するや、しょうと化してくうへ消えゆく――。


「ふん……。しゃべりすぎたな。もう戻れ」


「はい。おやすみなさい、ヴァルナスさん」


「ああ」


 僕はヴァルナスに頭を下げ、テントの方へときびすを返す。


 彼がエルフを憎む理由を詳しく知りたい気もするけれど。

 おそらく、それは僕が触れてはいけない領分なのだろう。



 テントに戻った僕は、用意された寝袋に入って眠りに就く。

 すでにヴァルナス以外の全員は、眠りの世界に入っていた。



 ◇ ◇ ◇



 翌日。ミストリアスへの二度目の侵入ダイブ、その七日目の朝。

 起床した僕らは点呼を終え、本日の作戦を開始する。


 僕ら突撃部隊は昨日と同様、砂漠の南端にある砂漠エルフの本拠地を強襲すべく、南へ一直線に進軍する。


「そぉら! どぉーん! アインスよぉ、バテんじゃねぇぞぉ!?」


「はい! 王子は絶対にまもります!」


「ああ。前線はオレたちに任せておけ。――斬り込むぞドレッド!」


 ドレッドは自らに守護魔法カレクトけ、勇敢に魔物の群れへと突っ込んでゆく。カイゼルは飛翔魔法フレイトの結界を身にまとい、風のごとじゅうおうじんに戦場を駆け抜ける。


「マフォルス――! まずは魔物の数を減らせ! 絶対に本陣を奪われるなよ!」


 リーランドは信号代わりに炎の攻撃魔法マフォルスを上空へ放ち、周囲の部隊へ指示を出す。そして自慢の大型剣を構え、次々と魔物を斬り伏せてゆく。


 僕とアルトリウス王子は魔法と弓で、迫りくる羽虫や矢の雨を迎撃する。ヴァルナスの姿は見えないが、おそらくは砂漠エルフたちを積極的に狙っているのだろう。



 ◇ ◇ ◇



 戦争の名にたがうことなく。

 激しい戦いに明け暮れる日々は続き、気づけば砂漠で七日を過ごした。


 ――そして、僕がミストリアスで迎える十四日目。


 ついに〝決戦の日〟がやってきた。

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