第5話 王都への道

 街へ向かうための準備を終え、僕の前に姿をみせたエレナ。

 彼女は農作業着から厚手のワンピース姿に着替え、っていた髪もほどいている。


 そして少し照れた様子でからだをくねらせながら、はにかんだ笑顔を浮かべてみせた。


 うーん。

 やっぱり思ったとおり、エレナはかわいい。


 今の服も、どちらかというと〝防具〟といったようなデザインだけど、それでもったい農作業着と比べると、格段に愛らしさが増している。



「あっ……あのっ。それじゃ出発しよっ……?」


 こちらの視線に気づき、エレナは早足で玄関の扉を開ける。

 そして外の陽射しを受けながら、にっこりと僕にほほんだ。



 ◇ ◇ ◇



 エレナと共に長閑のどかな農道を進む。


 さきほど取扱説明書マニュアルで確認した地図によると、アルティリア王都は東の方角にるようだ。


 わだちの刻まれた土の路面は、やがて石でそうされたものへと変わり、視界の両側にはさくによって囲まれた、広大な農地が確認できるようになった。



「すごい広さだ。ここもエレナたちが?」


 僕の問いに対し、エレナは顔を伏せながら小さく首を振る。


 なんでも、ここを管理している者はガルヴァンという人物で、いわゆる〝偉い人〟らしい。彼女はそれだけをかんけつに答え、以降は固く口を結んでしまった。


 何かいんねんのある人物なのか。心なしか、エレナの歩行速度も増し、わずかないらちが感じられる。


 これ以上、大農園ここについてたずねるのはひかえるべきだろう。僕は周囲の景色を眼に焼きつけながら、だまって彼女の後ろに続いた。


 ◇ ◇ ◇


 やがて農地を抜けると今度は林が現れ、路面も再び地肌へと戻る。


 そして林へと差し掛かるや、とつじょとしてかげから〝ひとかげ〟のようなものが飛び出してきた!


「あっ、魔物だよ! 気をつけて!」


 エレナの声に反応し、僕は反射的に剣を抜く。


 飛び出してきたのは細身の人体に、犬の頭をくっ付けたような魔物。

 それは最初の一体を皮切りに、左右の林から群れをして現れ続ける。



 ざっと数えただけでも七体以上。それらはまつな剣を右手に握り、よだれを垂らしながらうなごえをあげている。


「これはコボルド、かな?」


 僕のつぶやきに、エレナは小さくうなずき――そして身に着けていたポーチからおもむろに、立派な長槍ロングスピアを取り出した。


「私は左側を! いくねっ!」


 いったい、どうやって長槍そんなものを持ち歩いていたのか。


 ぎもを抜かれている僕を尻目に、エレナは両手で槍を構え、さっそうよくの魔物へと突っ込んでゆく。


 僕も負けじと武器を手に、コボルドとの戦闘を開始した。


 ◇ ◇ ◇


 昨日の初戦とは打って変わり、今日は右手だけでも軽々と剣を振ることができる。


 レベルアップしたということかな? 痛みがないため気がつかなかったが、オークから受けた腕の傷も、いつの間にかすっかり治っていた。


 コボルドは攻撃を剣で受けようとするも――僕の一撃は軽々と、ボロボロの剣ごと魔物を斬り裂いてゆく。斬られた魔物それからだからは黒い煙が立ちのぼり、またたくうへと消え去っていった。


 数だけは多いけど、強さは大したことない。

 これならどうにかなりそうだ。


 エレナの側へ目をると、彼女は槍を激しく回転させながらおおまわりを演じていた。もしかすると武器さえあれば、あのオークさえも単独ソロで撃破できたのではないだろうか。



「――それなら、試させてもらおうかな」


 戦闘には余裕があるということで。僕は取扱説明書マニュアルを確認した際に見た〝じゅもん〟を思い出し、それを一文字ずつえいしょうする。


 そして離れた位置のコボルドに対し、真っ直ぐに左手をかざした。


「ヴィスト――!」


 僕の呪文ことばに応じるように。

 風の魔法・ヴィストが発動し、左手から風の刃が発射される。


 放たれたふうじんは対象へ向けて直進し、二体のコボルドを胴から真っ二つに切断した!


「はは、すごい! 本当に魔法だ!」


 〝剣と魔法の世界〟というからには、魔法はとも使ってみたかった。


 今の攻撃によって目立ってしまったのか、残りのコボルドたちの注意がこちらへ向くが――僕は初めての魔法をはなてたこうようかんもあり、難なくそれらを斬り伏せることができた。


 ◇ ◇ ◇


 やがてすべてのコボルドは黒煙となって消滅し、林道には勝者である、僕とエレナだけが残される。彼女は額の汗をそでぬぐい、僕の元へと笑顔で駆け寄ってきた。


「おつかれさまっ! すごいね、アインス。魔法まで使えるなんて」


「ちょっと試してみたくてね。エレナが頑張ってくれたおかげだよ」


「えへへっ、よかった」


 僕らはたがいの健闘をたたえあい、二人並んで林道を進む。また敵が飛び出してくる可能性があるため、エレナは長槍ロングスピアを手にしたままだ。



「これ、お父さんの形見なんだ」


 僕の視線に気づいてか、エレナは不意に話しはじめた。


「私が小さい頃に二人とも殺されて……。両親の記憶は無いんだけどね」


 エレナは言葉を続けながら、槍を抱きしめるかのように自身の胸に押さえつける。


 彼女いわく、この形見で戦っているときだけは、まるで父親が守ってくれているかのようにびんに動くことができるらしい。



「――ねぇ。アインスの両親って、どんな人?」


「僕は……わからない。気づいた時には土や根っ子を掘っていて、ずっと一人で生きていたから」


 最下級労働者は、世界統一政府によってされるだけの存在だ。


 生物としての繁殖方法は知識として教育インストールされるものの――そもそも、僕らは遺伝情報を組み合わされただけで、実在の人間から誕生したのかさえも定かではない。


 僕の説明が理解できたのかはわからないけれど、だいにエレナはまゆじりを下げ、僕の方へと一歩だけ身を寄せてきた。



「そっか……。アインスは、大変な世界から旅してきたんだね」


「そう……なのかな。僕にとってはが普通だったから。よくわからないや」


「私だったら、ちゃんとお母さんから産まれたいし、いつか子供を産んでお母さんになりたいもん……」


 そこまで言ったエレナはハッとした様子で顔を上げ、あわてて僕から距離をとる。そして頬を染めながら、しきりに「違うの!」と繰り返しているが――その様子が愛らしく、僕は思わず笑いだしてしまった。



「もうっ。そういうのじゃ、ないんだから……」


「あはは、ごめん。わかってるよ」


 僕がそう言って微笑むと、エレナもにっこりと微笑み返す。


 さっきの照れた上目遣いも可愛いかったけれど。

 いまは口に出さないでおこう。


 ◇ ◇ ◇


 その後も何気ない会話を交わしながら、ひたすらに林道を進み続けると――。

 やがて両側の樹々の合間に、立派な城の姿が浮かびはじめた。

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