8 風呂ぉ!?

「団長、荷物はこれで全部です。お願いします」

「ウォーカー、ペペを抱っこしといてくれ。――収納」


 ハル様が手を上空にかざすと、白く光る円形の物体が現れた。光る円盤は荷物の大きさに合わせて巨大化し、一瞬で全てを吸い込んでしまう。


「ぺへーッ!」

「驚いたか? うちの団長は凄いだろ! 収納魔法はかなり魔力を消費するから、使える人はほとんどいないんだぜ。でも便利な代わりに危ない魔法でな……収納空間には空気がないらしい。閉じ込められると死んじまうから、おまえも気をつけるんだぞ?」


「ペエ」

(だからウォーカーさんに私を抱っこさせたのね。それにしても便利な魔法だなぁ……。ハル様ってば、ネコ型ロボットみたいじゃないの)

 

 あの魔法があれば、車のトランクに無理やり荷物を詰め込む必要はないわけだ。どこに出掛けるにも身軽で、行ったその先で海水浴やバーベキューが出来るという……なんて便利なんだろう!


「では出発する」


 旅支度を終えた私たちは馬に乗って森の中を進む。馬で移動しているのは数人だけで、他のメンバーは大きな馬車の中にいるみたいだ。


 魔法という便利なものはあっても、移動するのに箒に乗ったりはしないらしい。車もバイクもないみたいだし、便利なのか不便なのかよく分からない世界だ。


「ペペ、苦しくないか?」

「ペエ」

(大丈夫です。でもちょっと恥ずかしいかな……)


 落馬の危険性を考えたのか、ハル様は自分の体に紐を使って私をくくりつけた。前抱っこ状態で、さらにその上から防寒のためにオジさんマフラーをぐるぐる巻いている。


 これじゃ私がハル様の赤ちゃんみたいだ。周囲の隊員たちも私と同じ心境なのか、ハル様を生ぬるい眼差しで見守っている。


 しばらく森の中を進んでいたけど、だんだん視界がひらけて急に明るくなった。森を抜けたらしい。


「……おかしいな。全然魔物に会わなかった。こんな事は初めてだ」


 私の後ろでハル様が拍子抜けしたように呟いている。道が広くなって、遠くの方に村のような集落が見えた。


(ビルみたいな高い建物が全然ない……。日本らしい家もないし、本当に別の世界なんだなぁ)


 村に近づくにつれ、建物や畑の様子がよく見えるようになった。レンガを積み重ねた質素な家や小さな教会。

 畑にあるのは稲穂ではなさそうだ。似てるけどちょっと違う――もしかしたら麦かも知れない。

 どの畑もやたら広くて、学校のグラウンドがすっぽり入ってしまうような大きさだった。


 村の中を進んで行き、ちょっと大きな建物の前に出る。教会のような形だけど、壁に掛けられた飾りは十字架ではなく、盾と剣が重なったようなマークだ。

 門をくぐって内部に入ると、誰かが「やっと支部に着いたな」と呟いた。


「ここで解散とする。次の集合は王都の騎士団本部、四日後だ。各自しっかり体を休めるように」


 ハル様の言葉に、隊員たちから「わぁっ」と歓声が上がる。


「やっと柔らかい寝床で眠れるぞ……!」

「お風呂に入ろうっと!」

「私も!」


 女性隊員たちが走るようにして宿舎のような建物に入っていく。野宿だとお風呂に入れないから大変そうだ。

 昨晩ハル様は魔法で体を清めていたけど、やっぱりお風呂とは少し違うんだろう。


「そういえば、おまえの体は洗ってなかったな」

「ペ?」


 ハル様は収納魔法を解除して荷物を全部出したあと、私を抱えて建物に入った。質素なホテルみたいな作りだ。空いている部屋に入り、荷物を置いてまたどこかへ歩き出す。


「せっかくだから、俺たちも風呂に入ろう。ここの風呂は良質の温泉を山から引いていてな、とても気持ちがいいんだ。おまえの事も洗ってやるからな」


「ペエ? ペペエッ!?」

(ちょ、風呂って……裸になるってコト? いや、私はもとから裸みたいなもんですけど。え、嘘でしょ。ハル様も裸になるの!?)

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