46 賢者とその弟子
セル様が私を膝に抱っこして、アシュリー姫に話しかけた。
「アシュリー殿下、この鳥が聖獣の雛です。僕たちはペペと呼んでいます」
「こちらが……? 聖獣となって空を飛んだと聞きましたが、また雛に戻ってしまったのですか?」
「ペペは力を使うとかなり体力を消耗するようです。聖獣となったのも一瞬だけで、すぐに雛に戻ってしまいました。窮地に追い込まれた時だけ力を発揮しますが、それも無理やり出しているという感じを受けます」
「……ん? 中身が変じゃな」
ハル様の発言を聞いたレゲ爺さんは首をひねり、ぼそっと小さな声で呟いた。中身と言われて、私の心臓がドキドキしてくる。
(中身――魂が変ってこと? 私の魂を外に出す気なのかな。魂だけになったら死んじゃう?)
もしそうなったら、私は浮遊霊となって彷徨うしかないのか。あるいはこのお城に地縛霊となってとり憑いてしまうのか。できれば井戸の中で大人しくしていたい。
レゲ爺さんはクリームだらけになった手をおしぼりで拭き、隣に座る女性に話しかけた。よく見ると真っ黒ではなく、黒っぽい緑の髪の女性だ。昆布みたいな色だ。
「ネネリム、
「はい、先生」
ネネリムと呼ばれた女性は、何もない空間にいきなりずぼっと手を突っ込んだ。肘から先が見えなくなったけど、多分、収納魔法のなかをいじっているんだろう。
しばらくして彼女は楕円形の鏡を取り出し、早口で捲くし立てるように語りだした。
「こちらの商品は
「アホウ! 魔道具を売りに来たんじゃないわい!」
「はっ。私としたことが、ついいつものクセで」
「またやってる……」
賢者と弟子のやり取りを見ていた爽真が小さく呟いた。なんだか不思議だ。爽真に会ったら泣いてしまうかと思っていたのに、私の心は凪いでいる。懐かしいとは思うんだけど。
レゲ爺さんは鏡を持って立ち上がり、私をちょいちょいと手招きした。
「すまんのう。恥ずかしいかもしれんが、おまえさんの本当の姿を見せとくれ」
そう言って、鏡を私の前に置く。白いペンギンを映した鏡は水面のように揺れて、やがて一人の少女が現れた。
爽真がはっと息を飲み、
「莉乃……!」
と呟くと、セル様とハル様がガタンと音を立てて勢いよく立ち上がった。
「リノっていうの!?」
「ペペは『リノ』という名前なのか!?」
「えっ? あっ、ハイ! そうです! すんません!」
「やっぱりソーマ様の言った通りでしたのね。あの時にお城から追い出した鳥さんが、ソーマ様の幼なじみのリノ様で……実は聖獣の雛だったのですね。リノ様、本当に申し訳ありませんでした」
アシュリー姫は私に向かって深々と頭を下げた。あの時はただ怖いお姫様だと思ったけど、ちゃんと話が通じる人のようでホッとする。
「ペエ、ペェエ」
「気にせんでいいと言っとるみたいじゃな。こちらの世界の言葉が分かるらしい。……という事は、ワシが転移魔法陣に組み込んだ翻訳の術式は、しっかり効いとったんじゃ。やっぱりワシって凄いじゃん」
「でも喋ることは出来ないみたいですよ」
「そりゃそうじゃろ。この雛には人間と同じ声帯がないんじゃから。ネネリム、アレの出番じゃ」
「はい、先生」
ネネリムさんはもういちど収納魔法に手を突っ込み、細いベルトのようなものを取り出した。ベルトの中央に丸い部品が付いている。
「こちらの商品は」
「売り込みせんでいい」
「……こちらの首輪は、動物が人間の言葉を話せるようになる魔道具です。ある貴族の依頼を受けて作ったものですが、大ヒットしていまだに注文が後を絶ちません。まさにロングセラー! 愛するペットとお喋りができる、夢の魔道具です……!」
「もういいから、早くつけてあげようぜ」
爽真が焦れた様子でネネリムさんの手から首輪を取り、私の首に付けようとする。が、手を伸ばした爽真の前にハル様が立ち塞がって低い声を出した。
「俺がつけてもいいだろうか」
「ハッ、ハイ! どうぞ!」
爽真はハル様の前ではなぜかガチガチに緊張するらしい。確かにハル様の方が背が高いけど、怒るとめちゃくちゃ怖いけど……本当は優しい人なんだけどな。
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