49 爽真と本音で語る

 暮れなずむ城、その庭の片隅に置かれたベンチにて。

 私は夕日を浴びながら物思いに耽っていた。アシュリー姫たちは疲れたという事で、別室で休んでいるらしい。


(軽~い感じで「私も行きますペ」とか言っちゃったけど……。よく考えたら、あの山に行ったからって私の体が生きてるかどうかは分からないんだよね)


 雛のまま死んじゃうなんて可哀相だから、『ペペ』のことは助けてあげたい。でも霊山に行ったあとの事を考えると恐ろしい。


「私、本当に……地縛霊になるかもしれないペエッ……!」

「莉乃?」


 天に向かって絶叫したとき、茂みの向こうから爽真が現れた。なんだか変な感じだ。日本ではない世界に幼馴染がいる。夢の中に知ってる人が出てきたみたいな気持ち。

 爽真は歩いてきて、私の隣に座り――


<なんか、変な感じだな>


 日本語で呟いた。ははは、と苦笑いしている。


<俺さぁ……ずっとここは夢の世界なんじゃないかって思ってた。でも違うんだよな。莉乃も一緒に来たんだから、夢じゃないんだな>


<私も爽真と同じペ。最初はここ何処だろう、日本じゃないなぁってぐらいにしか思ってなかったペ。でも魔法を見ちゃったから、地球じゃないんだってやっと分かったペエ。諦めがついたというか……ペエ>


<諦め……。莉乃は日本に帰りたいか?>


 爽真は少しためらいがちに、日本という言葉を口にした。爽真はまだ迷っているんだろうか?

 私も少し迷ったけど、首を横に振る。


<ううん。帰りたくないぺ。私はこの世界で生きていくペ>


<俺も同じ気持ちだ。だからさ……俺のこと、殴っていいぞ>


<……はぁ? 急になに言ってるペ>


 この世界で生きることが、どうして顔面殴打に繋がるというのか。異世界に来たショックで、変な趣味にでも目覚めたんだろうか。

 しかし爽真は大真面目な顔をしている。


<俺は体育館の裏で、おまえと付き合う約束をしただろ。でも今はその約束を果たせないと思ってるから……。俺はブルギーニュで生きていきたい。アシュリー姫の役に立ちたいんだ>


<姫のこと、好きなのペ?>


 ずっと好きだった人が、私ではない人を選ぼうとしている。でも残念に感じる心もなく、平然とその言葉が口から滑りでた。自分でもびっくりだけど。

 爽真は一瞬キョトンとして、まさかと呟いた。


<好き……というのとは違うかな。あの姫さん俺たちと同い年なのに、もう国を背負ってるんだぜ。なんかスゲェなって、ショックで……。俺も頑張んなきゃなって思った>


<それで霊山に行くって言い出したペね>


<うん。恐ろしい山ってのは知らなかったんだけどな……。俺はこの世界に来た意味を探したいんだ。おまえのオマケで付いて来たわけじゃなくて、自分で居場所を作りたいんだよ>


<私も同じペエ。私とセル様は誘拐された事があったけど、その時にセル様とハル様のために生きていこうって決意したペ。だから私のことは気にしなくていいペ。一緒に頑張るペエ>


<そだな。頑張ってこの世界で生きていこう>


 爽真は私のフリッパーを手に取り、握手するように動かした。爽真も自分が勇者じゃないことに気がついていたんだ。それでもいじける事もなく、自分に出来ることをやろうとしてるんだ。大人になったなぁ。


「ソーマ殿。賢者レゲリュクスが霊山について説明するそうだ」


 茂みの向こうからハル様が呼んでいる。爽真は「はい」と返事をして立ち上がり、お城の中に入っていった。そして爽真が座っていた所に、入れ替わるようにしてハル様が座る。

 彼は私の頭を優しく撫でてから、ためらいがちに口を開いた。


「さっき話していたのは、異界の言葉か?」


「そうですペエ。私たちが暮らしていた、ニホンという国の言葉ですペ。懐かしかったですペエ」


「ペペ……リノは、ソーマ殿と知り合いなんだな。年も近そうに見える」


「私と爽真は幼なじみですペ。同い年で、十七歳ですペエ」


「じゅっ―――十! 七!」

 点呼をとるみたいな口調で小さく叫び、がくりと肩を落としている。なにこの反応。十七ってそんなに驚く数字?


「あっ、分かりましたペ。私が子供っぽい顔だから、十七歳に見えなくて驚いてるペエ?」


「そうじゃない……そうじゃなくて…………十年も差が…………」


「顔のことはともかく、ハル様にお願いがありますペ。もし……もしも人間に戻れたら、私をここに置いてほしいんですペエ」


「……ここにいるのか? ソーマ殿と一緒にニホンに戻るんじゃなくて?」


 ハル様は意外そうに呟いた。この『心底驚きました』的な表情が気になる。日本に帰ってほしいってこと? でも私はここにいたいんです!


「皿洗いでも何でもしますペエ。クララさんに仕事を教えてもらいますペ。お願いですぺ、私をここに置いてくださいペエッ!」


 フリッパーを二つ揃えてベンチに置き、その上に頭をモフッと乗せた。ペンギンの土下座を見たハル様が慌てている。


「お、おい。何もそこまで必死に頼み込む必要はないだろ。ペ……リノが望むなら、好きなだけここにいていいんだぞ」


「本当ペエッ!? 良かったペ……! 頑張って働きますペエ!」


「働き……。うん……まぁいいか。今はそれで……」


 ハル様は私を抱っこして、ホッとした顔で呟いた。良かった。これでもし人間に戻ったとしても、ハル様とセル様のそばにいられる。

 聖獣の雛を助けて、きっとここに帰ってこよう。私は皆を救いに来た勇者だから。

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