42 変なハル様

 ハル様の様子がおかしい。でもおかしいのは私に対する態度だけで、セル様やカムロンさん達にはいつも通りだ。だからこそ余計に悲しい。


死の月モルス・ルナの夜から、一回も抱っこしてくれなくなっちゃったよぉ。ひぃん、悲しいよぉ)


 私の正体が明かされてからというもの、ハル様は私と目もまともに合わせてくれなくなってしまった。朝は逃げるように転移してしまうし、帰ってきてからも黙々とご飯を食べている。


 でもこれが普通かもしれないという考えもあった。ハル様は親ビンやレティ姐さんのことは抱っこしないのだ。ちょっと頭を撫でるぐらいで、膝に乗せて可愛がることはほとんどない。


(つまり今までが特別だったってことだよね……。私が雛だから可愛がってたって事で、中身が十七歳だと分かったから、甘やかすのはやめちゃったんだ……)


「ペッ、ペェェェン!」

「ほらほら、泣かないの。可愛いリボンをつけてあげますからね」


 オヤツの時間、口元をクリームだらけにして泣いていると、クララさんが私の首にピンクのリボンを結んでくれた。これはレティ姐さんからの借り物ではなく、私のためにクララさんが用意してくれたものだ。


「ペ、ペペエ……」

「お礼なんていいのよ。おめかしして、旦那様に今度こそ抱っこしてもらいましょうね」


「なんで抱っこやめちゃったんだろうね。前はあんなに甘やかしてたのにさ」


 向かい側の席でセル様もシュークリームのようなお菓子を食べている。兄の変貌ぶりについて不思議がっている様子だけど、いちばん原因を知りたいのは私だと思う。

 クララさんが私のくちばしについたクリームを拭き、意味深に笑った。


「無理もないでしょうね。今まで抱っこしていた雛が、本当は人間の女の子だと知ってしまったわけですから……。お恥ずかしいのでしょう」


「恥ずかしい? 今さら?」


「旦那様はちょっと仕事中毒と言いますか……ほとんど女性と関わることなく過ごしてきた方ですもの。セルディス様がおられるから、結婚に対する願望もないでしょう」


「あ、そうかも。僕がいるからって、自分は結婚しなくてもいいやって思ってるとこあるよね」


「可愛いものですよねぇ……。女の子に対して自意識過剰になっちゃって。あれではウチの息子と同じです」


 むっ、息子? クララさん、子持ちだったの?

 ぽかんとしていると、セル様が小声で囁くように言った。


「あのね、クララはゴンザロと結婚してるんだよ。僕より大きな子供もいるし、若そうに見えてさんじゅ……」


「セル、ディス、様?」


「っ!! あの、ホラ! つまりクララは、恋とか愛ってものに詳しいってこと! あはは!」


 クララさんの低音ボイスは効き目抜群だった。肝心な部分は聞けなかったけど、クララさんはもう結婚されているらしい。


「旦那様はもう二十七です。今すぐご結婚されてもいいぐらいの年齢ですよ。この機会に、ちょっとぐらい女性を意識してもらわないと……。だからペペ、頑張ってちょうだいね」


「ペフッ? ペエ……」

(あれ? このリボン、そういう意味で買ってくれたの? ハル様の練習台ってことだったんだ……!)


 タダより安いものはない。可愛いリボンだと思ってたら、実は重たい荷物(願望)付きだったとは。お天道様もビックリよ。



 オヤツを食べ終えてのんびり紅茶を飲んでいると、ドアが開いて噂の主がやって来た。ハル様だ。仕事帰りなのか、まだ黒い詰襟の服を着ている。


「セルディス、ここにいたのか。っペ……ペペ、も……」


 ハル様は部屋に入ってきた時は普通だったものの、私を見た瞬間、急にぎこちない動きになった。クララさんが素早く背後に移動し、ハル様の背中をぐいぐい押している。


「さぁさぁ、お座りください旦那様。いまお茶をいれますね。あら? 椅子が足りないわ。仕方ないですね、ペペは旦那様のお膝に乗りなさいな」



「なっ……ちょ、おい」


 ハル様が座った直後、私をぽすっと膝に乗せる。そしてまたたく間にお茶をいれると、「ごゆっくり」と言って部屋を出て行ってしまった。今日は椅子が一つ足りないなと思ってたけど、クララさんの作戦だったのか。

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