6 魔法だぁ!?

 翌朝。爽やかな鳥の声で目が覚めた私だったが、すぐ横で寝ているイケメンを見て激しく咳き込んだ。


「ブフゥッ!? ペッ、ペギャア! ペペェエッ!!」

(なんで隣に男の人が!? ……あっ、そうだった。よくわかんない世界に来て、ペンギン(?)になったんだっけ)


「……ん? ああそうか。昨日、何かの雛を拾ったんだっけな」


 ハル様も私と同じことを考えたらしい。起き上がった彼は両手を上げて伸びをしたが、背が高いから手が天幕に付いている。私から見るとほとんど大木だ。


「何も起きずに平穏な朝を迎えたのは初めてだな……。ブルギーニュでは勇者召喚の儀を執行したようだから、その影響かもしれないな」


(勇者召喚って……もしかして私と爽真のことかな。この世界に来たのは偶然じゃなくて、誰かが私たちを呼んだからだったんだ……)


 そう考えると、体育館の裏でいきなり地面が光った理由も説明できる。あれがいわゆる魔法陣だったとすると、この世界の誰かが不思議な力で私たちを無理やり連れて来た――という事なのでは。でも魔法なんてものが本当に存在するんだろうか?


 ハル様は昨夜と同じように私を抱っこしてテントから出た。他の人も起き出したようで、水を張った桶で顔を洗ったり馬に飼い葉を与えたりしている。


「水を汲んでこよう。魔力はなるべく温存しておかなくては」


 ハル様はぼそっと呟いて、木の桶と私を抱えて歩き出した。進む方向からザアーという水音が聞こえる。近くに川でもあるのかもしれない。


(マリョクって言った? まさか……魔力? 魔法を使うとMPが減ったりするアレの事かな)


 いやでも、まさか。光る円が魔法陣だったというのは何となく――というより無理やり納得したけど、魔法なんて本当にあるのか。


 ハル様は煩悶する私に気づくことなく小川で顔を洗い、桶に水を汲んで歩き出した。なぜかテントではなく調理をしている人たちの方向へ進んでいく。


「やっぱり味が濃いよ。水が足りないと思うけどなぁ」

「ちょっとだけなら、川から汲んでこなくてもいいんじゃない?」


 昨晩シチューを持ってきてくれたシアラさんと一人の男性が、鍋を覗き込んで何か言っている。そして次の瞬間、シアラさんは鍋に手をかざし――


「ペエッ!?」


 何もない空中から水を出した。コップ一杯ぐらいの水がパシャパシャと音を立てて鍋の中に入り、野菜と一緒に煮込まれている。


「ペェエエ……!」

(えーっ、なに今の! どこから水を出したの!?)


「シアラ、魔力は温存しておけ。いつ戦闘になるか分からない。ほら、この水を使っていいぞ」

「はぁい。すみません」

「ありがとうございます、団長!」


 ハル様が差し出した桶をシアラさん達は嬉しそうに受けとった。仰天してるのは私だけで、他の人たちには驚いている様子はない。これがいつも通りです、という雰囲気だ。


(本当に魔法が使える世界なんだ……! すごい! 私にも出来るのかな!?)


 ハル様の長い脚に隠れてそっと目を閉じ、精神を集中させる。イメージを研ぎ澄ませるんだ。手の平から水を出すんだ!

 カッと目を見開き、掛け声とともに右フリッパーを前方に突き出した。


「ペェッ!」

 しーん。何も出てこない。


「ペエッ! ぺェエエエッ!!」

 何度フリッパーをびしばし突き出しても、何も出てこない。


「ペガァアアアッ!」

(なんも出てこないやんけぇええッ!)


「何をしてるんだ、ペペ。……もしかして魔法を使おうとしたのか?」

「ペェ……」


 がっくり肩を落としていると、ハル様が私を腕に抱き上げた。

「はは、おまえも魔法を使いたかったのか。でも無理しなくていいんだぞ。おまえはそこにいるだけで可愛いんだから」


「ペッ、ペェエッ……!」

(や、やだわハル様ったら。そこにいるだけで可愛いだなんて――って、今の私はペンギンだったわ! ただのペット賛辞ですね!)


 昨日から自分にツッコんでばかりで虚しさが募る。いや、これでいいんだ。私はペペとして生きると決めたのだから……!

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