第14話 導く者と不穏なる気配

 翌朝。この世界で迎える、二日めの朝。

 目覚めた僕は食事と宿の礼をするため、食堂として使われていた部屋へと向かう。


「おはようございます、旅人さま。朝食の準備ができておりますよ」


 しかし部屋に入るなり、昨夜の聖職者に朝食をすすめられてしまった。

 僕は重ねて彼女に礼を言い、パンとスープに口をつける。


「すみません。ただ立ち寄っただけなのに。何かお礼ができれば……」


「いいえ。これが私ども、ミルセリア大神殿の務めですので。少しでもミストリアスのことを記憶にとどめてくだされば、それで充分ございますわ」


 彼女は優しげにほほむと、部屋から退出してしまった。


 記憶に留める?

 この世界の聖職者とは、観光案内のような役割もになっているのだろうか。


 やがて僕が温かい食事をたんのうし終えると、アレフが食堂へやってきた。


 ◇ ◇ ◇


「おはようございます、アインスさん。王都へ向かわれるのでしたら、魔法でお送りいたしましょう」


 あまりにもいたれりくせりといった彼らの態度に、じゃっかんねんいだきながらも――せっかくの申し出に、僕は甘えてみることにする。


 今回はとにかく情報を集め、人々との交流を大切にしたい。


 この世界のことを知るために。

 そして、この世界へ真の意味で〝移住〟をするために。


「かしこまりました。外で待機しております。準備ができましたら、そちらへ」


 そう言ってアレフは、一足先に食堂から出ていった。

 特に準備も無いために、僕は一呼吸を置いた後、彼を追って屋外へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



 外には青空が広がっており、さわやかな風がそよいでいる。

 アレフは僕に気づくと、いつもの〝祈り〟のジェスチャをしてみせた。


「あなたは、救世主なのかもしれませんね」


「……へっ?」


 いきなり彼の口から出た言葉に、僕は間抜けな声で反応してしまう。


「今年、さいせい 三〇〇〇年となったおりだいきょうしゅミルセリアの元へ、一つのせんたくくだりました。『ミストリアスにしゅうえんの時が近づいている』と……」


 しんがたいことだが、アレフによると「およそ三十年以内に、このミストリアスは何らかの要因によって滅び去ってしまう」とのお告げが下ったらしい。


 なんだろう。

 いわゆる、ゲームの〝ラスボス〟でも現れるのだろうか?


「わかりません。〝魔王〟によるものなのか、あらがえぬ規模の大災害が訪れるのか」


「そんな……。この世界の人たちは、みんなご存知なんですか?」


「いいえ。知るのは聖職者らのみ。しかし、いずれ伝えねばならなくなるでしょう」


 考えてみれば、この世界は〝ゲーム〟なんかではないのだ。

 本当にそんなものが来るのだとすれば、どうにか僕も力になりたい。


「ふふ。やはりあなたは、特別ですね。他の旅人がたとは、何もかもが違っている」


「他の旅人……。まだ会ったことがないんですよね」


「数日前にお一人、王都へお送りいたしました。もしかすると、お会いできるかもしれませんね」


 そういえば僕も彼に、王都まで送ってもらう予定だったのだ。


 アレフは小さくうなずき、両手でいんを刻みながら、ゆっくりと呪文を唱えはじめた。


「それでは出発いたしましょう。マフレイト――!」


 アレフの魔法・マフレイトが発動し、彼の足元に、緑色に輝く魔法陣が出現する。

 魔法陣からはベールのような結界が伸び、僕ら二人をその内側へと包み込んだ。


 そしてドーム状となった結界は魔法陣ごと高く浮遊し、僕らを乗せたまま、高速で林の方角へと移動をしはじめた――!


