第16話 サービス終了のお知らせ

 異世界から来た・ミルポルとの魔物退治を終え、アルティリア王都の酒場へと帰還した直後のこと。僕らが入店するやいなや、入口付近で待ち構えていたおおがらな男に、がいきなりからまれてしまった。


きみって本当ほんとしつっこいなぁ! ぼくは男だって言ってるでしょ!」


「あぁ? だから俺がベッドの上で、じっくりと確かめてやろうってんだよ」


 男はあからさまに下品な手つきで、両手をミルポルの方へと伸ばす。するとミルポルは大きくたんそくした後、不意にの方向を指さした。


「あー! あっちに可愛いようじょが!――ねぇ、お嬢ちゃん。どうしたのー?」


「なにっ!? おい、どこだっ――!?」


 男は興奮した様子で大きく首を振りながら、辺りをキョロキョロと見回しはじめた。そのすきをついてミルポルが僕の手を取り、僕らは地下階段へと走りだす――。


「おいっ! いねぇぞ!? クソッ、ミルポルめ! どこいきやがった!?」


「うるっせぇぞガース! ちったぁだまれ! こっちの酒もくなる!」


 階段の上からは、さっきの男らのごうや食器の割れる音などが響いてくる。

 なるほど。これはミルポルの指摘どおり〝ばん〟だと言われても仕方がない。


 ◇ ◇ ◇


「はぁー、疲れた。せっかく楽しかったのに、ガースのせいで台無しだよ」


 地下酒場へ入るなり、ミルポルはためいき混じりでテーブル席に着く。

 ここは旅人専用の異空間なのか、僕ら以外に人は居ない。


 さきほどの男はガースという名らしく、ミルポルがミストリアスへ来て以来、ずっと彼に付きまとわれていたらしい。そういった理由もあり、は一刻も早く、元の世界へ帰りたがっていたようだ。


「あいつのせいで十日の異世界生活のうち、半分以上は地下ここに引きこもってたよ。アインスが来てくれてよかったぁ」


「え、十日? 三十日じゃないの?」


「うん、ぼくは十日だけ! そういう契約内容サービスで送られたからねー」


 世界が変われば手段も変わるということか。


 僕が機械を使ったのとは異なり、ミルポルの場合は「魔法と儀式によって異世界ここへ来た」らしい。彼の世界には異世界転送者ワールドシフターという、異世界転送の専門職があるようだ。


 ◇ ◇ ◇


「さてっ! それじゃそろそろ、帰る準備でもしよっかな」


 ミルポルは元気よくから跳び降りると、自身のポーチや財布の中身をテーブルの上に並べはじめた。そこには愛用の大型剣となにかの本、そして数枚の銀貨などが混じっている。


「はいっ、あげる! 好きに使っていいよー」


「えっ? でも、のミルポルが帰ったあと、が困るんじゃ?」


「ぼくのからだは、ぼくだけのものだからねー。ちゃんとからいくよ!」


 そう言ってミルポルはポーチの中から、紫色の液体が入ったやくびんを取り出した。それには僕も見覚えがある。確か僕のポーチにも、最初から入っていたはずだ。


「これを飲むとアバターは消滅するんだって! だから遠慮なく持ってっちゃってよ」


 つまりは〝毒薬〟ということか。自ら命を断つことに、少し思うところはあるが。やはりミルポル自身の気持ちこそが、最も尊重されるべきだろう。


 僕はに礼を言い、テーブルの上のアイテム類を譲り受ける。



「ありがと! それじゃ最後に、キスでもしとく?」


「えっ……? いや、遠慮しとくけど……」


 丁重に申し出を断るや、は不服とばかりに僕の目の前へと身を乗りだす。


「ええー!? もう二度とえないのにー?」


「二度と、って……。運がよければ、また同じ平行世界ワールドになるかもだし」


 そう言った僕に対し、ミルポルは不思議そうに大きな桃色の眼をまたたかせた。


「あれっ? もうすぐ、この世界は消滅するって聞いたけど」


 ミルポルも聖職者アレフから、例の〝せんたく〟を聞かされたのだろうか。あの不穏な内容は、僕も心に引っかかったままだ。


「ううん。デキス・アウルラの異世界転送者ワールドシフターから聞いたの。もうじきミストリアスは消滅するから、転送サービスも終了するって」


「え……? そん……な……」


 この世界が――?

