39 不思議な月の夜
翌日、私は朝からもりもりとご飯を胃袋に詰め込んでいた。コックさん特製の野菜ジュースを飲み干し、ハル様と同じ量の食事も残さずいただく。まだ食べたりないので、カムロンさんに頼んでサンドイッチも用意してもらった。
『んぐ、プッハァ……! やっと腹八分目ぐらいかな!』
『お、おい……。オメー、いくらなんでも食いすぎじゃねェかァ? まだ病み上がりなんだろ?』
『この雛に“普通”は通じないわよ。なんたって本物の聖獣なんだもの。アタクシ達と同列で考えたら無理があるわよ』
『だから人間と同じ食いモンなのかな』
『オレ、聖獣に対するイメージ変わりそう。すんごく神聖な生き物だと思ってたのに、こんな大食いだったとか……』
食いまくる私を見て親ビン達が若干引いている。平然としてるのはレティ姐さんぐらいで、ようやくこの辺でやめておこうかなと思えてきた。健康のためには腹八分目がいいみたいだし、ひとまず食事終了にしようかな。
朝食のあとは以前と同じように転移するハル様を見送り、そのあと学校に登校するセル様も見送った。登校といっても徒歩じゃなく、豪華な馬車での移動だ。さすが公爵家のお坊ちゃまだ。
親ビン達が散歩に行くらしいので、私もおじさんに頼んで抱っこしてもらった。昨日、セル様とハル様は湖で何かが分かると言っていたはずだ。お城のすぐ近くにある湖は親ビンたちの散歩コースなのでちょうどいい。
と、思ったのだが。
『あれ? おっかしいなあ。湖に来ても、何も起こらないじゃん』
『ん? オメー、湖に用があって付いて来たのかァ?』
湖の周囲を回っていても、何の変化も起こらない。いつも通り風が湖面をかすかに揺らしている。とても静かで、聞こえるのは鳥の声ぐらいだ。
『昨日セル様とハル様が、湖で何かが分かるみたいなこと言ってたんだけど……。いつも通りの湖だよね。おかしいなあ』
『ははァ。こりゃアレだな。そういや今日はあの日か』
『アレっすね。ペペもビックリするだろナァ』
不満げな私に構うことなく、親ビンたちがニヤニヤ笑っている。ちょっと腹が立つ顔だ。
『アレってなに?』
『そりゃ、あとでのお楽しみだ。何もかも知ってたら、面白くねェだろォ?』
『親ビンの言う通りだゾ。その内わかるんだから、楽しみに待ってろよ!』
えぇぇ……この人――じゃない、この犬たち明らかに知ってる様子じゃないか。知ってて隠すってどういう事。
散歩から帰ってきて、仕方なくレティ姐さんにも訊いてみたけど同じような反応だった。後で分かるから、大人しく待て。そんな感じ。
(んがぁーっ、気になる! なんで誰も教えてくれないのよっ! 早くセル様たち帰ってこないかなぁ)
お昼を過ぎてやっとセル様が帰ってきた。自分の部屋で鞄を下ろし、クララさんに用意してもらったオヤツを食べている。
私はセル様の足元に駆け寄り、彼の半ズボンをくいくいと引っ張った。オヤツ食べたら、一緒に湖へ行こうよ。
「どうしたの、ペペ。どこかに行きたいの?」
「ペペはガイ達の散歩にも同行しておりました。湖を見て、何か呟いていたそうでございます」
クララさんが答えると、セル様は「あ、そっか」と小声で言う。
「昨日の話を気にしてるんだね。でもアレは夜じゃないと意味がないんだよ。夜になるまで待ってね」
「ペエェ~……」
(夜じゃないと意味がない? 蛍でも飛ぶわけ? もう何のことか全然わかんないなぁ)
セル様と一緒にオヤツをいただき、ハル様が帰ってきて皆で夕食をとり。とっぷりと日が暮れて外が真っ暗になった頃、ようやく二人の兄弟は出掛ける用意をしてくれた。はぁ、待ちくたびれた。
ハル様がランプを持ち、セル様が私を抱っこして、お城の門を出て湖へ繋がる細い道を歩いていく。
「ペッ、ペエエッ!」
「早く行こうよ、と言ってるみたいだな。そんなに湖に行きたかったのか?」
「なんかね、朝からずっと湖のこと気にしてたみたい。朝の散歩にも同行して、見に行ってたんだって」
「へえ……。それはさぞかし待ちくたびれただろうな」
木立の向こうに黒い湖が見えてきた。今日は満月なのか、湖に月が映りこんで驚くほど明るい。ランプがいらないぐらいだ。
(ランプどころか、湖にでっかい電灯がついてるみたいに明るいわ。月ってこんなに大きかったっけ?)
この世界の月も、日本の夜空で見たような馴染みのある大きさだったはずだ。でも今夜の月はやたらと大きく、普段の数倍はありそうな面積に見える。私の目がおかしくなったのかな。
「ペエ? ペェエ?」
「ふふ、ビックリしてる。今夜はね、
「ペッ!?」
死の月だなんて、予想の斜め上を行く不吉な名称だ。あんなに綺麗な月なのに、見てたら死んじゃう物騒な月なの?
空を見上げていたハル様が、囁くような声で話し出した。
「この世界で命を落とした者は、死ぬと月に旅立つと言われている。月には死者の国があって、そこで魂たちはしばらく休息し、やがて雨となって地上に帰ってくる……そういう言い伝えがあるんだ」
「今夜は月が最も地上に近づく日なんだよ。年に一回だけの、特別な
セル様は私をお兄ちゃんに手渡すと、少し歩いて湖の端ぎりぎりに立った。浅瀬とはいえ、落ちるんじゃないかと冷や冷やする。
「ほら、見て。小鳥が映ってるよ」
小鳥? 八歳の男の子じゃなくて?
首を傾げてるとハル様も歩き出し、セル様の少し後ろに立った。すると――
「ペェッ!?」
どういう事なのか、湖面に映っているのは八歳の男の子ではなく、青い羽の小さな鳥だった。青い小鳥がパタパタと気持ち良さそうに飛んでいる。湖面のなかを。
(どうなってんの!? なんでセル様が小鳥に……あっ、プロジェクションマッピングか! 水面にCGを投影して――って、この世界にそんなモンないわッ!)
いやもう、本当に訳が分からない。理解不能。
ブルブル震えていたら、ハル様がははっと愉快そうに笑った。
「驚いてるみたいだな。
「ペエ?」
さっきまで笑っていたのに、ハル様は急に真面目な顔になって私を見ている。や、やだわ。口元に食べカス付いてないかしら。
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