10 キザ竜登場

「……すまなかった。もうおまえを無理やり風呂に入れたりはしないから、許してくれ」


「ペエ……」


 昼食の時間、ハル様はなんども謝りながら私の頭をモフモフと撫でた。湯あたりさせた事を後悔している様子である。


(あれは湯あたりじゃなくて、ハル様の裸を見たから気絶したんだけどな……)


 目を隠していた布が外れたとき、間が悪いことにハル様は立ち上がっていた。

 腰にはフェイスタオルみたいな布を巻いてたけど、それでも十七歳のうら若き乙女(私のことだ)には衝撃が強すぎてプッツンしてしまったらしい。


 気が付いたらベッドの上で寝ていたのだった。


「ごめんなペペ。湯あたりして気持ち悪かっただろ」


「俺たちも、おまえが入った桶をぐるぐる回しちまったからなぁ……」


「ペエ、ペペ」

(もう謝らなくていいですよ。気にしないで)


 食堂のような場所でご飯を食べていると、温泉で見た人たちが申し訳無さそうに謝罪してくる。私はフリッパーを顔の前で振り、気にしなくていいとジェスチャーした。


「次に風呂に入れるときは、メイドに頼むことにする。そして短時間で終わらせる。それでいいか?」


「ペエ」

(お家にメイドさんがいるんだ。きっと大きな家に住んでるんだろうなぁ)


 もし本当に公爵なら、ハル様はきっと『お屋敷』という言葉が相応しい豪邸に住んでいるんだろう。お金持ちの家なんて行ったこともないから、ただの想像だけども。


 昼食のあとハル様は部屋に戻り、荷物をまとめ始めた。今夜はここに泊まると思っていたけどそうではないらしい。

 彼はまた紐を使って私を前抱っこし、同じようにマフラーをグルグル巻いた。


 こうしてると自分が生後間もない赤ちゃんみたいな気分になる。微妙な心境だ。


 そしてハル様は荷物を持って外に出て、建物から離れて広場のように開けた場所に着くと足を止めた。


「この辺りでいいか……。馬を使うと帰りが遅くなるから、空を飛んで帰ることにする。ペペ、少しだけ我慢してくれ」


「ペエ?」

(空を飛んで帰る? ヘリコプターでも呼ぶの?)


 ぽかんとする私を抱っこしたまま、ハル様は何もない空間に向けて叫んだ。


「ハルディア・アステリ・ラルトゥアークが命じる。召喚――プロクス」


 言葉が終わると同時に、地面に光る円が出現した。一つではなく、大きさの違う円が何個も重なっているようだ。


 いちばん外側の円がグワッと大きくなり、内部に私には読めない文字がごちゃごちゃと浮かび上がる。


「ペヘェエ……!」

(すごい! 私と爽真が落ちたときも、こんな感じの光る円が出てたっけ。やっぱりこれが魔法陣なんだ……!)


 やがて光る円の中心から、芽が伸びるように何かが出てきた。黒っぽい翼が生えた生き物だ。

 翼だけ見るとプテラノドンみたいな感じだけど、出てきた動物はどう見てもそれじゃない。


「急に呼び出してすまんな、プロクス。いつものようにリーディガーの城まで頼む」


「グァオ!」


 出てきた動物は、野太い声で甘えるように鳴いた。ハル様はプロクスと呼んだ生き物の頭を撫でている。


(えーっ……! これっていわゆる竜じゃないの? ワニみたいに大きな口があって、牙が生えてて……!)


 ハル様に甘えている生き物はどうみても竜だった。漫画やアニメで何度も見た覚えのあるドラゴンだ。

 高さは十メートルはありそうだけど、奴は頭を撫でてもらうためにわざわざ首を曲げている。


 そして薄目を開けて、私をちらりと見て――


『……新入りか』


『しゃ、喋ったぁああっ!?』


 偉そうな態度で話しかけてきたのだ。驚く私を見てフンッと鼻を鳴らしている。


『フッ、オレはハルディア様と正式な召喚契約をした翼竜だぞ。本来ならおまえのような雑魚とは口をきかないんだが、新入りだから特別に喋ってやる』


『ざっ雑魚ぉ!? 偉そうに言わないでよ!』


『実際に偉いんだからトーゼンだ。誉れ高き翼竜の末裔と口をきけるだけでも有難いと思え』


「……よく分からないが、プロクスとペペは何か喋ってるのか?」


 ハル様が首を傾げると、プロクスとかいう偉そうな竜はコロッと態度を変えた。

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