第13話 はじまりの遺跡

 エレナと別れ、かつて暮らした農園をあとにした僕は、アルティリア王都を目指して東へ進む。その街道の途中、林へと差し掛かるあたりで、左手側――北方向へと続く道があることに気がついた。


「ん? こんな道、あったかな?」


 僕は好奇心にかれるように、の道へと入ってゆく。今までは目的を持って街道を往復していたために、脇道に目が向かなかったのだろう。


 さて、今回の目的はどうしようか。


 この世界が〝本物〟であるとわかった以上、僕の目的はこの世界に移住すること――つまり〝異世界転生〟いったくと言っていいだろう。


 しかしながら、今回もタイムリミットは三十日しかない。

 それを過ぎれば、本来の〝僕〟は現実世界へと戻されてしまう。


 現実……。現実か。

 どうにかこの異世界ミストリアスを、僕の〝現実世界〟にすることができれば……。



 思考をめぐらせながら歩みを進めていると、目の前に巨大な台形状をした、白い建造物が姿を現した。様式や雰囲気から察するに、いわゆる〝神殿〟というものだろうか。神殿騎士という存在がいるからには、当然ながら神殿もあるのだろう。


「なにか情報が得られるかもしれないな」


 僕は独りつぶやいて、正面の建物へ入ってみることにした。



 ◇ ◇ ◇



 建物の入口は縦向きの長方形に大きく開かれており、扉のようなものは無い。衛兵らしき存在も見受けられないことから、自由に立ち入っても構わないのだろう。僕は真っ直ぐに、建造物の中へと踏み入ってゆく。


 内部は小規模な広間となっており、左右にいくつかの木製の扉が見える。正面には長い廊下が続いており、左右に石造りの円柱が建ち並んでいる。


 扉を開けるのは気が引けるので、まずは正面の大広間に見える、構造物オブジェクトの方へと向かう。魔物が飛び出してくる可能性もあるが、なんとなく〝そういう気配〟は感じない。


 建物自体は古びているものの、手入れは行き届いているようだ。なにより、ここにいると心地よく、教会を訪れた時のような神秘性が伝わってくる。


「これは……。ミストリア?」


 自動翻訳されているのか、普通にアルファベットが使われているのかは定かではないが、周囲の柱や石床には、ひんぱんに〝MYSTLIA〟という文字が彫り込まれている。この場所は、あのミストリアとの関連がある施設なのだろうか。


 僕は広間の中央に設置された、大きな構造物オブジェクトを見上げる。


 何かをまつるためのさいだんだろうか。正面には円形のくぼみのある台座があり、がくてきもんようみつに刻み込まれている。


 そして祭壇の頂上には透明で巨大なクリスタルがめられており、そこから周囲の空間へと、不思議な光を放っていた。



「おや、珍しい。から旅人が訪れるとは」


 祭壇それに気を取られていると、いつの間にか僕の背後に、若い男が近づいていた。宗教的なしょうほどこされた長衣ローブを着た彼は、気さくに右手を挙げてみせる。


「すみません。勝手に入ってしまって」


「我々は旅人の皆さまを、いつでも歓迎しております。ここは〝はじまりのせき〟と呼ばれる、古代の神殿。特に何もありませんが、ご自由にお過ごしください」


 彼は続けて、この施設の簡潔な解説をし始める。要約すると、ここは僕のような〝異世界からの旅人〟が、最初に降り立つ場所なのだそうだ。


「よく、僕が〝旅人〟だってわかりましたね?」


「ええ。それが我々、大神殿に属する者の能力ちからですので」


 大神殿。確かエレナと結婚した際にも、教会のしん使から名前が出ていた記憶がある。いわば僕の世界における、世界統一政府のような機関だろうか。


 ◇ ◇ ◇


「よろしければ、一晩お泊りになられますか? しょくまつどこでよろしければ、ご用意できますよ」


「えっ、いいんですか?」


 前回の侵入ダイブの時と同様に、すでに外からはゆうの光が射し込んでいる。僕は明朝、王都へ向かうことに決め、彼の言葉に甘えることにした。


「私はアレフ。ミルセリア大神殿の聖職者です。こちらへどうぞ」


「アインスです。お世話になります」


 僕は軽く頭を下げ、聖職者アレフに連れられながら、遺跡の入口付近にあった扉まで戻る。扉の中は小規模な広間となっており、そこには簡素な木製の、長テーブルが配置されている。


