第3話

あの夏は蝉が鳴いていて。僕も思わず泣きだしてしまいそうな夕暮れで、そんな夕暮れですらなんだかまとまらず綺麗に見えなかった。そんな時、抱きしめたくなるような綺麗なものと出会った。テーマパークのキャストのような口調で警戒心を持たれないようにいつも通り話しかける。

「君たちかわいいねぇいくつなの、ねえィいくつ?おじさんはねぇ37歳だよぉ★!よろしくね。おチビちゃんたち(キャピ)」

「え、え何ですかいきなり、常識ないんですか。気持ち悪い。」

「刺激しない方がいいよサツキこの人あぶないよ。ねえ無視して帰ろ。」

「帰らないよ、モユちゃん最近学校で噂になってる不審者絶対こいつだよ。私たちで捕まえたらお母さんも私に興味持って褒めてくれるかもしれないからさ。いざとなったらこれがあるしね。がんばろ。」

「キッズケータイじゃんそんなのじゃどうしようもないよ。ねえ、、帰ろうよ。」

「返らないってば!モユちゃんだけ先に帰っちゃえば良いでしょ!」

「それなぁに?キラキラしててかわいいねぇ!おじさんにもみせてぇ。」

ちゅぱちゅぱと気持ちの悪い音を立てケータイを持った手ごと口に入れられる。

そうされた本人はもちろん、モユも声も出ず、ただその場で断頭台で処刑を持つ囚人のような気持ちで友人の白くなった青い顔を見ていた。

「うん、おいしいね。おてても少しお塩の味がしておいしいなあ。ほっぺたはどんな味がするのかなぁ。いっただっきまーす。」パクッ

「うん、ジューシー。」

「ひ、や、やめてください。あやまりますから、もう、悪口言わないから。ごめんなさい。モユちゃん助けて。」

頬を流れる涙はおじさんの唾液と混ざり合う、味変を楽しむ男はやがてその標的を唇へと向け、貪り始めた。

サツキは声にならない叫びをあげた。誰にも聞こえないような小さな叫び。友達は既に逃げ帰ってしまって、もういない。男は乱れた照準をただ一人の標的へと向けた。

絶望の淵で少女は縋る、何か助けにない物はないかと抱きかかえられながらも必死に。鏡に映る自分にすら一瞬期待を向けて跳ね返ってきた絶望を浴びる。

公園のトイレの個室、傷だらけの壁が自分の行く末を暗示しているようだった。

「おじさんね。サツキちゃんみたいな子、まえ家にいたんだよ。でも育っちゃうでしょ。それが悲しくてね。だからね綺麗なまま送ってあげるね。サツキちゃん。」

今日は五月ではなかったが少し寒かった。おじさんの吐息が頬を撫でるたび寒気がした。蛇のような冷たさもあって助からないことも分かった。おじさんの手にはカッターナイフが握られていた。

「おうち、に、かえしてください。いやだよママ、助けて。パパ。」

「違うよ、サツキちゃんのパパは僕でしょ。なんでわからないの悪い子だね。お仕置きしなきゃだよね。」

細い首で全部の体重を支えたのは初めてだった。こんな恐怖も、痛みも肌寒さも気持ちの悪い生ぬるさも初めてだった。便器の水の冷たさも。便器の水は何度も叩き付けられたサツキの血液で真っ赤に染まった。

「痛いよ、痛い、ごめんなさい。殺さないでください。もう痛いことしないでください。さつきがわるかったです。」

「じゃあ目をつぶっていられたら許してあげるね。」

サツキは言われた通り目をつむっていた。おじさんが飽きるまで待った。飽きることはなかったけれど恐怖が抑えられる気がした。カッターナイフが布を裂く音で抑えられた恐怖が下回ることはなかった。

「恥ずかしいよね!すべすべだねぇさっちゃん。じゃあいれるね。」

「あ、あ。え。」

「カッターがおへそに。刺さって。え、え痛いよ。あぁあうぅ」

「泣く子は嫌いだってパパ言ったよね。」

へそに刺さったカッターは一直線を描いて上へと上がる。サツキは声にならない嗚咽と叫びと粗相を漏らした。内臓が腹から下りてくる。それをけなげに受け止めようと手でいくつか支えたがその重みを感じたとき、自分がもう助からないことを悟った。

「ああかわいいなあぁ。痛いよね、苦しいよね。かえりたいよね。もうかえれないんだよ。おじさんと死ぬまでここですごすんだよ。

嬉しいよね。パパといられるんだから。」

朦朧とした意識の中。目の前でおじさんは赤い水を長い距離を歩いてきた水牛のような獰猛さで虫みたいにすすっていた。

行き場を失った血液が鼻から垂れて肉棒を濡らした。さらに男は興奮して。一つの抵抗もしないサツキを物みたいに使って。

自分勝手に快楽を味わった。甘美で醜悪な罪の味のする麻薬のような快楽を。

サツキはそのあと、何度か呼吸を繰り返した後死んだ。

その死に顔は美しく男は死体すら貪りずたずたに切り刻んで穢せる限り穢した。その様子をモユは陰から音だけ聞いて震え泣いていた。

その涙はどんな宝石よりも綺麗で愛おしい。そのあと寂しくならないよう仲良しな二つの臓物をビニール袋に入れ家に返った。それから何度も同じ様な事をしたが男が捕まったのは

最初の事件から30年後の蝉の多い夏だったという。

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心の臓器 ご飯のにこごり @konitiiha0

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