40 とうとう正体がバレた


「おまえは何者なんだ? もちろん聖獣の雛だという事は分かっているが、どうして霊山じゃなくてモンドアの森にいたんだ?」


「ペ、ペエ……?」


「おまえにも分からないんだな……。だから俺たちに、おまえの一つ前の姿を見せてくれ。それで何か分かるかもしれない」


 ハル様は私を抱きかかえたまま一歩前に出た。水面にペンギンを抱っこした男の人が一瞬だけ映ったけど、輪郭がぐにゃっと歪んで一匹の大きな狼に変わる。銀色の毛並みが美しい狼だ。


「兄上はやっぱり狼だね。確かに狼っぽさあるから、納得しちゃうなぁ」


「……狼っぽさ? おまえの造語か? 狼っぽさ……俺のどこが……」


「そんなに気にしないでよぉ。何となくだよ、見た目とか性格とか! それよりほら、ペペのこと見なきゃ!」


 狼っぽさという謎の言葉を作り出したセル様が、やや焦った口調で叫んでいる。二人はまじまじと水面を覗き込んだけど、私の姿はまだグニャグニャしたままだ。


「あれ? おかしいな。なかなか映んないね」

「いや、少しずつ見えてきた。わりと大きいな。リスみたいな小動物かと思ったんだが……」


 よく似た兄弟がぶつぶつ言ってる間に、ようやく変化が終わった。かすかな風だけが湖面を揺らしている。


(あ……“私”だ。この世界で死んでなくても、ちゃんと映るんだ……)


 夜の水面に映っているのは、十七歳の少女だった。紺色のブレザーを着て、膝丈のスカートを履いて――髪の毛をポニーテールに結っている、子供っぽい顔をした女の子だ。爽真にもよく童顔だと言われていた“私”だ。


 花の女子高生を見たイケメン兄弟は、なにを呟く訳でもなく無言のまま立ち尽くしている。どういう意味の無言かめっちゃ気になる。


(『なんて可愛いんだ』? それとも『思ってたのと違う』的なやつ? 何らかのコメントを頂きたいんですけど!)


 たっぷり数十秒かかってから、ようやくセル様が口を動かした。


「あ……兄上。これって…………」

「…………見たままなんだろうな。それは分かってる。分かってる、が……」


 湖面から視線を外したハル様は、ぐいっと私の体を持ち上げて顔を同じ高さに合わせた。至近距離にプール色の目。うわぉ、やっぱり凄い色。



「ペペ、おまえ―――おまえ、異界人なのか!?」

「ペッ!? ペペエ!」

(はッ、はい! そうですッ!)


「勇者と同じ世界から、召喚されて来たんだな!?」

「ペエエッ!」

(その通りです! 私は爽真と一緒に来ましたァッ!)


 軍隊方式の尋問。嘘と偽りは許されない雰囲気。

 ハル様はなんでこんなに必死なんだろう。私が異界人だと困ることでもあるの? とりあえず怖いんですけど!


「そうか……だからか。モンドアの森にいたのも、仕草がやけに人間くさいのも……。そうとも知らず、俺は…………」


「あ、兄上? 急にどうしちゃったの?」

 いきなり早口でブツブツ言い出したお兄ちゃんに、セル様が怯えている。私も怖いです。


「知らないまま一緒に食事をしたり、一緒に眠ったり……ふ、風呂に入ったりして……! 本当は人間の少女だから、あんなに恥ずかしがってたのか!!」

 

 天に向かって絶叫したかと思うと、私をセル様の手にむぎゅっと押し付けた。何なの、この変貌ぶりは。


「俺には無理だ、セルディスが抱いて――あ、いや、変な意味じゃないぞ。抱っこという意味で言ったんだ!」


「そんなの分かってるよぉ。他にどんな意味があるって言うのさ。あ、ちょっと! 兄上!?」


 私を弟に預けたハル様は、そそくさと逃げるようにお城に戻ろうとする。アナタがランプを持ってるのに、先に行ったら足元が真っ暗になっちゃうじゃないの!


「ど、どうしちゃったんだろ。あんな兄上、初めて見たよ」


 私を抱っこしたまま、セル様が慌ててお兄ちゃんを追いかけ始めた。全く同感です。

 ランプを持ってるのが自分だと気づかない辺り、相当パニクってるご様子。いつものハル様らしくない。


 そうしてお城に戻ったハル様は、後ろを振り返ることなく螺旋階段をのぼって姿を消してしまった。


 呆然と立ち尽くす弟とペンギン。全くもって意味不明。


「と、とりあえず僕たちも寝よっか。きっと兄上は疲れてるんだよ。明日になったらいつも通りの兄上に戻ってるよ。うん、絶対そうだ」


 セル様は綿ぼこりのように軽い楽観ぶりを発揮し、お風呂に入って寝てしまった。私もクララさんに洗ってもらい、セル様の部屋で眠りにつく。まだ揺りかご使用中です。


(ちょっとショックだなぁ……。俺には無理だ、って言われちゃった。私の事もう抱っこしたくないのかな)


 明日になれば、いつものハル様に戻っているだろうか。きっと戻っていますように――。祈りつつ寝入った私だったが、現実はそう甘くないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る