 ◇ ◇ ◇


「これは……。すごいな、本当に空を飛んでる……!」


「風の飛翔運搬魔法・マフレイトです。どうか魔法陣から出てしまわれぬよう、お気をつけて」


 アレフが術を制御しながら王都方面への飛行を続けると、すぐに地平線の先に、雄大な城の姿が見えてきた。


 彼は外門の前で街道へと下降し、そこで風の結界を解除する。


「ありがとう。まさか空を飛べるなんて。楽しい時間だったよ」


「お気に召したようでなによりです。どうか、よい旅を」


 僕は再び礼を言い、アレフに向かって右手を差しだす。

 彼も深く頭を下げ、僕の手を握りしめた。


「それでは失礼いたします。――フレイト!」


 アレフは別の魔法を発動し、さきほど以上の高速飛行で〝はじまりの遺跡〟の方向へと飛び去っていった。どうやら魔法の性質が、若干異なっているようだ。


 もしかすると、自分でも使えるようになるかもしれないな。

 僕は彼が唱えた呪文を記憶に刻み、王都の門をくぐることにした。


 ◇ ◇ ◇


 アルティリアの街は、相変わらずのにぎわいだった。

 行き交う人々に、談笑や挨拶を交わす人々。滅びとは無縁の、平和な光景。


 やはりこの景色を見ると、エレナのことを思い出してしまう。

 僕は自然とふんすいのある、広場の方へと歩みを進めてゆく。



 広場に辿たどくなり。汚れた衣服を着た幼い少女が、噴水の水を手ですくい、それを口に運んでいる姿が目に入った。


 だろうか?

 ボサボサの緑色の髪をした、小さな女の子。


 彼女の汚れた姿がどことなく〝最下級労働者ぼくら〟に重なったこともあり、僕は吸い寄せられるかのように、少女の方へと近づいてゆく。


「あの、お嬢ちゃん?」


「うっ!? あぅ……!?」


 しかし僕が声をけるや――少女はおびえたような顔をして、全速力で人混みの中へと逃げ去ってしまった。


 ……そんなに怪しい顔をしていたのだろうか。


 僕は傷心した気持ちを切り替え、まずは情報収集を行なうため、街の酒場へと向かうのだった。


 ◇ ◇ ◇


 街の北側に位置する、大きな酒場へやってきた。その重厚感のある扉を開いたたん、酒のにおいやけんそうが、いっせいに店外へとれ出してくる。


 まだ早い時間にもかかわらず、店内では複数のグループがテーブルを囲み、酒やつまみに手を伸ばしていた。彼らは一様にくっきょうな体格をしており、思い思いの武器や防具で身を固めている。


 すごいな。まさに物語の中で見たような、酒場そのものといった光景だ。

 僕は妙な感心を覚えながら、カウンターの方へと近づいてゆく。



「いらっしゃいませ」


「あの、すみません。旅人用のサービスがあるって聞いたんですけど……」


 確かエレナが街を案内をしてくれた際に、そのようなことを言っていた。


 僕の言葉に店主マスターかたまゆを上げ、カウンターのわきを指し示す。


「もう旅人など訪れぬものと思っていたら。ぐうなこともあるものですね。そちらに階段が、どうぞ地下へお進みください」


 そう言った店主マスターはニコリとほほみ、紳士的な一礼をしてみせた。


 彼の示した場所を見ると、確かにくだり階段がるようだ。

 僕は彼に礼を述べ、その階段をりてゆく。



 暗く静かな階段を進んでいる間、僕は何やら、不思議な感覚にとらわれていた。

 さっきの店主マスターの、妙な言い回しも引っ掛かる。


 そんなかんの正体もあくできぬまま。

 やがて僕は、ひかりあふれる終着点へと行き着いた。


 ◇ ◇ ◇


 その場所は小規模なホールといった雰囲気で、薄暗い上の酒場とは打って変わり、明るい照明がかれている。複数の丸テーブルの他に、カウンター席も設置されているが、その内側には店員らしき者の姿はない。


 しかし、なによりも――。僕の視線は、この空間の中でことさらに目立っている、ピンク色の髪をした少女の方へと吸い寄せられてしまった。


 背丈は先ほどの孤児と同程度だが、やや耳がとがっており、ぬのの少ない戦闘服を着ている。彼女はこちらへ背を向けたまま、ジュースを飲んでいるようだ。


 どうにも目のり場に困るものの、他に目ぼしいものもなく。

 僕は仕方なしに、少女の方へと近づいてゆく。


 ――すると僕の気配に気づいたのか。


 不意に彼女が振り向いて、元気よく右腕を挙げてみせた。


「おっすー! 人が来るなんて珍しいね! きみかの異世界の人?」

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