13 『あーた』?

 結局ケーキのほとんどは私が食べてお茶会はおしまいになり、セル様は私を抱っこしたまま何処かへ向かって歩き出した。

 ハル様も「仕事を片付ける」と言い、同じように姿を消してしまった。広すぎてどこに何があるのか全然分からない。


 しかしやはりセル様にとっては実家なわけで、彼は迷うことなく一つの部屋に入った。

 いかにも子供部屋という雰囲気の場所だ。机の上に船の模型があったり、本棚には絵本や図鑑が入っていたりする。

 天井からは鳥のオーナメントが何個かぶら下がっていた。


「ペペは言葉が分かるみたいだから、僕が本を読んであげるね」


 セル様はそう言って一冊の本を手に取り、ふかふかのソファに座る。私は彼の膝の上だ。


「これは冒険の本だよ。とても有名な本で、子供は皆これを読んで育つんだって。――“ダレンはとうとう十歳になりました”――」


 セル様が読み始めた本は、些細なことで家出した少年が冒険を始める話だった。木の根元に空いた穴から不思議な世界に迷い込んだ少年ダレンが、竜を相棒にして空を飛んだり、仲間の力を借りて事件を解決したりする話だ。


(なんか色んな話が混ざったみたいな物語だなぁ。それはまぁいいとして……字が読めない!) 


 目の前に本があるんだけど、予想通り地球では目にした事がない文字の羅列である。全く読めない。聞くのと話すのは問題がないのに、読み書きは出来ないってどういう事だろう。

 理解不能なんですけど。


 首を捻ってると「カタン」と音がして、そちらに目をやればドアに付けられた小さな扉から猫が入ってくるところだった。あの扉はペットドアだったのか。


 猫は優雅な足取りで私たちの方へやってくる。

 何だっけ、あのふさふさした猫。メイクインみたいな、じゃがいもっぽい名前だったと思うけど……。こっちの世界にも猫がいるものなのか。


 猫は長い尻尾を揺らしながらソファの近くに座り、口を開いた。


『ちょっと、あーた』


『……喋ったぁ!? また! なんで動物とは会話できる仕様なのぉ!?』


 キザ竜プロクスの時といい、なぜ人間とは会話できないのに動物とは可能なのか。

 私は本格的に動物の仲間入りを果たしてしまったのか……!


『何をごちゃごちゃ言ってますの。それよりあーた、新入りのくせに生意気じゃありませんこと? さっきからずっとセルディス様を独り占めしてますわね。セルディス様のお膝の上は、アタクシの場所と決まってますのよ。そろそろ譲りなさい』


『お嬢さまみたいな喋り! プロクスといい、こっちの動物はアクが強すぎる……!』


「……ん? 何か声がするなぁと思ったら、レティシアと喋ってたんだね。仲良くなれそう?」


 本から顔を上げたセル様が言い、私は仰天のあまりまなこをカッと見開いた。


『レッ、レティシア!? 猫にそんな仰々しい名前つけちゃうんだ!? どこぞのご令嬢ですか!』


『当然でしょ。アタクシはセルディス様から直々にお名前を頂戴したのよ』


(はんがぁああ……! ハル様が言ってたのって、こういう事だったんだ!)


 私に名前を付けたハル様は、「俺が考えた名前は片っ端から却下された」と悲しそうに呟いていた。


 そりゃそうだ。ペペとレティシアじゃ勝負にならない。なんて残酷な現実……!


『でもいいもん! 私の『ペペ』だって、ハル様がうんうん唸りながら考えてくれた名前なんだから!』


『何でもいいけど、とにかくそこをお退きなさい。いつまでアタクシを待たせるつもりなの!』


『あ、ハイ』


 お嬢猫レティシアがダン!と足を踏み鳴らしたので、私はしぶしぶセル様の膝から降りた。そしてレティシアにどうぞと譲る。


「へえ……! ペペはレティに膝を譲ったのかな。動物の世界も色々と大変なんだね」


「ペエ、ペペエ」

(セル様、その本を貸してください。文字の勉強をしたいので)


 フリッパーで本をツンツンすると、セル様は目を瞬かせる。


「え? もしかして、本を貸してってこと?」

「ペエ」

「そっか、文字の勉強でもしたいのかな? いいよ。貸してあげる」

「ペエエ!」


 私は本を持ってぺこりと頭を下げた。フンッと鼻を鳴らすレティシアに、私もお返しのようにフンッと鼻を鳴らして部屋を出る。


(さて、どこに行こうかなぁ。勝手にどこかの部屋に入るのも悪いし、お庭で本を読もうかな)

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