「スープを用意させますね。後ほど、寝床へご案内いたします」


 アレフは伸ばした五指を交差させるようなジェスチャをし、こちらに深々と頭を下げる。以前にしん使も行なっていたことから、何か儀式的な、祈りの仕草なのだろう。そして彼は広間の奥にある、細い通路の方へと消えていった。



 席に着いた僕が何気なく周囲を見回していると、しばしの後にトレイを持った、若い女が現れた。彼女もアレフと同じ白い長衣ローブを着ており、頭にフードをかぶっている。


「どうぞ。付近の農園で採れました、アルティリアカブのスープでございます」


「あっ……。ありがとうございます……」


 彼女はスープとパンをテーブルに置いてほほみ、静かに扉から出ていった。

 僕はスプーンでスープをすくい、口に運ぶ。


 エレナのスープとはまた違った、優しい味わいが口内へ広がる。

 やはり、この世界の食事は素晴らしい。


 現実世界での食事は、嫌でもらざるを得ないもの。

 いわば、管理されるためのものだ。


 ここでの食事には、それが無い。

 それだけでも、本当に素晴らしい――。


 ◇ ◇ ◇


「寝床の準備ができました。――おや、どうされましたか?」


 戻ってきたアレフが僕の顔をり、心配そうにまゆじりを下げる。いつの間にか、僕の目からは涙がこぼれていたようだ。


「いえ……。色々と、思い出してしまって。実は……」


 彼の優しげな雰囲気のせいか、僕は〝前回〟の農園での出来事や、現実世界のことなどを打ち明ける。しかしアレフはげんな表情ひとつせず、静かに話を聞いてくれた。



「そうでしたか。二度もミストリアスを訪れてくださり、心より感謝いたします」


「どうして僕ら旅人に、そこまで?」


「それが我ら聖職者の、神々より与えられし使命ですので」


 アレフによると、聖職者とは異世界からの旅人を、導くことが役割なのだという。また、旅人は本来〝あの大広間〟に降り立つらしく、僕のように〝外〟に放り出されるような例は、聞いたことがなかったようだ。



「そういえば、今日の日付とか。こよみみたいなものって、わかりますか?」


「ええ。現在は、そうせい 三〇〇〇年。闇の女神が〝四〟を、光のがみが〝十〟を示しております」


 彼はそう言って、自身のポーチから丸められたようを取り出した。


 紙面には十二の数列と、三十個の数字が書かれており、男女のイラストがそれぞれ〝十〟と〝四〟の部分を指さしている。


 これはいわゆる、カレンダーに相当するもののようだ。


「どうぞ、お持ちください。は長く使えるしろものですので」


 僕は礼を言って深く頭を下げ、アレフからカレンダーを受け取る。

 その後は彼に連れられて、本日の寝所へと案内された。


 ◇ ◇ ◇


「むさ苦しい場所ですが、ご自由にお使いください。それでは、良い眠りを」


 アレフは僕の案内を終え、静かに扉を閉めて出ていった。



 石造りの室内には簡素な寝台ベッドが六つならんでおり、それぞれに小さなサイドテーブルがけられている。


 僕は簡単なたくを済ませ、ベッドの一つに腰かける。


 完全に自分の不注意とはいえ――。エレナに激しく拒絶されたこともあり、今日は聖職者らの親切が、深く身にみた一日だった。


「今回は、色んな人たちと会ってみたいな。この世界のことが、もっと知りたい」


 そのためにも、まずは王都アルティリアを探索してみよう。

 こうして一旦の目標を決めるや、僕は深い眠りへとちていった。

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