12 弟さん可愛い


「……あれ? お腹のとこに何かいるね」


「ペエ」


 セルディス――セル様が私に気付いたようなので、マフラーをめくって顔をぴょこんと出した。

 ペンギンと目が合ったセル様は顔をぱあっと輝かせる。よく見るとセル様の目は海みたいに濃い青で、ハル様みたいなプール色ではない。


「うわーっ、なにこれ! すごく可愛い鳥だね!」


「遠征から帰る途中に、森の中で保護したんだ。飼い主とはぐれたみたいでな。ペペという名を付けた……ああ、やっぱりこの名前は駄目か」


 ペペという名前を聞いたセル様は、見るからに悲しそうな顔でハル様を見つめた。兄の命名センスに悲嘆しているらしい。


「いいよ、僕もペペって呼ぶよ。僕もペペを抱っこしてもいい?」


「ああ。まだ雛だから、落とさないようにな」


 ハル様は抱っこ紐を解いて私をセル様に手渡した。お城の方から燕尾服を着たお爺さんがやって来て、心配そうにセル様を見ている。


「ふわふわだ……! すごく柔らかくて気持ちいい。なんて可愛いんだろ」

「ペエ」


「おまえはペエって鳴くんだね。鳴き声まで可愛いなぁ! 兄上、うちで飼ってもいいんでしょ?」


「多分そうなるだろうな。飼い主もいないようだったし。世話はセルディスに任せていいか?」

「やったぁ! よろしくね、ペペ」

「ペエ~」


 セル様はぷくぷくしたほっぺを私に押し付けて「モフモフだ」と囁いた。とても綺麗な顔で、白い肌はまるで女の子みたいだ。同年代の日焼けした日本男子とは真逆な感じ。


「旦那様、お帰りなさいませ。セルディス様、そろそろ屋敷に戻りましょう」


「カムロン、留守のあいだ異変はなかったか?」


「ご報告するような事は何もありませんでした。セルディス様もよく勉強されておりましたよ」


「えへへ。僕、学校でも上位に入ったんだよ!」


「セルディスは努力家だからな」


 私たちはぞろぞろと歩き、三メートルぐらいありそうな大きな扉をくぐってお城の中に入った。やっぱり想像していた通りの豪邸だ。


 家の中に螺旋階段があるし、あちこちに広い庭があって綺麗な花が咲いていたりする。庭師までいそうな家――というよりお城だ。指定文化財レベルだわ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 黒いワンピースを着た女性が、開いたドアの前で頭を下げている。本当にメイドさんがいるようだ。初めて見たけど、メイドカフェよりはずっとスカートの丈が長い。当たり前か……。


「みんなでお茶にしようよ。クララ、用意してくれてたんでしょ?」


「勿論でございます。軽食も用意いたしました」


 クララさんの案内で部屋に入ると、窓から少し離れたところに円形のテーブルと椅子があり、白いケーキスタンドには色とりどりのお菓子が並んでいた。


「ペェエ……!」

(すっごい綺麗! まるで宝石みたい……。あれはタルトかな。シュークリームみたいなのもある。マカロンも!)


 果物の上からジュレが掛けられたタルトは光を浴びてキラキラと輝いている。マカロンは緑や赤、黄色にオレンジと色も様々だ。お昼ごはんを食べたはずなのに私のお腹はキュウと音を立て、椅子に座ったセル様が首を傾げた。


「あれ? お腹すいてるの?」

「嘘だろ……しっかり食べてから来たんだぞ。雛だから食欲旺盛なんだろうか……」


 隣の席でハル様が呆れたように言う。そうそう、成長期だから仕方ないんですよ。私はセル様の膝の上で、ケーキスタンドをびしっと指差した。まずは果物のタルトから頂きたい。


「ペエッ! ペエエッ!」

(セル様、あのブルーベリーみたいなタルトをください!)


「これって、食べさせてとアピールしてるのかな。兄上、ペペにケーキを食べさせてもいいの?」


「大丈夫だ。ペペは昨日から人間と同じものを食べているが、今のところ異常は出てない。それにこいつ、何故か普通の雛が食べるような物を嫌がるんだよな……。野営地ではミミズを捨てていたぞ」


「へえ~、不思議だね。見たことない鳥さんだし……もしかして新種なのかな。はい、どうぞ」


「ペエッ!」

 セル様がお皿に狙っていたタルトを取ってくれたので、両フリッパーを合わせて頭をぺこりと下げる。いただきますの挨拶だ。


「わぁ、おりこうさんだね! いただきますの挨拶したのかな。賢いなぁ」


「昨日からずっと観察していたが、ペペはどうも人間の言葉が分かるらしいんだ。ミミズを捨てたときも、ウォーカーにごめんなさいと頭を下げていた」


「えっ、本当? じゃあ試してみようかな。ねぇペペ、きみは男の子?」


「ペフッ? ペェ~ペ」

 くちばし一杯にタルトを詰め込んでいると、セル様が後ろから覗き込んで来た。私は花の女子高生なので、勿論「ううん」と首を振る。


「違うの? 女の子ってこと?」

「ペエ!」

「ああ、やっぱりか……」


 こくりと頷く私を見て、お茶を飲んでいたハル様がため息をついている。

「やっぱりって、どういう事?」


「支部に着いたとき、ペペと一緒に風呂に入ったんだ。でもペペは恥ずかしがって、ずっと目を隠していてな……。最後には湯あたりで倒れていたから、かなり我慢させてしまったと思う」


「本当に人間みたいな鳥さんだね! みんなきっと驚くんじゃないかな」


(……みんな? 誰のことだろ。家族かな?)

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