14 親ビンの説教

 重たい本を抱えてペタペタ歩き、開いた扉から庭に出た。花壇でおじさんが花の世話をしているけど、他には誰もいないみたいだ。

 私は木製のベンチまで歩き、よじ登って何とか座ることに成功した。


「ペッフゥ……!」

(さてと。セル様が読んでくれたのは、二十ページぐらいだったかな。内容は覚えてるから、単語と示し合わせてみよう)


 さっそく本を開いた私だったが――。


「おやおや、本を読むってか? 人間の真似をするなんて可愛い奴だなぁ。新入りさんか?」


 花の世話をしていたおじさんがやってきて、にこにこしながら私を見ている。おじさん、私は本気で文字を学習したいのです。邪魔しないでください。

 私の願いに気づく様子もなく、おじさんはポケットから小さなボールを出した。


「おじさんが取って来い遊びをしてあげよう。ほら、このボールを投げるからな。取ってくるんだぞ? それっ!」


 満面の笑みでボールを投げるおじさん。私が雛だから気をつかったのか、ボールは二ートルほど離れた場所にぽとりと落ちた。

 あんなに嬉しそうな顔をされたら無視するわけにもいかない。しょうがない、取ってきてあげよう。ベンチから降りてボールを拾い、おじさんに手渡してあげた。ため息が漏れる。


「ペフゥゥ……」

「お……おいおい。そんな『仕方ねぇな』みたいな顔しないでおくれよ。こりゃまた、ずい分と人間くさい奴だな……」


 おじさんは懲りることなくボールを投げ、そのたびに私は拾いに行った。三回くり返したところでおじさんは「じゃあな」と言ってどこかへ行ってしまい、ようやく静寂が訪れる。やれやれ。よっこいしょ、とベンチに座り直したのだが。


『おい、オメー。見ねェ顔だな。新入りか?』


『はぐぁ! やっぱり動物の言葉が分かってしまう! なんでなのぉ!』


 ベンチで苦悶する私の前に、ドーベルマンそっくりなデカい犬が現れたのだ。奴は大きな顔を近づけてフンフンと私の匂いをかいだ。ちょっと怖いんですけど。


『うン? オメーからハルディア様と同じ匂いがすんな。……まァいい。オレの名はガイジェルド。ここのお屋敷の動物をまとめてるモンだ。つまり――キングだ!』


『……はぁ、どうも。私はペペです』


 このドーベルマンも、きっとセル様から名前を貰ったんだろう。ガイジェルドとか、ハル様には思いつきもしなさそうなお堅い名前だ。合体ロボみたいだなとも思うけど。


『なんでェ、辛気くせェ奴だな。さっきからオメーを見てたが、ナンだあの態度は?』


『は? なんだ……と申されますと?』


 ガイジェルドは江戸っ子口調なのか。出身地のせいなのか、ブリーダーの影響なのか……。

 私の態度になにか問題を感じたらしく、奴は深いため息をついている。


『ッハァ、どーもこーもねェよ。オメーはペットの心意気ってモンが分かってねェ。オレが今から教えてやる! 野郎ども、出番だぜェ!』


『うぉぉうっ!』

『親ビン! ご用ですかい!』

『……お、親ビン?』


 親ビンという謎の言葉を発しつつ、呆然とする私の前にぞろぞろと犬たちが現れた。ガイジェルドを含めて合計六匹の犬たちだ。コリーみたいな犬からチワワみたいな小型犬まで、行儀よく背の順に並んでいる。よく訓練されてる感じだ。


『今からオメーにペットの極意を教えてやる。まずは――ティオ! 見せてやれ!』

『ウィッス!』

 ティオと呼ばれたチワワは、ガイジェルドが口で投げたボールをぴょんぴょん飛ぶように追いかけ、口で咥えて戻ってきた。ものすごい笑顔で。


『次はヒューゴだ!』

『ヘイ!』

 ガイジェルドの指示で次々に犬達がボールを取りに行く。しかしペットの極意というものがよく分からない。ガイジェルドは私になにを見せたいんだ。


『どうでェ。分かったか?』

『すんません、分かりません』


 最後のコリー犬が終わったときに質問されても、私には首を振ることしか出来なかった。ガイジェルドはますます失望した様子で、俯いて首を左右に振っている。犬に失望されてる私って一体……。


『ペペとか言ったな。オメー、こいつらの顔を見ても、何も感じねェのか?』


『はぁ……。みんな笑ってるなぁ、とは思うけど』


『それだろうがァ! いいか、ペットってのァ、笑顔でいてこそナンボだ! ご主人たちを喜ばせるのがオレ達ペットの役目! それなのになんでェ、オメーの『取って来い』は。完全にやる気ねェだろ!』


『だ、だって……。私ホントは人間だし。そこまでペットらしく出来ないなぁ』


『ッかァ~! たまにいるんだよなァ、自分が人間だと思い込んでる奴!』


『す、すんません……?』

 どうして私は犬に叱られているのか。理不尽すぎて絶句状態だけど、ガイジェルドはなおも言葉を畳み掛けてくる。この説教いつまで続くんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る