第7話 僕が暮らす農園

 エレナと一緒に農園に戻って以降、僕らの距離はさらに縮まり――。

 今ではゼニスさんに代わり、僕とエレナが畑の世話をするようにもなった。


 こういうのが恋人同士……と、表現しても良いのかな? 定義は学習しているけれど、僕はイマイチ、そのがいねんつかみきれていない。


 ゼニスさんが言うには、すでに僕らは〝そういう関係〟なんだそうだ。

 『早くまごの顔が見たい』なんて言われてしまった。


 僕らの世界では、家族なんてくくりはとっくに消滅してしまったけれど。

 この世界ならば、本当に〝親〟になれるのかもしれない。



 向こうの世界では、家族も、国家も、人種も、言語も、思想さえも。

 すべてが一つだけとなり、そしてとうが始まった。


 人間が生物である以上、生命の本能がしゅけんさんを要求する。

 どれだけ縮小・単一・合一化したとしても、争いと淘汰が発生するんだ。


 多様性を追求した先の統一。全体主義を夢見た末路。

 僕のように考える〝異常存在〟には、居場所なんてない世界。


 その選択のいやはてが、僕らの住まう地下世界。

 逃れようのない、現実世界。


 僕はいずれ、現実あそこへと戻されてしまう。

 それまでに――。僕の〝願い〟は叶えられるのだろうか?



 ◇ ◇ ◇



 ミストリアスへ来て――農園で暮らし始めて、十日後。

 僕はいつも通りに畑へ出て、作物たちの世話をしていた。


 主な特産物であるアルティリアカブは生長が早く、わずか四日ほどで収穫できる。


 とはいえ、地球を破壊する〝あの根〟に比べれば、かなりだ。なにより、こうして襲ってこない植物と触れ合っていると、とても心がなごんでくる。


「うん。今回も良い出来だった」


 収穫を終えたカブを収納庫へい、僕は木製の扉を閉める。


 あとでエレナにも見てもらい、出荷の準備を進めなければ。

 近ごろはゼニスさんの具合が悪く、今日も彼女は家で看病をしている。


 ◇ ◇ ◇


 朝のひとごとを終え、僕は家に戻ることに。

 農道を進み、我が家が見えたあたりで――ふと、異変に気づいた。


「誰か来ている?」


 自宅からアルティリア方面へと続くあぜみち

 そこに、複数の足跡がつけられている。


 サイズからすると、男だろうか?

 それらは真っ直ぐに、家の玄関へと続いている。


 これまでにも取引のために訪れる者はいたが、中へ入れたことは一度もない。


 とっに嫌な予感を感じ、僕はポーチから剣を取り出す。そして身をかがめながら、ゆっくりと窓の側まで忍び寄る。


 そのたん――。

 家からエレナの大声が、外にまで響いてきた。



「いいかげんにしてっ! この農園は、ご先祖さまが代々守り続けてきた大切な場所なの!」


 これまでに聞いたことのないような、凄まじいほどのエレナのごう。窓から中をのぞいてみると、どうやら彼女は、身なりのいい金髪の若い男と言い争っているさいちゅうだった。


