第8話 巡りゆく生命

 招かれざる客を撃退し、僕は急いで我が家へと戻る。

 そして勢いよく扉を開いた瞬間、三人の視線がこちらを向いた。


「おい! 遅いぞ! どれだけ合図したと――」


「アインスっ! よかった……」


 僕はエレナに笑顔を作り、すぐに金髪の男・シルヴァンを思いきりにらみつける。


「外の仲間なら帰ったよ。一人は外で転がってるけど。確認してきたら?」


「なっ!? でたらめを……」


「ここはけいそう。始末しても構わない――だったっけ?」


 言い終えた僕は、のりの付いた剣を目の前にかざす。

 すると奴の表情は見る間に青ざめ、情けない悲鳴と共に逃げだしてしまった。


 なんだ。実にあっない。


 しかしゼニスさんの容態を考えると、この場での戦闘を避けられたことは幸いだ。



 シルヴァンの姿が消え去るや、エレナは僕に飛びついて大声で泣きはじめてしまった。彼女なりに農園を守りたい一心で、けんめいに恐怖と戦っていたのだろう。


 その後はゼニスさんをベッドに運び、安静な状態で休ませる。

 彼のからだは、すでにエレナよりも軽くなってしまっていた。


 ◇ ◇ ◇


「あの人は大農園の――ガルヴァンさんの息子で、私とは同い年なんだけど……。少し前から、急にせまってくるようになって」


 エレナは言いながら、自身の胸を隠すかのように両手で押さえる。


 なるほど、確かに彼女の肉体に魅了されたとしても仕方がない。

 だが、それを知っているのは僕で充分だ。


 そのことを口にするとエレナは照れながら、僕の腕を何度もはたいてきた。



「もうっ……当たり前じゃない……。私が好きなのは、アインスだけなんだから」


「ありがとう。僕も好きだよ、エレナ」


 改めて気持ちを確認し合った二人は口付けを交わし、僕は再び仕事へと向かう。

 正直なところ、僕は〝好き〟という気持ちを完全に理解できていない。


 僕の内側に渦巻く、こそばゆいような感覚。

 おそらくは、これが他の人間に対する〝好き〟という感情なのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 畑に向かった僕は、農道の脇に放置されたままの〝男〟に近づく。

 それは完全に生命活動を停止し、ただの有機物体と化している。


 そう。僕が殺した。

 大切な人を守るためとはいえ、僕自身の手で奪った命だ。


 僕にとって、人間のなきがらなんて珍しくはない。

 あの過酷な世界では、いつなる時にも生命の〝終了〟は訪れる。


 植物の根に貫かれ。らくばんつぶされ。

 あるいは人間の――世界統一政府の〝命令〟によって。



 僕は男のからだぐるまに載せ、家から離れた林の付近へと運ぶ。そして、そこに深い穴を掘り、土の中に彼を収めた。


 地中での生活はろくなものじゃないけれど。

 残念ながら、他にとむらいの方法を知らない。


 僕は穴を埋め戻し、男の剣を地面に突き立てる。

 そして再び荷車を引き、生命の満ちる畑へと向かったのだった――。



 ◇ ◇ ◇



 それから六日後。

 僕がミストリアスで過ごす十七日め。


 ゼニスさんが、亡くなった。


「おじいちゃん……っ! うっ……ああぁーっ……!」


 日を追うごとにゼニスさんの食は次第に細くなり、ついに生命が終わりを迎えてしまったのだ。彼のからだすがり、取り乱したかのように泣きじゃくるエレナを家に残し、僕は一人で王都の教会へと向かう。



 あの日エレナにたずねたところ、どうやらミストリアスではしん使なる聖職者が、死者の弔いをしてくれるらしい。


 しかしながら、僕が亡骸をほうむった方法でも問題はないとのことだ。


 ――ともかく、その知識がこんな形で役に立つとは思いたくもなかった。

 僕は感じたことのないような異物感を胸に抱きながら、ひとり林の中を進む。


 ◇ ◇ ◇


 人間の死なんて、何度も見慣れているはずなのに。

 彼とは出会って、まだ十数日だというのに。


 思い出すのはゼニスさんの言葉と、彼の優しい笑顔ばかり。身体のおとろえとは対照的に、彼は最期まで僕らにほほみかけてくれていた。


 僕は顔にあふた水分を乾燥させるかのように、街へ向かって全力で走る。


 ようやく辿たどいた教会でしん使に事情を話し、すぐさま彼と共に、僕らはへと戻ってきた。


 ◇ ◇ ◇


 しん使を連れて帰宅すると、すでにエレナは髪をって服装を整えており、りんとした表情でじょうふるっていた。


 そんな彼女の姿を見て、僕も今さらながらに顔を引き締め、姿勢を正す。


「ゼニスさん。ありがとうございました……」


 僕はエレナと一緒にゼニスさんを空のもとへと運び、大地の上に横たえる。そして僕らが別れの挨拶を終えたのを確認すると、しん使は祈りの言葉を唱えた。



「光の神・ミスルトよ。偉大なる古き神々の忠実なるしもべ、ゼニスのたまと肉体を――母なるミストリアの元へかえたまえ!」


 しん使が詠唱を終えると、ゼニスさんのからだは光に包まれ――。

 そのまま輝く粒子となり、はるかなる上空へと昇ってゆく。



 やはりが求め、かえるべき場所は〝空〟なのだろう。

 僕はない涙をそのままに、ただその光景を見上げていた。


 ◇ ◇ ◇


 その後はしん使も王都へ引き上げ、僕はエレナと共に、二人だけになった家へと戻る。情けないことに、僕はずっと立ち尽くしたままで使いものにならず、すべての手続きをエレナが行なってくれた。


 彼女は本当に強い人だ。

 僕には何もできなかった。


「アインスが居てくれたから、だよ。私だけじゃ……」


「そうか……。ありがとう、エレナ。これからは二人で頑張ろう」


「うんっ。でも……。もうすぐ三人に、なるかもしれないけど……ねっ?」


 エレナは茶色の瞳をうるませながら、自身の下腹部をいとおしげにさすってみせた。


 まさか、そうなのか……。

 いくら僕でも、その仕草の意味する内容は理解できる。


「それじゃ、僕は……」


「えへへっ……。もうすぐ〝お父さん〟だねっ。アインス」


 ゼニスさんを失った悲しみと、願いが叶う喜びと。

 この生命たちがもたらした現象に、激しく心をかき乱された結果――。


 今日の僕は一日中、まるで使いものにならないのだった。

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