第20話 熱砂の戦い

 ――戦いが始まった。


 ランベルトスから南方へと進軍した僕ら傭兵団は、アルティリア王国軍およびガルマニア共和国軍と合流しつつ、徐々に砂漠を南下してゆく。


 相手は砂漠エルフたちの他、彼らの使役する〝サンドワーム〟と呼ばれる巨大なミミズ型の魔物が多く目立つ。そして空から飛来する〝デザートフライ〟という、トンボに似た羽虫の群れも非常に厄介だ。


「常に足元に気を配れ! 呑み込まれるぞ!」


「弓兵部隊はトンボを狙え! エルフどもの弓に気をつけろ!」


 それぞれの小隊長らは勇敢に指示を飛ばしながら、敵の猛攻をどうにかしのいでいる。しかし砂漠は相手のフィールドということもあり、戦況はややこちらが劣勢といった状況だ。


「まずは、あのオアシスを奪取するぞ! 一つ落とすごとに戦況は好転する!」


 リーランドは振り上げた剣で、前方に見える樹々を示す。


 僕個人にとっては憎らしい存在である〝樹木〟だが――この広大な砂漠地帯においては、文字通りの〝安息地オアシス〟に見えてしまうのだから、人間の感覚や価値観とは実に不思議なものだ。



「おらぁ! どぉーんってな! どうよぉ!? このパワーこそが正義だぜぇ?」


「まったく。砂が舞い上がってかなわんな。肝心な時に息切れするなよ?」


 さきほどからドレッドは巨大な斧を手に、砂地をへこませるほどの痛烈な一撃を放っている。そして相棒であるカイゼルは半円の鎌のような形状をした〝ショーテル〟という剣を両手に持ち、軽やかに戦場を駆け回っていた。


 このたいようが照りつける熱砂の中、彼らによって倒された魔物は〝しょう〟と呼ばれる黒い霧を噴き出しながら、次々ときらめくうかえってゆく。


 ◇ ◇ ◇


「アインス、大丈夫かい?」


「はい。どうか王子もお気をつけて」


「はは、君がまもってくれているからね。安心して攻撃に専念できるよ」


 アルトリウス王子は長弓ロングボウで矢を放ちながら、周囲の者たちをしている。僕は迫るサンドワームをミルポルの剣で斬り払い、風の魔法ヴィストで王子の援護射撃を行なう。


「これらの魔物のパターンはあくできましたけど。あとは――」


 僕は小隊から離れた位置にたたずんでいる、闇色の影へと視線を移す。


 その影――ヴァルナスは戦いが始まるや、別人のような積極さでエルフたちを次々と血祭りにあげていた。



「貴様っ!? 我ら同族を手に掛けるつもりか! この裏切り者め!」


「先に裏切ったのは……! 貴様らだ!」


「なぜ我らに剣を向ける!? 貴様とて、共に神樹の里エンブロシアを追われた身だろうが!」


「滅ぼすとも! 貴様らを根絶やしにした後に――いまいましい大長老ルゥランと、エンブロシアのすべてをな!」


 激しい憎悪の言葉と共に。闇をまとったヴァルナスは空中を舞い、ようしゃなくエルフらのからだたいけんを突き立ててゆく。その勇姿は、さながら〝魔王〟とでも呼ぶに相応ふさわしいほどの戦いぶりだ。


 ◇ ◇ ◇


「いいぞ! このオアシスを制圧し、きょてんを築く! 全軍、気を抜くな!」


「おうよ! へっへ、いくぜカイゼル! 野郎ども!」


「ふっ。言われずとも……!」


 リーランドに続き、僕ら突撃部隊は先陣を切り、オアシスへの総攻撃を開始する。


 しかし、オアシスの防衛に就いていたであろうエルフたちはすでに大半が亡き者となっており、のこされた魔物たちが暴走状態でおそかってくるのみだ。



「はっはぁ! ヴァルナスが派手にやってくれたみてぇだな!」


「あやつには、譲れんものがあるのだろうさ。――ぬんっ!」


 カイゼルはかんに空中のデザートフライに飛びかかり、両の刃で華麗に羽虫の群れを斬り刻んでゆく。


 対して――オアシスを拠点として利用するため――普段の豪快さを抑え、コンパクトに戦っていたドレッド。しかし彼の振りぬいた斧が勢いのままくうを裂き、そのまま一本の樹をたおしてしまった。


「おおっと! チッ、わりぃ。やっちまったぜ……」


 ドレッドは即座に倒木へ駆け寄ると、戦場にもかかわらずそれに向かって深々と頭を下げた。


「――エルフは死期を悟ると、自らの肉体を樹木へと変化させる〝じょうじゅ〟を行なうんです。おそらくは、このオアシスの樹々たちも」


 そう言ってアルトリウス王子は僕に解説し、自らも切り株へ向かって敬礼をしてみせる。僕もそれにならい、姿勢を正してこうべを垂れた。


 人類が植物へと姿を変える。その仕組み自体に、特に違和感はない。

 生物学的に見ればこうした〝植物〟も、〝動物〟という分類に属している。


 そう。植物やつらは生物として着々と継続的な進化を行ない、思考や能力もしっかりと持ち合わせている。それを失念し、植物の力をあなどり、奴らの繁栄に加担した末路こそが、向こうの世界という〝現実〟なのだ。


 ◇ ◇ ◇


 その後も戦いは順調に進み――。ついに僕らはオアシスに蔓延はびこっていた、魔物たちを全滅させることに成功した。


「支援部隊はキャンプの設営を急げ! 偵察部隊、両軍の状況はどうだ?」


 制圧を終えたリーランドは周囲を見回しながら、傭兵団員らに指示を出す。


「王国軍も西方のオアシスを一つ確保した模様! 共和国軍は現在交戦中とのことです!」


「わかった! クィントゥスらガルマニアの精鋭たちが敗れるとは思えんが、念のために救援を向かわせろ!」


 団長の言葉に従い、団員らはいっせいに行動を開始する。そして指揮を終えたリーランドは、ゆっくりと僕ら四人の方へと近づいてきた。



「王子よ、は無いか?」


「はい。アインスが護ってくれたおかげで、この通り」


 アルトリウス王子は言いながら、両腕を大きく広げてみせる。

 するとそんな彼に続き、ドレッドとカイゼルの二人も僕をめはじめた。


「へへっ! アインスのおかげで俺たちも、存分に前で暴れられたってモンだ」


「うむ。実に心強い」


「ははっ、そうか。よくやってくれたな、アインス!」


 自分では実感は無かったのだが、どうやら役に立てていたらしい。現実世界では失敗をとがめられることはあっても、このように成果をたたえられることはない。


 これが〝仲間〟というものか。僕は少々照れ臭い気分になりながら、いつしか自然と笑みをこぼしていた。


 ◇ ◇ ◇


「おっ? ヴァルナスの野郎も戻ったみてぇだな」


 ドレッドはオアシスの端を斧で示しながら、大きく左手を振ってみせる。


 そちらへ視線をやると、全身から真っ赤な液体をしたたらせたヴァルナスが、静かに近づいてくるのが見えた。


 僕は彼の様子がどことなく気になり、自然とそちらへ走り寄ってゆく。



「返り血だ。問題ない」


「はい、無事で良かったです。おかえりなさい」


「礼を言う」


 ヴァルナスはわずかに口元をゆるめ、四人の方へとゆっくりと進む。


 まだ戦いは始まったばかり。この戦争の光明は見えないが、まずは戦友全員が、この初戦を乗り切れたことを祝うべきなのだろう――。

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