43 続・変なハル様

 室内はしんと静まり返って、誰も口を開こうとしない。ハル様は私を膝に乗せたものの、両手を上げっぱなしで変なポーズになっている。しばらくしてセル様がおずおずと話しかけた。


「兄上……僕になにか用があったんじゃないの?」

「あっ、ああ!!」


 声デカッ。

 いつもの数倍の声量で言うから、ピョンと膝の上で跳ねてしまった。跳び箱してるわけじゃないよ。かつ、踊ってるわけでもないからね。

 ハル様は両手を不自然な位置に上げたまま、しどろもどろと話し始めた。


「ええ、と……。ペ、ペペを拾ったのは、モンドアの森だった」

「それは前にも聞いたけど」


「そして拾った日は、ブルギーニュが、勇者召喚の儀をした日と、同じだっ……たぁ!」


 私が膝の上でもぞっと動いた途端、ハル様の声が裏返ってしまった。微動だにすら許されない状況。なんか悲しくなってきた。

 向かい側でセル様が笑いをかみ殺している。


「あ、兄上さぁ……ちょっと面白すぎるよ。ついこないだまで普通にペペを抱っこしてたくせに、その変貌ぶりはなんなの?」


「……俺は変貌なんかしてない」


「はぁー……。そういうのは、ペペの顔を見てからいいなよ。泣きそうになってるよ」


「なに!?」

 ハル様が慌てて私を抱っこしたけど、目はフリッパーで隠して見せなかった。本当に泣きそうなのだ。私はハル様の膝にいるのに、ハル様は私に見向きもしないから……。近いのに、すごく遠くにいるみたいで悲しい。

 フリッパーが涙でしっとりしてきた。


「俺が悪かった。泣くな……。泣くな、ペペ」

「ペェェ……」

「はい、ハンカチ」


 セル様が差し出したハンカチを受け取り、涙を拭いてくれる。ハル様とちゃんと目が合ったのは、何日ぶりだろう。


「やっと抱っこしてあげたね。いつもそうやって抱っこしてあげなよ」


「普通の抱っこならな。腕に抱くだけなら……いや、腕に抱っこするだけだ! 変な意味じゃないぞ!」


「誰に言ってるの?」

「…………別に」

 ハル様は額に汗をかきながらボソッと言った。まだ挙動不審なところはあるけど、抱っこは再開してくれるらしい。良かった。クララさんの作戦が上手くいったんだ。


「それで……。何の話だったかな」

「……ペペの話でしょ。拾った日が、勇者召喚と同じだったって話してたけど」


「そうだ。ブルギーニュにはちゃんと勇者がいるそうだから、召喚された異界人は二人いるんじゃないかと思う」


「え? でもペペは、異界人じゃない……よね?」


「体はな。いや、やましい意味じゃなくて。つまりその、魂とから……見た目が釣り合ってないんじゃないかと!」


 何でところどころ急に早口になるんだろう。ハンカチでやたらと顔の汗を拭いてるのも気になるけど、今は見ない振りをしておこう。


「そろそろ賢者が目覚める頃だ。ロイウェルに聖獣がいるのはアシュリー殿下も知ってるはずだから、賢者を連れてここに来るかもしれない。最初はワイアット殿下が交渉にあたるだろうけどな」


「ペペを寄こせって言われたらどうしよう」


「そこまで強引な事は言わないと思うが……。ペペはたった一人でモンドアの森にいたんだ。役に立ちそうにないと判断されて、城から追い出されたんだろう。可哀相に……」


「ペへへェ」

 ハル様が頭をよしよしと撫でてくれた。実際は私が爽真にペンギンアタックを仕掛けたせいで追放されたんだけど、それは黙っておこう。


「賢者が来てくれたら詳しい話を聞けると思う。ペペがどうして雛のままなのかも、その時に尋ねてみよう」


「うん、分かった。どんな事になっても、ペペが幸せになれるようにしたいね」


「ペペには本当に世話になったからな……。おまえが幸せになるまで、ちゃんと面倒を見るからな」


 幸せになれと言うのなら、私はずっとここにいたいです。ここにいるのが私の幸せです。

(なんてね……。本当は霊山に帰らないと駄目なんだよね。私は聖獣なんだから)


 賢者がここに来たら、すごい力で私を一気に成鳥にしてしまうだろうか。もしそうなったら、一人で霊山に飛んで帰らないといけないのかな……。

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