 ミストリアスが、消滅する……?


「ん? アインス、どしたの?」


 世界が〝滅ぶ〟と〝消滅する〟では、決定的な違いがある。

 前者は再起することは可能だが、後者の場合はどうにもならない。


 ニュアンスの違いという可能性も考えられるが、わざわざ別の世界の者が、あえて〝消滅〟なんて言葉を選ぶだろうか。それに自身らの、業務サービスを終了してまで……。


 ◇ ◇ ◇


 ぐちゃぐちゃになった思考を整理していると――。

 不意に僕のくちびるに、なにか柔らかいものが触れた。


 ふと眼前へしょうてんを合わせると、なぜか目をじたミルポルの顔がある。


「ん……。っと……。なにしてるの?」


「いやぁ。なんかぼんやりしてたから、記念に一発?」


 ミルポルは照れたように笑い、ポリポリと頭の後ろをく。


 そんな風にされると、変に意識をしてしまうのだけど……。

 きっとなりに、僕を元気づけてくれようとしたのだろう。


「あの、そういえばさ。……異世界転送者ワールドシフターだっけ? どういう人なの?」


「えっ? んー、なんか〝財団〟がどうとか言ってたような?」


「まさか、かいそうせいかんざいだん?」


「そう! それそれ! へぇ、アインスの世界ところにも居るんだー」


 いったい、どういうことだ?

 この謎の団体は、世界を越えて活動している?


 僕が再び思考に入ろうとしていると――。

 ミルポルの足元が、とつじょガクリとふらついた。



「あっ……。そろそろ時間っぽいや。――よいしょっと」


 そう言ってミルポルは僕のひざに、向かう合う形で跳び乗った。僕は反射的にの背中に手を回し、落ちないようにからだを支える。


 当たり前だがミルポルの肌の感触やにおいは、本物の少女そのものだ。


「へへっ、ありがと。最期は親友の腕の中でってもらいたいなーって!」


 縁起でもない話ではあるが、これから行なうのは実際にだ。

 僕が小さくうなずくと、ミルポルはびんふたを開けた。


「ねぇ、アインス。あきらめないでね? ぼくも最期まで、頑張ってみるから……」


「ん? ミルポル……?」


「じゃあね。どうかきみに、幸運を……!」


 そう言い終えると同時に――。

 ミルポルは僕の腕の中で、紫色の液体を飲み干した。


 直後、からだは白くまばゆい光を放ちはじめ、僕は耐えきれずに目をじる。


 そして次に目を開けた時――。

 ミルポルの姿は、完全に消えてしまっていた。


 ◇ ◇ ◇


 僕はテーブルの上にのこされた、大型剣に視線を向ける。

 それはかすみかったかのように、心なしかボヤけて見えた。


「ミルポル、短い間だったけど。――楽しかったよ」


 僕はこぶしで涙をぬぐい、友人の遺品を、ポーチの中へとい込む。この剣は僕には重すぎるが、いつか自在に扱えるようになってやりたい。


「諦めないで……、か……。そうだ、何か出来ることがあるはずだ」


 財団は〝世界〟の敵か味方か。その真意や目的は不明だが、わざわざ他の世界から旅人が送られていることには、何か意味や理由があるはずだ。


 まだ何もわからない以上、とにかく情報を集めなければ。

 そして、出来ることをやってみるしかない。


 この世界を救ってみせる――。

 僕は決意を新たにし、親愛なる友と過ごした〝地下酒場〟をあとにした。

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