47 弟子の人ちょっと変

「つ……つけるぞ」

 爽真から首輪を取ったくせに、手がブルブル震えているハル様。お兄ちゃんの後ろでセル様が忍び笑いをしている。

 しばらくハル様の様子を見ていた爽真がポンと手を叩いた。


「あっ、察し!」

「ソーマ様? 何が察しなんですの?」

「いえ。何でもありません」


 爽真のやつ、お姫様の前ではキザな口調なのか。でもそれを見ても何とも思わない私も変なんだろうか。


 手をブルブルさせていたハル様がようやく作業を終えると、私の首には赤い首輪が燦然さんぜんと輝いていた。これでやっと、ハル様ともセル様ともお喋りできる。私はウキウキしながらハル様に話しかけた。


「似合ってますペ?」


 ――『ペ』? ペを付ける気はなかったんだけど、おかしいな。

 喋りだした私を見て、ハル様とセル様が目を丸くしている。もう一度チャレンジだ。今度は『ペ』なしで。


「ハル様、セル様。首輪どうですかペエ? 似合ってるペ? ……ペェッ!? なんで語尾に、勝手に『ペ』が付くんだペエ!!」


「いちばん最初に開発したとき、人間の言葉そのままだと『萌え』が足りないというお客様の苦情がありました。試作を何度も重ね、語尾に「ニャ」とか「ワン」とか付ける方法を編み出したのです。だからこその大ヒット。ロングセラーです!」


「そんな開発秘話ききたくないペエ! 普通に喋りたかったペエッ!」


「でもめちゃくちゃ可愛いよ」


「ペが付くからこその可愛さだな。これは確かに売れそうだ」


「ぺ、ペペェ……。お二人がそう言うなら、気にしないことにしますペエ」


「あー、ごほん。もういいかの。とにかく、その雛の体に入る魂はリノ殿ではなかったはずなんじゃ。異界から召喚したときに、魂と体がごっちゃになったのかもしれん」


 レゲ爺さんが喋りながら、もういちどたま映しの鏡を私の前に置いた。そして鏡に向かって命令するように言う。


「鏡よ。この体に宿るはずだった魂のを示せ」


 鏡の表面が波打ち、どこかの島が映った。円形の湖に浮かぶ島だ。見覚えがあるような……。


「あっ。この島、夢の中で見ましたペ。急いで山に行かなきゃって焦ってる夢だったペエ」


「魂が呼ばれたんじゃな。真円の湖に浮かぶ孤島……これは恐らく、霊山オンブラフルじゃろう」


 視点が少しずつ山に近づき、雪に覆われた山肌が見えた。どこもかしこも一面の銀世界だ。山の一部に洞窟があり、そこを進むと氷だらけの空間に出る。  


「これは……聖なる巣サンクタムではないでしょうか。氷のように見えますが、聖なる力に満ちた水晶の空間でしょう。つまり聖獣の寝床ですね。実際に目にしたのは初めてです……!」


「奥の方に何かの影が見えるね。生き物かな?」


「動いてないな。細長い影のようだが」


 視点がそこに近づくにつれて、心臓がドキドキと激しく動き始めた。何故なのかは分からないけど、見るのが怖い。見たらショックを受けてしまいそうで。


 とうとう“それ”が映し出された瞬間、部屋の空気が凍りついたように感じた。誰も何も言わず、ただ呆然とたま映しの鏡を見ている。

 ややあって、爽真が震える声で言った。


「これ……莉乃だろ? なんで水晶の中にいるんだ?」

 

 爽真の言う通りだった。青く透きとおる結晶のなかに、私の体が浮いている。まるで氷の中に閉じ込められているみたいだ。生きているのか、死んでいるのかも分からない。


「け、賢者レゲリュクス。リノ様の体はどうなっていますの? 無事なのですか?」


「……たま映しの鏡にリノ殿の体が映ったということは、ここに聖獣の魂が宿っているということじゃ。これは思ったよりも、まずい事態だのう」


「まずいと言うのは? ペペの……リノの体は無事ではないのか?」

「そんなぁ。どうにかして助ける方法はないの?」


 皆が後ろのほうで何か話していても、私はまだ呆然と自分の体を見ていた。紺色のブレザーを着た私の体は、相変わらずピクリとも動かない。まるで死んでるみたいだ。


(夢で見た氷の空間は、ここだったんだ……。私の体が魂を呼んでたってこと?)


 あの時はまだ寒いとか、冷たいと感じる感覚があったはずだ。でも島の上を飛んだときは何も感じず、とにかく急いで山に行かなきゃと思うだけだった。あの時すでに死に掛けていたのかもしれない。

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