 テーブルにはくだんの男、そしてエレナとゼニスさんが着き、さらにはくっきょうな大男が二名、〝金髪〟の背後で直立している。


「そうは言ってもねぇ? この農園の経営は常に赤字だ。さらにあるじであるゼニス殿も、その様子だと……わかるだろう?」


「このけんは、もうガルヴァンさんとも話がついているはずですっ! 今さらを取りつぶすだなんて!」


 ガルヴァンとは、大農園の管理者の名だったか。断片的な台詞せりふから察するに、エレナたちは〝この農園〟の行方ゆくえを巡って、激しい口論をしているようだ。


 こちらを背にしているために表情は確認できないが、金髪の男は〝お手上げ〟のジェスチャをし、何度も首を横に振っている。



 そんな時、テーブルを叩きながら感情的になっているエレナを制止しながら、ゼニスさんがゆっくりと口を開いた。


 僕は少しでも現状をあくすべく、眼と耳に感覚を集中させる。


「シルヴァンさん。どうかお引取りくだされ。確かにわしはこの通りじゃが、若いエレナには未来がある。わしはに、この農園をたくしたいのです」


「ええ、だから選択肢を与えているでしょう? ボクとエレナが結婚すれば、このつまらない農園の面倒も、老いぼれたアナタの面倒もみてさしあげると」


「いやよ! 何度も断ってるじゃない! いいかげんに諦めて!」


 あの男はシルヴァンというらしい。

 それはともかく、奴は聞き捨てならないことを口走っていた。


 『エレナと結婚する』だって?

 そんなことは絶対に許さない――。



 僕が静かな怒りをたぎらせていると、不意にゼニスさんが激しくみだした。なんとシルヴァンの連れてきた大男の一人が、室内で煙草たばこを吹かしはじめたのだ。


「ちょっと! おじいちゃんは具合が悪いんです! 何考えてるの!?」


「おおっと、これは失礼。――おい、外で吸え! わかっているな……?」


 高圧的なあるじいっかつされ、男たちはノソノソと、玄関から外へ出てきた。僕は静かに息を殺し、外壁の角へと身をひそめる。


 ◇ ◇ ◇


「チッ、ガキが偉そうにしやがって。ただのボンボンの分際でよ」


「今回も手早く終わらせちまえばいい。合図があるまでだまってろ」


 男らは文句を言いながら、ブラブラと畑の方へ歩いてゆく。

 どうやら連中は、ただの〝交渉〟に来たわけではなさそうだ。


 さらに彼らから情報を得るために、僕は素早くぐるまかげに身を隠す。


「しかし、あんな小娘の何がイイのやら」


「知らん。脱がしゃ評価も変わるかもな? どのみち俺たちは観賞だけだ」


「あのジジイはどうするよ?」


「始末するに決まってんだろ。ここはけいそうだ。誰が死のうと、しん殿でんも動きゃしねぇ」


 係争地とは、たしか街以外の場所を指す言葉だったか。ここでの戦闘行為は自己責任。この世界の治安維持組織である〝神殿騎士〟も一切の関与を行なわない。


 僕は素早く取扱説明書マニュアルから情報を引き出し、改めて知識を上書きする。


 つまり、こいつらは最初から、エレナとゼニスさんに危害を加えるつもりなのだ。

 僕の中に、強い怒りの感情が込み上げてくる。


 相手は二人。おそらく僕の実力では、傷つけずに無力化させることは不可能。

 申し訳ないけれど、先にらせてもらうしかない。


 この世界には――。

 いまの僕には、絶対に守りたい人がいる。



 僕は剣を抜き、相変わらず下品な会話を続けている、男の背後へと忍び寄る。

 そして敵の急所を目がけ、思いきり剣を突き立てた。


「――ぐおぅ!?」


 短い悲鳴と共に、こと切れる男。


 続いて、あわてて剣を抜こうとしたもう一人の右腕を、僕は風の魔法ヴィストで斬り飛ばす。


「うぎぇ!? なっ、なんだテメェは!?」


「地獄から来た旅人さ。――帰る? それとも、馬鹿な命令に従って死ぬ?」


「ぅぐっ……! クソが、やってられるかっ!」


 男は自身の右腕を拾い、いちもくさんに街の方角へと逃げ去ってゆく。腕は素早く治療すれば戻せるし、息の根を止めておいたほうが良かったのかもしれないけれど。あの様子なら大丈夫だろう。


 それに、まだきょうは消え去っていない。

 僕はエレナとゼニスさんの元へと急いだ。


 ◇ ◇ ◇


 ここは僕の居場所。僕が暮らす農園だ。


 この場所も、大切な彼女も――。

 僕が絶対に、守りきってみせる。

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